#7

「いきなり頭突ずつきしちゃったのはあやまるわよ……。でもッ! もとはと言えばあんたがまぎらわしいこというからでしょ!」


「はい、おれが悪いです……。全部俺が悪かったんです、すみません……」


それからなんとかジャズの誤解ごかいいた(機嫌きげんをとった)ミックスは、彼女と公園こうえんのベンチにこしかけていた。


まだ空はあかるいが、ほかの利用者の姿すがたは見えない。


二人がたまたま立ち寄った公園は、照明しょうめいに付いた監視かんしカメラと、ジュースの自動じどう販売機はんばいき起動きどうおんが聞こえるくらいしずかだった。


落ち着きを取りとりしたジャズは、抱いていた電気でんき仕掛じかけの仔羊こひつじ――ニコの身体からだをいじり始める。


ゆたかなおおわれているむねを開き、持っていた電子メスをバチバチと音をらしていた。


どうやらこのロボットを起動させようとしているようだ。


ミックスはそんな彼女を見ながらくびかしげていた。


それは、彼がこの仔羊タイプのロボットのことを、すでにこわれているだろうと思っていたからだ。


ミックスの知るアンティークショップとは、売っているものをかざってあるだけのことが多く、すでに動かないものばかりだという認識にんしき


その名の通り骨董品こうっとうひんあつかう店なのである。


だから、いくら素人しろうとなおそうとも動くはずがないと、ミックスは思っているのだ。


「そのタイプは数年も前のものだし、もう動かないんじゃない?」


「まあ、見てなさい。あたしにかかればどんなふるい子だって」


ジャズがしばらくあいだその身体からだをいじっていると、突然ニコがピクっと動き出した。


二本の足で立ち、まるで人間の子どものようだ。


さい起動最初さいしょに見た相手をぬしだと思うようにプログラミングされているのか。


目の前にいたジャズに向かってメェ―メェ―いている。


「スゴイ! ホントに直しちゃったッ!?」


「ふふ~ん。これくらい、あたしにかかれば楽勝らくしょうよ」


得意とくいげにむねるジャズ。


彼女はニコのことをかかえると、そのままあるき出す。


ミックスがそんなジャズの背中せなかに声をかけようとすると、きゅうに彼女はり返った。


「また迷惑めいわくかけちゃったね。でも、ありがとうミックス」


「いや、あ、あの……」


「それじゃあね、バイバイ」


そして、ジャズは走りっていった。


ミックスは、自分が彼女へ何を言おうとしたのかが、わからないでいた。


ただ、もう少し彼女と話をしたかったなと思いながら、いつものかわいたみをかべる。


「なにを考えてんだろ、俺……。昨日今日会ったばかりの女の子に……」


ミックスは、ボケっと空を見上げると公園の時計が目に入った。


「って!? もうこんな時間!? 大変たいへんだッ! 今日は学生がくせいセールの日なのに!」


ミックスがらすバイオニクス共和国きょうわこくには、おもに二つの特売日とくばいびがある。


ひとつは、さきほど彼がいった学生セール。


そして、もうひとつは科学者かがくしゃセールである。


名前のとお前者ぜんしゃは学生、後者こうしゃは科学者ならば、どの店でも生活用品なら半額はんがく購入こうにゅうすることができるというもの。


この国の人口じんこうのほとんが学生と科学者なので、国が各店舗かくてんぽ指示しじを出して取り組んでいるいわば国民こくみんへのご褒美ほうびのようなものだ。


それと、誰もが金銭きんせん不安ふあんなく勉学べんがく研究けんきゅういそしめるようにという意味いみもある。


この国の学生と科学者で食事しょくじこまる者などまずいない。


――はずなのだが。


「うわぁぁぁッ! 急がなきゃ急がなきゃ! 早く行かないと食べものが売り切れちゃうッ!」


どうやら今のミックスは、そんなことはないようだ。


街中まちなかをものすご形相ぎょうそうけていくミックス。


学校の体育たいいく授業じゅぎょうで走るよりも、ずっと必死ひっしだ。


そんな彼の姿を見た街を歩く人たちも、一体何事ないごとかとおどろいていた。


「このセールで食材しょくざいが買えなかったら……俺は確実かくじつに死んじゃうよぉぉぉ!」


ジャズとカフェにいたときは、ずいぶんと人目ひとめを気にしていたミックスだったが。


今はそんな小さなことを気にしている余裕よゆうはなさそうだった。

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