第13話 寝ても戻れなくなったり
出発前、ワッハウの領主様はレイガン家当主に宛てた書状を託してくれた。身分を証立てる為にも必要だろうと。
ラシャもついてきたがったが、そうなると荷車ではなく馬車を引く必要性が出てくるので、さすがに見送った。やってやれない事は無さそうだったけど。
夜だが明るい月が出ていたので、ザイルの道案内も特に問題無く進み、途中の街や村には立ち寄らず、数回の休憩を挟んだだけで、翌日の夜明けくらいには、レイガンの都、といってもワッハウの街の二倍くらいの大きさだったが、に到着した。
私の背丈の三倍くらいの外壁にあつらえられた門にはしっかりと門番が立っていて、朝市に参加するのだろう農夫さん達が並んでいた。
縛り上げた人質なんて目立つ存在が無ければ大人しく列に並んでいたろうけど、なるべく人目を引かない方が良いとザイルと相談し、列を無視する形で門番の元へ。目を覚ました閣下が荷台で暴れていたのでまた殴りつけて気絶させると、門番が誰何してきた。
「止まれ。何者だ?その荷台で拘束されているのはいったい?」
「私は小暮百合。荷台にいるのは、プスルム派閥盟主の三男、ザンネール・メイケン。これはワッハウの街の領主からの書状。レイガン家当主へ取り次いでほしい」
門番の兵士は出て来た名前に当惑したが、周囲の兵士にも声をかけ、荷台にいる閣下の顔を改め、何名かが見覚えがあったらしい。
「いったんザンネール・メイケンの身柄だけを預かりたいのだが」
「後でそうなるとしても、先ずはメイケン家当主への取り次ぎを。書状に目を通してもらって、私と話してからの方が良いと思う。ワッハウの街も危ない橋を渡っているので」
「・・・わかった。おい、五人ついてこい!」
その場のリーダーらしき人が先導して、荷車の四隅を兵士たちが取り囲む形で、私たちは城へと導かれた。
それはワッハウの領主の館とは違って、小振りだけど綺麗な白いお城で、外壁とは別の内壁で囲まれていた。
お城の門番の人には先導してくれたリーダーらしき兵士が説明してくれて、私もまた簡単な説明をして、しばらく待たされたけど、やがて私たちは城の広間へと通された。
そこには二つの玉座が横に並んでいて、片方には一五歳くらいの少年が腰掛けていた。肌は青白く、やせ細っており、時折せき込んでいて、もう片方に腰掛けている同い年くらいの、髪の長さ以外の顔の造りとかはほとんど同じ少女が、心配そうに彼に声をかけていた。
「コグレ・ユリ殿と、ザンネール・メイケン殿をお連れしました」
かつん、と踵を鳴らした兵士が脇に下がると、少女が私に声をかけてきた。
「レイガン家現当主となった、レジータ・ルク・レイガンです。隣にいるのは兄のマサラ。このたびは私たちの仇敵とも言えるザンネール・メイケンを引き連れてきて下さったこと、なんとお礼を申し上げれば良いのかわかりません」
「コグレ、ユリです。ユリとでもお呼び下さい。ザンネール閣下の身柄はお渡ししようと思っていますが、ワッハウ領主からの手紙もお読みになってからご判断された方が良いかと」
書状を取り次ぎ役の人に渡し、先ずレジータが目を通し、マサラと宰相的な立ち位置の人に回し読みされると、三人で小声で相談してから、レジータが言った。
「ワッハウの街も取り上げられそうになり、ユリ様がザンネールとその配下の兵士を倒され、ワッハウを踏み台としたレイガンへの侵攻の企てを阻止する為に、ザンネールを引き連れてきて下さったという理解で合っていますか?」
「はい。ですから、いくら憎んでいたとしても、あっさりと殺してしまえばおよそ二千の兵はまっしぐらに向かってくるでしょうね。場合によっては、それ以上の数が」
「ふむ、これはメプネンとも歩調を揃えておいた方が良さそうですね。ともあれ、このままではまた多くの兵や民が傷つけられていたのを未然に防げるかも知れない機会と手段を与えて下さった事に、重ねてお礼を申し上げます。具体的にどのように報いれば良いか、何かご希望はございますか?」
私は、これを好機と捉えて切り出す事にした。
「私は、いわば風来坊の身で、ワッハウの街とかかわり合いになったのは偶然に過ぎません。そしてこの身は、ゴブリンたちを統べ人間との和平を望むゴブリン・ハーフの女帝、クェイナの為に戦う者です。
ワッハウの街やその領主や家族などを何度かお救いする機会があり、ワッハウの領主からは和平について了承を頂いております。
出来れば、レイガンにもご賛同頂けると嬉しく思います」
レジータはマサラや宰相的な人とまたひそひそと話し合ってから問いかけてきた。
「仇敵を捕らえて身柄を差し出すだけでなく、侵攻の企てを挫いて下さったユリ様のお言葉、ぜひ前向きに検討したくは思いますが、民にとってはやはりゴブリンは魔物。明日から親しくせよと言われてもいきなりは難しいかと」
「無理もありません。クェイナも自分の一代ですべてを成し遂げられるとは考えていません。その道筋をつけられれば良いと」
「そのくらいの長い時間をかけても良いのであれば、ぜひ、実現に協力したいものです。魔物は、ゴブリンだけではありませんから」
「ありがたいお言葉です。クェイナも喜ぶことでしょう」
「ユリ様はとてもお強いそうですね。ワッハウの街を陥れようとしたザンネールとその配下の五百の兵を無傷で倒し捕らえたとか」
広間に集まっていた臣下や役人や兵士たちがいっせいにざわめいた。今まで内輪の会話以外沈黙を守っていたマサラが話しかけてきた。
「それは真であるか、ユリ様?」
「ええ、まぁ」
「そなたは、その、女性であるというのに?」
またざわめきが一段と強まった。いやそう見えないのは自覚しているので、改めて確認したいというのはわかるけどさ。なので皮肉で返した。
「そう見えない事は自覚しております」
「もう、兄様はなんて失礼な事を!申し訳ありません、ユリ様」
「いえ、疑われながらずっと育ってきたので、今更ですので」
「無神経な言葉、詫びさせて頂きます、ユリ様。しかしワッハウから夜通し駆け、それでここまで着いてしまうというのは何という脚力と胆力か。それだけでも常人の枠には収まらないというか」
「兄様!」
「ははは、すまないな、レジータ、そしてユリ様。私はこの通り病弱な体で、満足に動く事すら出来ない。普段はずっとベッドの上で寝たきりだ。そんな私からすると、ユリ様のような存在はまぶしく映るのだよ。その身体が男であれ女であれ、な」
憧れ、とでもいう眼差しを向けられるのは、初めての体験でも無かった。元の世界にいた時も、運動に関しては人並み以上だったし、荒事への適性という意味では並外れていたので、そちらに不向きな男子からは敬意を向けられる事はしばしばあった。それで変な話になりかけた事もあるが、それはまた別の話と意識を切り替えた。
「一つ、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「何なりと申しつけ下さい」
「荷車に二人乗せて夜通しかけて来たので、いささか疲れております。私の連れのザイルと含めて部屋をお貸し頂き、休ませて頂いてもよろしいでしょうか?」
「おお、気が回らず申し訳ありません。しかしその前に軽い軽食などいかがですか?まだ食べられていないのであれば特に」
特に断る理由も無かったので、謁見広間とも云うべき場所から、おそらくは当主家族のみが使う食堂に招かれて、ワッハウの街近辺での活躍を話す事になった。相当に眠くて疲れていたのだが、レイガンの双子兄妹たちのきらきらした眼差しを受けて、食べ物をかき込んで終わりという訳にもいかず、ワッハウの街に現れる前などを除いてレイガンを訪れるまでの一連の話をさせられるはめになった。
ちなみにザンネール閣下は謁見の間で同席したが発言の機会は与えられず、目隠しに猿轡に両手両足への枷など、魔法も使える相手に対して厳重に拘束されたままどこぞの地下牢にでも引っ立てられていった。その場で殺されないだけマシと感謝してもらおう。
頭がふらつくくらいの限界が来てようやく部屋に案内され、ザイルに後を託してベッドに倒れ込んで意識を失った。
ぎりぎり遅刻しないくらいかなとその間際に思ったりしたが、ぐっすりと眠って爽快に目を覚ますと、窓の外は暗かった。
まさか、母親が夜勤シフトで起こしてくれなかったのか?!と焦ってベッドから降りようとして、それが自分の部屋ではなく、レイガンの城で割り当てられた部屋である事に気付き、さーっと血の気が引いた。
いつか来ると思っていたけど、このタイミングは、う~ん・・・。良くも悪くも無い、のか?
「おはよう、という時間でも無いけど、おはよう。どうしたの?変な夢でも見た?」
ザイルが、ベッドから慌てて降りたまま固まった私に声をかけてきた。
「まぁ、見たような見てないような。ちょっと、大きな変化があってね」
「どんな?」
「この世界に唐突に放り込まれてから、寝たり意識を失う度に、元の世界からこちら、逆にこちらから元の世界に意識が移動してたんだけどさ、それが無かったのさ」
「戻れなくなったって事?」
「ずっとそうなのかは分からないんだけど」
「ユリが元の世界に戻ったままこちらには来られなくなるよりは、ぼくは嬉しいかな。ユリは家族に会えなくなったりとか、いろいろ大変かもだけど」
「最悪、どうしても戻りたいって時はまだ試せる事があるから焦る必要も無いかも」
「誰かに気絶させてもらうとか?」
「そんな感じ」
もっと言うと、殺してもらうとかは最終手段として取っておくべきだろう。望んでなくても殺されるような機会もあるだろうしね。おっと、これはフラグかな。気絶と違って死亡は回数制限あったら洒落にならんから慎重にならないといけない。
そんな事を考えていると、メイドさんがやってきて湯浴みをするか食事にするか聞かれ、湯浴みを選ばせてもらった。当主兄妹はすでに食事は済んでるけど、私が入浴を終えた後の食事には同席するとの事だった。
メイドさんが身体を洗ってくれようとしたけど丁重にお断りした。下着とかは洗ってくれるとの事で、用意してもらった着替えは、うん、女性用の物はサイズが合うのが無かったので、下着以外は元々着てたのを身につけた。
食堂で再会したレイガンとマサラの二人とその相談役の宰相さんには、いずれ話さなくてはいけないだろうと、自分が異世界から来た存在だという事を伝えた。あまり周りに触れ回っては欲しくないという希望も添えて。
「その、何か証立てする物はありますか?いや、お話を疑ってお願いするのは失礼だとは重々承知しているのですが」
離れた位置に同席していた宰相のイルエさんの依頼を受けて、私はウェストポーチを探り、
「これは使い捨てカメラという物ですが、害の無い道具なので光を発しても驚かないで下さいね?」
と目の前の二人の写真を一枚撮った。
たかれたフラッシュの光に当然、その場に居合わせた私以外の全員が驚いていたが、私はポーチに入れておいたクェイナの写真を取り出して二人に説明した。
「こんな感じに、写真という物を撮影する道具です。撮った物をこの写真にするには現像という処理が必要で、それは元の世界に戻らないと出来ないのですが」
「すごい!これは、魔法なのですか?」
「魔法というか、うーん、科学というものから生まれた道具とでも言うのでしょうかね」
「科学とはいったい?」
「えーと、私もうまく説明できるか自信が無いのですが・・・」
そこで、けほけほとマサラがせき込んだので、
「例えば、マサラさんの病気が、どんな原因で起こっているものなのか調べて、治療する方法を見つけるとか。これは医学とか薬学とかと呼ばれる類かも知れませんけど」
「そちらなら何とか理解できますが、しかしこの道具は」
「フィルムという物に被写体の光を当ててその姿を写し取る、というような理屈だったかと。すみません、私も科学そのものには明るくないので」
「なるほど、魔法に詳しくない者でも使える便利な道具という位置づけになるのかな」
「そうですね」
「それで、こちらが、ユリ様が仕えているというゴブリン・ハーフの女帝、クェイナ様ですか。人間とは違う存り
「はい。美しいだけでなくて、聡明で、気高くて」
かわいらしくもあって、自分の理想の相手です、とは言えなかったが、慕っている様子は伝わったらしい。
「まるで物語に出てくる姫君と騎士のようですね」
「はは、私はそんな見目よろしい存在ではないですけどね」
その後は食事を済ませつつ、異世界談義に華を咲かせ、私が食後のお茶に口をつけ始めると、宰相さんのイルエさんが尋ねてきた。
「それで、ユリ様は、今後どうされるおつもりですか?」
「たぶんだけど、しばらくはこの辺に滞在しようと思っています」
「私たちレイガンにとっては大変ありがたいお話ですが、その、ワッハウの方は大丈夫なのでしょうか?」
「クェイナにも話は通してありますし、何らかの手助けはしてくれるでしょう。ゴブリンたちの手に余るようなら、私が呼ばれるでしょうし」
「ふむ、そうすると・・・」
マサラが形の良い細い顎に指をかけながら言った。
「ワッハウの街に圧力をかけ、ユリ様をおびき寄せて、ここから引き離した後にザンネール殿を奪還、などの手が考えられますね」
「でもここは、派閥の勢力の境目付近からそれなりに離れたところでは?」
「それでも、少数の精鋭兵や魔法使いたちであれば、見張りの目をかいくぐって潜入することはたやすいでしょう。それが一組になるとも限らないわけですし」
「私たちは既にメプネンへの早馬を走らせました。救援を求め、また別方面からプスルムへの圧力をかければ、あちらもこちらだけに全力を集中できないでしょうから」
「早ければ、どのくらいで返事が来ますか?」
「先方に届くまでに三日。返事が届くにはその倍という事になりましょうか」
「じゃあ救援の軍が来てくれるにしろ、もっとかかるでしょうね」
「ザンネール閣下の救援潜入部隊も、それくらいの日数があれば、こちらに到着するでしょうし、いろいろ正念場ですね」
「その間、警戒とかにも協力しますけど、もし可能ならお願いがあるのですが」
「なんでしょうか、ユリ様。可能な限りお応えさせて頂きます」
「私たちの世界には、魔法と呼ばれるものは無かったのです。だから、魔法とか、身体強化みたいなスキルがあって身につけられるのなら、修得したいのです」
「なるほど。そうすれば、ユリ様が真の意味で一騎当千になることも夢では無いですね!」
「マサラってば。あの、ユリ様。魔法は、その才能が無いと修得が出来ません。そしてその才能は先天的な物で、数百人から千人に一人くらいのものなのです」
「確かに、ワッハウの街の兵士にはいなかったし、ザンネール閣下の部隊にもご当人以外に使ってる人はいなかったぽいね」
「魔法の才能を持つ者はそれくらい希少という事です。身体強化などのスキルはもう少しマシですが、それでも誰でも覚えて使えるようなものではありませんし」
「身につけられないならそれはそれで諦めます。が、修得できるかどうかは試してみたいです」
「イルエ、お願いできますか?」
「姫様たちのご希望なら喜んで。ただし、私が得手としているのは魔法のみです。スキルの方は、料理人に医者の真似事をさせるようなものとでも思って下さい」
「要は専門外ってこと?」
「そうです。では手始めに、魔力の有無の確認ですね。お手を拝借できますか?」
「どうぞ」
右手を差し出すと、手のひらを上にされて、イルエさんの華奢な手を重ねられた。どちらが女の子の手かと両方の手だけが出されたら、みんな間違いなくイルエさんの方のを選ぶだろう。
そんな益体も無い事を考えてたら、イルエさんの手のひらから何かが浸透してきて、私の中の何かが反応して、バチンッ!とすごい音がしてイルエさんが重ねてた手のひらが弾かれた。
自分含めて全員が驚いてたけど、
「今のはいったい?」
そう尋ねた。
イルエさんは、弾かれた掌の痛みを堪えるように何度かふってみてから苦しげに言った。
「私が聞きたいくらいです。あの反応は魔力では無かった。それは確かですが」
「あー、もしかして、気かな」
「気?」
「いったい何ですかそれは?」
質問する側がされる側に逆転してしまっていた。
「身体の中の生命力みたいな物、らしいです。意識を集中して練り上げて使う感じです。より力を込めたり、鎧を着た相手の内側にダメージを浸透させたり、後は離れた相手に向けて飛ばすなんて事も」
「それこそ魔法やスキルみたいな物では?」
「うーん、だからこそ、違う系統の力も身につけられたら、もっと強くなれるかと期待したのですが」
「でしたら、魔闘士でしょうかね」
「魔闘士って何ですか?」
「武器ではなく己の身体のみで戦う者を闘士と呼んだりしますが、魔法やスキルも使う者を特に魔闘士と呼びます。でも魔法を使える者がすでに希少な為、魔闘士となるとさらに希少になりますが」
「この国にはいない?」
「居た、というのが正しいですね。王国が解体された頃にはかなりの強者がいたようなのですが、その後の混乱の中で消息がわからなくなったとか」
「じゃあその人に教えてもらうのは難しそうですね。スキル使える兵士さんとかは?」
「ほんのわずかですがおります。今日はもう遅いですから、明日以降にユリ様の訓練に参加できるよう手配しますね」
「ああ、よろしくお願いします」
ユリとレジータ達がそんな会話をしていたのと同じ頃。
プスルムとメプネンとレイガンの勢力圏の中央に位置する旧王都アハラサ。ワッハウの十倍ほどの大きさを持ち、外壁の高さは五倍ほどに及んだ。
中央には南北に川が横断し、さらにその中央には主である王家不在の王城が聳えて、川が天然の堀としてその周囲を巡っていた。
さらに堀を巡った川が南へと抜ける外壁の一角には豪商達の倉庫だけではなく、彼らお抱えの傭兵団の詰め所までが設えられていた。
その内側には三人ほどの男性がテーブルを囲み、彼らの護衛が背後に控えていた。三人はテーブルの上に金貨や銀貨のチップを積みながらカード遊びに興じてチップのやり取りをしていたが、会話の主題はカードとは別のところにあった。
「プスルムのメイケン家の三男坊がワッハウの領地にとっつかまったらしーじゃねーか?」
金髪で、頬に大きな切り傷のある中年の男が楽しそうに言った。
「それはもう古い情報だ。奴とその手下の兵五百を倒した女は、奴をレイガンの元へと連れ去ったと」
カードを一枚テーブルの山からめくり、にやりと笑って金貨の山をずいと中央に寄せた痩身の灰色髪の男が、コールだ、とも告げる。
「で、その後がどうなったかだよ。まさか殺させる為に連れてった訳でもあるまい?」
もう一人の、残り二人に比べればその息子世代とも呼べるくらいに若い黒い長髪の男が、レイズ、と自分の手元の金貨の山を同じくらいテーブルの中央に寄せる。
頬に傷のある男は、手持ちのカードを伏せておき、
灰色髪の男と、黒髪の男が互いの手札を明かし、
「惜しいが、悪かったな」
「ふん、次は勝つさ。それで?」
灰色髪の男が金貨を総取りし、カードを再びシャッフルしながら話した。
「プスルムのメイケン家当主からの気前の良い依頼が来た。メプネンへの抑えに五百。それから飛び切りの凄腕を必要なだけ集めて、ザンネール坊やを助け出してくれだとよ」
「気前がいいじゃないか」
頬に傷のある男が、配られたカードを見てにやりと微笑んだ。
「潜入して連れ出すのだから、多くて十から二十か。陽動や逃がし手は別に用意するとして」
「報酬はいまさらけちらねえだろ。去年の大戦でどこも手傷負ったし、レイガンは正念場だろうし」
「だが問題は、ワッハウの街やその領主の危地を何度も助けたという女傑、女にはとうてい見えないらしいが、こいつをどうするかだ」
「あー、それは心配しなくてもいいぜ」
一番若い長い黒髪の男が言い切ると、残り二人が怪訝そうな目で見た。
二人の疑惑の目を受けた男は残ったチップを全額テーブルの中央に寄せて、コールを宣言してから言った。
「ザンネールの奴と五百の兵を倒したって女がレイガンに向かったって話を聞いた爺っちゃんがな、弟子たち連れてもう向かっちまったからな」
「イグニオ翁が」
「終わったな。その女傑がいくらの出物だとしても、適うまい」
頬に傷のある男と灰色髪の男がカードをテーブルに伏せておき、それでその場の勝負はお開きとなった。
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