第11話 1対1+500
夕暮れ時。
ワッハウの外壁を背に、私たちはザンネール・メイケンという色男とその軍勢と向き合った。
領主様とラシャ、それになけなしの兵士たちが整列し、私はラシャのそばに控えていた。
メイケンの側にいたフンメルさんが領主様の元にやってきて、二、三言交わすと、領主様がメイケンに呼びかけた。
「ザンネール閣下。おひさしゅうございます。この度は、どのようなご用件でお越し頂いたのでしょうか?」
「ストラピア・ジュズル、出迎えご苦労。此度の一件、災難であったな。ワッハウの街が一時的にせよ盗賊やゴブリンたちの手に落ちていたと聞いたぞ」
「面目ございません」
「取り戻したとはいえ、負った痛手が癒えるまでには相応の日数などがかかるであろう。その間、私とこの兵とでワッハウとその周辺に睨みを効かせてやろうではないか」
にやにやとした顔つきと、助けてやるのだといった上から目線が気に入らず、
「気に入らない奴だね」
とラシャに呟くと、
「でしょ」
とラシャも肯定した。
領主様はここでいったん上体を深く折り下げ、面を上げて返答した。
「お心遣い、まことにかたじけなく思います。しかしお聞かせ下さい。その、対価やいかに?」
「ふ、わかっておろうが。皆まで言わす気か?」
「恐れながら、五百もの兵はこの街の普段の警備には過剰でございます。数日の短期間ならともかく、長期となれば街の財源は保ちませぬ」
「わかっておる。そなたにのみ負担は押しつけぬ。ただし、足りぬ分は、私が求めていた者を差し出せば許してやろう」
「何度もお断りしていたのと同じ理由で、娘は差し出せませぬ。これからまだ嫁入りを控えている身でれば」
「ならば、私がここの領主も兼ねてやろうではないか。それで何の問題も無くなる」
「私からこの街を奪うと仰せか?」
「すでにこの街は一度落ちたのだ。その時点でそなたは一度領主の資格を失っているのだよ。街は取り戻されその身は戻って来れたとはいえ、また百や二百の手勢がどこぞより送られてくれば、この街は再び落ちるだろうよ。であれば、私が連れてきたこの兵を持って周囲の安寧を図り、前の領主の娘も娶って名目の座も引き継ぐのが最善であろう?何か異議でも申し立てるか?申し立てたとして、そなたはその異議を押し通せる力を持っているのか?」
ワッハウの領主様の歯ぎしりさえ聞こえてきそうな場面。勝負あったと高笑いを始めたザンネール。
私は、ラシャの肩を叩いて、背を押すように言った。
「ほら、出番だよ」
「わかってるわ」
ラシャは、毅然とした歩みで父親に並び立つと、宣言した。
「異議は申し立てます。あなたを相手に押し通してもみせます!」
「ほう、どうやってだ?」
「私を、街を、父や皆を救って下さったユリの力を借りて」
お声がかかった私はゆっくりと進み出た。
「ふむ、話はフンメル殿より聞いているよ。無双の豪傑だとな」
「だから、あなたとの縁談も、これまでお断りしていた通り、これからもお断り致します。ワッハウの街もお渡ししません」
ザンネールの頬がひきつり、ラシャを罵倒した。
「生意気を抜かすな小娘が!どこの者とも知れぬ余所者一人に何が出来よう?」
「少なくとも、あなたよりは強くて、あなたよりもずっと信頼できて、あなたとは比較にならないくらいマシな相手です!」
言い返したラシャに駆け寄り、殴りつけようとしたザンネールの拳を受け止めた私は、その拳を握り込みながら言った。
「初めまして、ザンネール・メイケン様。私は、小暮百合。ラシャの友人で、ラシャ曰く、あなたより強くて、あなたよりずっと信頼できて、あなたとは比較にならないくらいマシな相手だそうです」
「言ったな・・・いた・たたた痛い痛い痛い手を放せぇぇぇっ!」
「あなたはラシャを殴ろうとした。友人として許せる筈も無いことをあなたはやろうとした。だから止めたまでです」
「バカな女を躾るのは男の義務だろうが!」
「ほほう、ではそのバカな女の手も振り払えないのはどんな男なのでしょう?」
「お前のような図体をしたもの、女の部類に含まれる筈も無かろうが、って放せ放せ放せ、放さねば、殺すぞっ!」
そう言われたので、私はザンネールを放り投げた。ザンネールは放物線を描いて臀部から地面に落ちると、後頭部から背面へとごろごろと転がって止まった。
「き、きさままあああっ!」
「女は男の従属物でしたっけ?」
「そんな当たり前のことを抜かすな!それとお前など従属さえる価値すら無いわ!」
「そんなお前に従属する価値なんて認めないけどね。だけど、ラシャたちの決意を伝えるわ、ザンネール閣下。お前が私に一対一で勝てたなら、ラシャはあなたに輿入れして、領主様はワッハウの街をあなたに譲るそうよ」
激高していたザンネールが血走った目でラシャとストラピアを睨みつけると、二人ともはっきりとうなずいた。
「ふへ、ふははははは!そこらの盗賊やゴブリン風情を討伐できたくらいでいきがるなよ大女!死ねぃ、ファイア・ランス!」
1メートルくらいの炎の槍が三本、ザンネール閣下の前面に現れると、次々と私に放たれてきた。
私は左手の小手でその先端に触れて受け流しながら踏み込むと、右手の小手を相手の腹に埋め込むように下から上へと拳を振り抜いた。
力を加減したとは云え、1メートル80くらいはある体格の良い男が5メートル近くは宙に打ち上げられ、地面に落下してくると、その顔の脇の地面を私は踏みつけて言った。
「私の勝ちだな?」
一瞬の出来事に周囲の兵士たちは固まっていたが、ユリを取り囲んで言った。
「貴様っ、その足を放せ!」
「いきなり襲いかかるなど、卑怯な!」
「いきなり魔法撃ってきたのは閣下の方じゃん」
しかし地面に叩きつけられた衝撃から目を覚ました閣下は、剣を抜いて足に切りつけてきたのでいったん離れた。
「勝負、ついたよね?」
「認められるものか!この剣が受けられねばやはり死ぬがいい!」
ザンネール閣下は
「目には見えない攻撃をいつまで避けられるかな?!」
「避けなきゃいいんだろ?」
「ほざけ!」
そうしてつま先や肩、太股や眉間などに向けて上下左右に次々に放たれた風の螺旋のような攻撃を、私は摺り足や体捌きで避けたり、左手の小手で打ち払い続けた。
十、二十、三十と攻撃が重ねられて、息が上がってきたのはザンネール閣下のが先だった。
「き、貴様!どうやって攻撃を見切っておるのだ!?見えぬのだぞ?」
「そうでもないね。あんた、攻撃する箇所にちらりとだけど視線と意識を向けてるんだよ。次にどこを狙うのか丁寧に教えてくれてるんだ。避けるなんてわけないことだよ」
「そうは言っても目線の動きの差などたかが知れている筈!まして意識などどうやって?」
「どうやってって言われても、例えば、こうやって?」
動揺して攻撃が止んだ隙を私は見逃さなかった。
およそ3メートルの距離を一歩で詰め、右手の拳に気を込めて、わかりやすくザンネール閣下の顔面に向けて打ち込むと、閣下は剣をかざして防ごうとした。私は右の拳を寸止めして、左の拳で閣下の鳩尾を再び上空へと殴り上げた。
きれいな放物線を描いて地面に転がり、ぶべっ、ぶぽっ、など悲鳴を上げたが、やがてまたむくりと起きあがった。
「まだやるの?間違いなく私が連勝してるんだけど?」
「お前ら、何をぼーっと突っ立ってるんだ?あいつらを取り囲め!ユリとワッハウの連中を分断して人質を取れ!こうなったらラシャ以外は皆殺しにしてやる!ワッハウの街とその領主は、我らが盟主の助けの手を拒み、私の命さえ取ろうとして返り討ちにあったと父上には報告しよう。お前ら、いけっ!やれい!」
「人質には、あんたがなるんだね」
私は一瞬で閣下の背後に回り込むと、閣下の背中をフンメルさんの方へと蹴り飛ばした。閣下は顔面を地面で削りながら前転して止まり、フンメルさんは迷いなく彼の身柄を拘束してくれた。
「みんなは街へ。門も閉めておいて。たぶん、すぐに終わるから」
「分かった。ユリ、無事で!」
「おうっ!」
五十人はいないワッハウの兵士たちがラシャと領主様とフンメルさんと彼が拘束したザンネール閣下を取り囲み、街の門へと下がり始めると、閣下の兵士たちも私を避けるように二手に分かれて左右からその後を追い始めた。
「行け、追え!閣下を取り戻すんだ!」
そう意気込む追っ手の兵士たちへと、私は両腕を広げて回しながら突入。さらに空中に浮かび上がった兵士の足を掴んで、もう片方の集団の先頭に放り込むと、今度はそちらへ両腕を回転させながら突入し、以下繰り返し。
うん、シンプルなダブルラリアットで、回転の勢いに周囲の兵士たちが吸い込まれたりはしなかった。逆に、私の腕にかかった兵士は次々に弾き飛ばされてて、人間竜巻みたいだったと後からラシャに聞いた。
ラシャたちが門までたどり着いて閉めきるまで、私はその
外壁を背に私を扇状に包囲するよう槍襖を展開され、その背後からは弓矢が放たれてきた。
私はやはりこちらの世界なら出来るかなと、背後の壁を駆け上がり、矢の雨かわすと、ぐっと両足に力を込めて槍襖の背後の弓兵たちへと跳び蹴りで突入。
接近戦で一人ずつ殴り倒していくのは骨なので、せっかくだからさっきの閣下のような攻撃が出来ないか真似してみたら、出来た。
風の刃とかではなく、気の弾を次々に放つ感じで。最初は1、2メートルくらいがいいところだったけど、兵士の数が残り半分になる頃にはその倍は飛ぶようになり、残り四分の一未満があちこちへ逃げ散り始めた頃には距離も命中精度もさらに倍くらいは伸びた。
日が沈みきるまでには一人残らず倒し、また門を開けてもらってワッハウの兵士さんたちにも手助けしてもらって彼らの拘束まで何とか終えたのだった。
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