第12話 ザンネール閣下の処遇などについて
戦いや拘束が終わっても、それで全てが終わった訳では、当然無かった。
「ザンネール閣下や五百の兵をそのまま人質にすれば、メイケン家がその威信にかけて取り戻しに来るのは確実だ」
ワッハウの領主様は戦いの始まる前からそう言い切っていたし、それは全員を処刑したとしても、もっと悪い形で実現するのは容易に想像がついた。
「閣下も、本当ならここに置いておきたくないんだけどね」
ラシャはまだ渋っていたが、彼と、今回率いてきた中で身分が高めの者を中心に五十人ほど残して、他は、閣下の愛剣と領主様からの手紙とともにお引き取りいただくことになった。指揮官レベルは根こそぎ人質になっていたこともあり、残りの兵士たちはすごすごと帰還していった。
その晩。領主様の館の食卓。上座には領主様とラシャ。中程には、私と、その正面にザンネール閣下を配置して、交渉は始まった。
「それで、どうするつもりだ?」
わめき散らされるようなことは無く、一人の死者も出さず、兵士の大半を派閥盟主の元へ帰したという処置を説明した後、そう尋ねられた。
本当なら、領主様が中心に話し合うべきなんだけど、
「ザンネール閣下。私はまだ、派閥から抜けるつもりはございません。その旨、手紙にしたためて、お戻り頂いた兵士の方々に盟主様へと託しております」
「ふん。だとしても、この
「ユリです。コグレ、ユリ」
「ではコグレと呼ぼうか。そなた何者だ?」
異世界云々は、領主様たちと相談してまだ伏せておくことにしていたので、
「風来坊です。たまたま、ワッハウの街と関わりを持ち、そして」
いずれ通る道で、避けられないならと、私は提案した。
「ゴブリンたちの女帝、クェイナの力となることを決めた者です」
ふん、と鼻を鳴らしながらも、閣下はいきなり全否定してこなかった。
「噂には聞いている。ゴブリンたちの、それも複数のキングを従え、人間の領主と和平を結ぼうとしている者がいるとな」
「なら、話は早いです。クェイナは、このワッハウの街を手始めに、あなた方の派閥とも和平を望んでいます」
「私は了承しました」
領主様が口を挟むと、そちらをちらりと見てから、閣下は言った。
「私を倒し、その兵を打ち破りながら誰も殺さずに追い返し、交渉の席に着かせる。そこまでの手腕は認めよう。だが私を人質にすれば済む話ではあるまい?」
「ええ。あなたが私たちの皆殺しなど指示しなければ、いえそもそも荒事にしなければ、人質など不要だったのですが、あなたの父親でもある派閥の盟主に交渉の場について頂くまでは、身柄を預からせて頂きます」
ザンネール閣下は、数多くの妻や妾を囲っているというだけあって、美形(イケメン)だった。優雅にカールした口髭は、現代の日本人社会では残念な装飾の部類に入るかも知れないが、地位も名誉も、そして魔法を含めた戦闘の実力も確かな物で、例えばセピアスとヴォルネルが二人でかかっても余裕で殺されていただろうと私は推測できた。
「父上を交渉のテーブルにつかせ、和平を結べたとしよう。それをどうやって守らせる?」
「それを語るのは私ではなく、私が忠義を捧げた相手になります」
「人間同士が一枚岩ではいられないように、ゴブリンも、また他の魔物どもも同じであろう。そこで例えばだが、和平ではなく同盟を提案されたらどうするのだ?」
「私ではなくクェイナが判断するでしょうが、ゴブリンを使い潰すような盟約は無価値でしょうね。だからこそ、特定勢力との同盟ではなく、和平なのでしょうから」
「ゴブリンどもごときが生意気な」
「そう思われていることは当然わきまえてもいます。ただ、それに甘んじることも無いだけで」
閣下はまた何度か口髭の先を撫でつけてから、領主様に向かって言った。
「父上に手紙を出す。必要な物の準備をせよ。残っている者に馬を与え、至急送らせろ」
そこでいったん別室と便箋などを与えられた閣下は手紙をしたため、溶かした蝋と指輪に彫り込まれた家紋で刻印したものを、捕虜から使者に選ばれた相手に直接渡し、領主様から馬も貸し与えられた使者はワッハウの街を去っていった。
再び食堂に集まると、ザンネール閣下は言った。
「コグレ、そなたはどこまで周囲の状況を把握している?」
「いえ、ほとんど。クェイナから地理とかをほんの少し聞いただけですね」
閣下は責めるような目を領主様にちろりと向けてから、語り始めた。
「では、この辺りがプスルムという国だったというのは?」
「だった?」
「ゴブリンではそこまで詳しくは把握しておらんか。まぁいい。国が興っては消えていく中で、それなりに、数十年は保っていたのだがな。最後に即位した王が暴虐でな。あまりにも酷く諫めることも出来なかったため、当時の将軍と宰相たちが組んで誅された」
「その跡継ぎとかはいなかったの?」
「居たが、後継者争いなどもあって大半が死んでな。生き残っているのは、ここプスルムと呼ばれている地域の西から西南に広がるレイガンの当主の血筋だけだ」
「どうしてその生き残りが王国を継いでないの?」
「後継者争いに、将軍派と宰相派と呼ばれる勢力争いも重なるようになってな。愚にもつかぬ後継者候補に愛想を尽かして、旧王家の末裔により王国再建を目指すのは、ほぼレイガンの王族派だけとなった。派閥の中では最小だ」
「じゃあ、将軍派と宰相派が拮抗してるってこと?」
「将軍派プスルムのメイケン家が十とするなら、宰相派メプネンのファララ家が七、王族派レイガンのレイガン家が四だった」
「だった?」
「昨年に大きな戦があってな。プスルムに、メプネンとレイガンの合同軍が戦いを挑み、それぞれに大きな被害を出した。結果としては引き分け、いや痛み分けといって良いが、一番の被害を出したのは、レイガンで、総勢七千の兵を出して半数近くと、盟主とその跡継ぎの大半を失った」
「それって」
「プスルムもメプネンもそれぞれに痛手を負ったが、レイガンは一勢力としての力を失い過ぎた。そのように削ったのだがな。そしてここワッハウの街の領域はプスルムの北西端に位置し、当然、レイガンとも境を接している」
「つまり、ここを侵攻の足がかりにしようと?」
「メプネンの領域はプスルムとレイガンの南に位置する。つまり敵の救援はほぼ無視できる。五百の兵はレイガン全体を落とすには足りぬかも知れぬが、あちらも一カ所に張り付け続けるには厳しい数よ」
「閣下は、またプスルムを統一しようとしているんですか?」
「私だけではない。全ての派閥の者がその為に動いている」
「だったら、もっと平和的な交渉とかで」
「その果ての戦よ。後はもう誰が最後まで勝ち残るかで決まる」
私がちらりと領主様やラシャの方を見ると、二人はそれぞれに教えてくれた。
「講和派と呼べる者たちもいないではない。旧プスルム王都の実権を握っている商豪たちがそうだな。だが、我々はもう引き返すには多すぎる血を流している。ここワッハウの兵も、昨年の戦で半数近くが帰らぬ人となったのだ」
「それにね、ユリ。ここにいるザンネール閣下が表に裏に活躍なさったお陰で、レイガンの当主や後継者たちは大半が討ち死に。残ったのは病弱な兄と、彼の代わりに当主を引き継いだ十五歳の少女レジータ・ルク・レイガン。
メプネンもまた当主が深い手傷を負って、ザヴィエタ・オグ・ファララに代替わりしたわ。こちらは二十四歳だったかな。
で、大事なのは、二人とも、ここにいるザンネール閣下から縁談を持ちかけられたことがあって、それが元で戦いの火種が育って、親族を殺されたり傷つけられたりしたから、少なくともザンネール閣下と手を取り合うという選択肢は無いでしょうね」
「私は必要と思われることをしたまでだ」
貴族として、結婚は自由になるものではないとか言われるにせよ、政略結婚が当たり前だとしても、ザンネール閣下の開き直った顔は見ていて殴りたくなった。が、我慢我慢。自分は今、クェイナの代理でもあるからね!
「それで、閣下はどんな手紙を盟主様に送られたのですか?」
領主様の問いかけに、閣下は楽しそうに答えた。
「援軍を頼んだのだよ」
「いかほどの数を?」
「盟主親類から千、派閥内から千を召集し、レイガンをさらに削る。当たってみて手強ければそこそこに消耗させてから引き、手折れそうならそのまま手折り、レイガンの血をこちらに引き込む」
「つまり、レイガンを消滅させようと?」
「旧王家の血は我らの血筋に取り込まれ、我らは名実ともにプスルムの主として立つ基礎を得るだろう。レイガン無くば、メプネンも単独では我らに抗し難い。この度の侵攻は、その為の重要な布石と知れ」
「邪魔するなら全力で叩き潰すと?」
「そうなるだろうな」
「ふむ・・・」
「言っておくが、ゴブリンの女帝に助勢してもらえば嫌がらせは可能だろうが、その後何が起こるかは想像するまでもないからな」
ニヤニヤと笑いだしたザンネール閣下に腹が立ってきた私は、思いつきを口にした。
「そういえば、あんたの身代金を私が決めていいことになってるんだよな。何にしようかな~」
「な、なんだと?それは真か?」
領主様は、私をいぶかしみながらも話に乗ってくれた。
「ユリ殿には、街や家族や配下や、そして私自身も助けてもらった恩がありますからな。どうやってその大恩を返せるのか悩んでいたところです」
「ふ、そんなもの、メイケン家の名において報奨金を出してやろう。それもたっぷりとな。望むなら、我が精鋭の軍に加えてやっても良いぞ?」
「今提案されたどれもいらないよ。クェイナから他の誰かに乗り換えるとか有り得ないし、あんたの精鋭とやらは私一人に負けたんじゃお粗末な代物だったんじゃないのかい?」
「ぐぬぬ、言わせておけば増長しおって!お前がいかに優れた強者だとしても、千や万を相手取れるわけもあるまい?」
「今回はその千の半分はいたんだけどね。んー。クェイナにも相談しなきゃだけど、あんたはレイガンに手土産に持って行くよ。あんたの頼んだ兵士がレイガンの領域に侵攻するようなら真っ先にあんたを殺すようにね」
「その先に未来があるとでも?」
「今のままだと潰されるしか無いんだろ?なら恨みをはらせるだけマシじゃないか。そうなったらレイガンもどうなるかはわからないけど、少なくともあんたは楽に死ねると思わないことだね」
「そ、そんなことをしたら、このワッハウの街とて無事で済むわけが無いだろうが!」
「痛めつけられた弱り目につけ込んで取り上げようとした奴が言っても説得力無いよ。最悪、ラシャとか顔見知りは連れていけば巻き添えは食わないし、そうなった場合、あんたらは私を完全に敵に回すけど、いいんだな?」
「たった一人で何が出来る?思い上がるのもいい加減にするんだな!」
「思い上がってるのはそっちじゃなくて?たった一人に五百人とあんたが負けたんだよ?いっぺんに一万人が相手とかならさすがに無理かもだけど、五百人を二十回ばらばらの機会に潰すくらいなら軽いだろうね。そうされた時、あんたらの敵のメプネンはどう動くだろうねぇ?」
ザンネール閣下は、さっと青ざめた。彼を含めて、五百人を片付けるのに正味二十分くらいしかかかってないのだ。
閣下が黙り込んで考え始めたので、私はセピアスに念話で閣下との話の概要を伝え、これからの動き、特に閣下を人質としてレイガンに運ぶ事について彼女の意見を求めた。
さすがに即座の回答は無理だと思ったが、ワッハウの街や私が狙われれば牽制などで協力するとセピアスを通じて伝えられてきた。
「領主様。レイガンの本拠地まではどれくらいかかりますか?」
「早馬でも二日近くはかかるな。そなたの脚力でも半日以上はかかるだろう。大人の男一人を運ぶなら特に」
「なるほど。道案内に誰かついてきてもらう必要があるなら、往復する間にも、メイケンの増援が来てしまうかも知れない、と」
私はまだ考え続けている閣下に声をかけた。
「考えはまとまりましたか?なるべく早く出た方が良さそうなので、今から出発しましょうか」
翌日も学校なので、出来るなら今夜中にレイガンに着いておきたかったけど、さて、どうするか。地図書いてもらって迷わなそうなら、一人で閣下を担いで全速力で走れば何とかなりそうなんだけど。
「手紙を、出す。用意せよ」
「用意しましょう。しかし今度は、私も手紙をしたため、あなたの手紙を運ぶのとは別の使者も立てましょう」
閣下の頬はひきつったが、文句は言えなかったらしい。悔しそうにテーブルの足を蹴っていた。
手紙が閣下と領主様によって書かれている間、私はフンメルさんとラシャとに近辺の地図などを見せてもらい、道順の説明を受けていたが、ザイルが、
「レイガンの都、というか、主の館がある街までなら、案内できると思うよ」
と申し出てくれた。
「ぼくはレイガンにある村の出身で、都にも行ったことあるから」
そうして、どうやって閣下を運んでいくのかに話が移ったのだが、なるべく軽い荷車を見繕ってもらい、そこに必要最低限なキャンプ用具や毛布などを敷き詰め、閣下は縛り上げた状態で運ぶ事にした。
レイガンに入るまでは約半日で、同じ街道をひたすらに西に進んでいけばいいと聞き、最低限の身の回りの物だけ身につけて準備を終え、二通の手紙と二人の使者がそれぞれに夜道をメイケン家へと発つと、私も閣下を気絶させた上で猿ぐつわをして縛り上げ、荷車を引きながら西へと旅立ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます