第14話 マサラからの求婚やレジータとのお風呂とか
目が覚めても元の世界に戻れなかった日。魔法の修練はとても数日で実現できそうにないと見切りをつけ、身体強化とかのスキルが身につけられるか試してみる事にした。
教官役は、去年の大戦で片足を失い義足をつけ、第一線からは退いたという老兵のガンツさん。白髪と白い顎髭、彫りの深い顔と厳しくも優しそうな目が印象的なおじいさんとおじさんの中間くらいの年代の人だった。
「スキル、なぁ。ふむ、覚えられん者はどうやっても覚えられんし、どう教えたもんか」
「でも、覚えられる人は覚えられるなら、教え方もあるんですよね?」
「魔法より適性の希少さは緩いとはいえ、百人に一人も使えるようにならん。だから、こうすれば使えるようになるなんて方式もないのじゃよ」
「じゃあ、みんなどうやって使えるようになったんですか?生まれた時から覚えてたわけじゃないなら」
「言いたい事は分かる。わしが使えるスキルは二つ、いや三つかの。今ここで見せるのは二つまでじゃが」
「どうやって使っているか教えてもらえれば、真似てみます」
「見せる事はかまわん。しかしスキルとは己の内の力を練り上げて自分を底上げするような作業だ。一夕一朝で出来るようなものではないぞ?」
「気の鍛錬なら毎日やってたので、それが近ければたぶん実現出来るんじゃないかと」
「ではまず基礎中の基礎、身体強化じゃな。ふむん」
何かの冗談の様に、一瞬の内にガンツさんの体躯が一回りは大きくなった。背丈が伸びたという訳ではなく、全体的な筋肉の厚みが増した感じで、ガンツさんから受ける強さの印象は、一割増しどころではなかった。
また気付くとガンツさんの体躯は元のサイズに戻っていた。
「どうだ?今ので何か分かったか?」
「どうやってとかは全く」
「じゃろうな。とりあえずは背中にでも手を当てておいてみるといい。次はゆっくりとやってみせるから」
気だとへその下辺りの丹田で練るというけど、魔力か何かが基ならと、心臓の裏辺りに手を当ててみた。
ガンツさんの身体の中で、気とはまた違う力が巡っているのを感じた。魔法を使う為の魔力だったらまた手が弾かれてしまっていたかも知れない。
「この力は、なんと呼んでるんですか?」
「人それぞれじゃの。わしは生命力と呼んでおる」
「つまり、使いすぎもやばいとか?」
「使い込み過ぎればそれだけで疲れ果て倒れるだろうよ。じゃから、戦闘時に使うのであれば、ここぞという一瞬で使い、また一瞬で元に戻す。それが一番効率がええの」
話しながらもゆっくりと全身を循環させた力をぐっと凝縮させたかと思うと、その反動からか次の瞬間にはまたぼんっと体躯が膨れ上がっていた。
「要領は掴めたかの?」
「たぶん。後はやってみないと何とも」
また体躯を元に戻したガンツさんから離れ、先ずは慣れ親しんだ気の力を体内で循環させてみた。その感触は、さっきガンツさんの体内で感じたのと若干違っていたけれど、全身を循環させ充満させ、いったんぎゅっと圧縮!そして次の瞬間、
ぼんっ!
と着ていた服が弾け飛んでいた。
どこぞの世紀末漫画の主役とか、ポ○イとか、ラピ○タの海賊とか、その辺を想像してもらえばわかるだろうか?
幸いというか、クェイナからもらった革の胴衣やガントレット、それからある程度伸縮性のある下着なんかも大丈夫だったが、それら以外は軒並み残骸となってしまい、練兵場の観戦席のようなところから見学していたレジータが顔を背けていたマサラの目を両手で覆い、周囲にいたメイドさん達に何かの指示を出していた。
ガンツさんは顔を背けながら上着を脱ぎ、
「腰にでも巻け」
と差し出してくれたので、ありがたく巻いておいた。サイズはぜんぜん足りなかったけれど。
私は更衣室のような場所に連れていかれ、そこで余裕のある服装に着替えて練兵場に戻り、ガンツさんに上着を返してお詫びした。
「見苦しい物をお見せして申し訳ありませんでした」
「それはもうええ。お主が本当に女だと確かめられたしの。まさか一度で出来てしまうとは思わなんだが、今の内何度でも繰り返して感触を掴め。そして一瞬の攻防で使えるようにせよ。さもなくばただの大道芸で終わる」
私はうなずき、また体躯を膨らませてみて、服が弾け飛ばない事を確認してから、思い切り踏み込んでみた。
だんっ!、と踏み込むのと、二十メートル以上先にあった筈の練兵場の壁を、ばこぉっ!と突き抜けるのはほぼ同時だった。
自分でも何が起こったのか咄嗟には理解できなかったのだから、目の当たりにした人たちの目が点になってたり限界まで開かれていたりした。
今度はさっきの半分くらいの力で踏み込み、それでも二歩でガンツさんの元に戻ると、
「とんでもない
「身体強化してなければ、今の半分以下くらいなんですけどね」
「それでも十分とんでもないがな。とりあえず使えるのは分かったのだから、後は加減だな。一瞬で入れて一瞬で切る。加速だけでなく急停止や方向転換、フェイント、インパクトの瞬間などじゃな」
「ちなみに、身体の一部だけ強化とか出来るんですか?」
「もちろんじゃ。それがもう一つのスキルにも関わってくる。防御的な手段に使う事が多い、一般には硬化と呼ばれる事の多いスキルじゃ。これも全身というよりは、相手の攻撃を受ける部分に力を集中し、弾いたりそらしたり受け止めたりする。魔法を回避し切れない時に使うのも良いが過信は厳禁じゃぞ」
「実際、どの程度の防御力が望めるものなんですか?」
「ものすごい達人となれば、地肌で鉄剣の斬撃や刺突を受け止める事すら可能じゃ。ただしハンマーなんかの衝撃はそのまま食らうので注意せよ。魔法に関しては気休め程度に捉えておけ」
「ふむふむ、ちなみに武器防具に纏わせたりとかは」
「出来るがな。自身の身を自由自在に強化や硬化出来るようになった先の話じゃ」
もっとも、と言い掛けて口をつぐんだガンツさんの目の前で、とりあえず
瞬間的な強化なら圧縮した気を爆発させる感じ、維持するならその一歩手前で留めたままにして、硬化はその気を対象部分の表面に張り付けるというか充満させる感じだ。
ガンツさんは刃を潰してある練習用の剣を持ってきて、あちこちを叩いてきてくれたので、手による防御ではなく、硬化で受け止める練習を重ねたりした。
「呆れるほどの適性じゃな。だが、相手や武器や意図によって、受け止められると過信した攻撃にやられてしまう場合もあるじゃろうから、くれぐれも気をつけよ」
「忠告ありがとうございます」
「そなたを見とるとどうしてもイグニオを思い出させてくれるの」
「どなたなんですか?」
「知らんのか。この辺りで数十年の長きに渡って最強の名を欲しいままにしている魔闘士こそがイグニオじゃ」
「魔闘士、って前にも少し聞いた事ありますが、魔法が使える闘士、格闘家なんですか?」
「そうじゃ。五星のイグニオという異名を持つ。両手両足や額にそれぞれ属性の違う魔法を纏わせたり放ってくるとても恐ろしい相手じゃよ」
「戦った事があるのですか?」
「あやつは傭兵や暗殺者など、金で雇われれば何でもやるのだがな、腐れ縁と言って良い。昨年の戦いにも奴はプスルムのメイケン家に雇われ、わしの足止めに使われた。文字通り片足を奪われたが、わしも奴の片目を奪ってやった。だが、その間に本陣をザンネールに襲われて、王やお世継ぎたちの命を奪われたのは痛恨の極みじゃった。
最後は血止めまでされた上で見逃されたしの。さんざ今までどつきあったよしみだと」
「じゃあ、ガンツさんも相当なんじゃ?」
「かつてはそうであったかも知れん。今となっては雑兵たちに遅れは取らんかも知れんが、同じようには動けんよ」
「・・・・」
「せっかくの機会だ。ユリ、そなたに我らの兵を鍛えてもらおう」
「かまいませんけど」
そうして十人一組を相手に、私は身体強化や硬化の練習を兼ねつつ、乱取りのような(相手は鉄の剣や槍を使ってたけど)訓練を行った。
中にはスキルを使える人もわずかに混じってたようだけど、先日の五百人を相手にした時よりも楽に倒せた。
一般兵士の強さが1くらいだとすると、この世界の自分の素の強さはたぶん10を軽く越える。だから仮に二倍の2の強さを彼らが出せるようになっても大した違いは感じられないし、自分が身体強化を使った際にはもっと感じられなくなる。
訓練に参加した兵士が残らず練兵場の地面に倒れ込んで起きあがれなくなってお開きとなり、昼食の席ではレジータとマサラに絶賛された。
「もし許されるのなら、我がレイガン家の近衛として迎えたいのですが」
「残念ながら、すでに忠誠を誓った相手は別におりますので」
レジータからの申し入れにも丁寧に断りを入れたのだが、マサラさんは気にしない体で尋ねてきた。
「では、伴侶としてならどうだろう?」
「えーと、誰が、誰の、ですか?」
「主君に仕える者とて伴侶は娶り子を成したりはするだろう?」
「ああ、そういう意味での伴侶は私は求めておりませんので」
「生涯独身を貫くという事か?」
「うーん、男性の誰かとという意味であればそうなるんですかね。私は別に私の子供を欲しいとも思ってませんし」
誰が好き好んでこの自分の遺伝子と容姿などを残したいと思うのか?いや思わない。
そう脳内対話していたのだが、
「失礼ながらお尋ねしてもよろしいですか、ユリ様?」
「どうぞ、レジータ様」
「ユリ様は、忠誠を向ける相手としてだけでなく、その、女性として、女性の、クェイナ様をお慕いしているという事でしょうか?」
「身の程をわきまえないという意味でなら、はい、そうなります」
さすがに、彼女の事を自分の恋人だと公言出来る度胸は無かった。彼女も彼女の立場があるだろうしね。
レジータは目を丸くして驚いたものの、否定的な感情は浮かべずに受け入れてくれたようだった。
「なるほど、女性が女性と、男性が男性とという恋物語も聞いたりしますものね」
「しかし、残念だな」
「何がですか、兄様?」
「私とユリ様が子をなせれば、レイガンにも強き者の血を入れられるのにと」
ぶーっと、口にしていたスープを吹いてしまった。
慌てて謝りながら、テーブルクロスを拭いたりしたのだが、
「わ、悪ふざけが過ぎませんか、マサラ様?」
「ふざけてなどいない。滅びかけている家の死にかけの男など、見向きもされないのは承知しているが」
「滅びかけってのは何となく分かりますが、死にかけっていうのは?」
「私はね、何歳までには死ぬだろうとずっと言われてきた子供なのだよ。一日中ベッドから離れている事すら出来ない。戦場に立つ事や、当主となる事など無理過ぎて誰にも望まれなかった。そんな哀れな男を親とするなど、子供にとっても不幸でしかないだろう。
だから、間に合わせで血を残すような事を提案された事もあったが、私は望んでこなかった。しかしレイガン家、旧プスルム王家の正当な血筋を保っているのは、今では私とレジータの二人のみ。血の系譜の維持や王国再興の悲願の重荷を妹に押しつけるのは気が引けていたのだが。いや許してくれ。あなたの様に強い方の血ならば、私のような脆弱な者の子でもたくましく生まれ落ち強く育つのやもと想像してしまった」
「過分なお言葉、私などにはもったいない物なのでしょう。しかし・・・」
「分かっている。すまない。げほっ、げほ。これで下がらせてもらおう。今日は長く起きすぎていたようだから」
マサラがメイド達の肩を借りて部屋に戻ると、レジータが一緒に湯浴みしませんか?と誘ってきた。
「えぇと、私はかまいませんが、その、よろしいのですか?」
「何か不埒な真似をされるようなお方ではないと信じておりますし。それに兄の事も少し話しておきたいかな、と」
無くなってしまった国のお姫様であるが、世が世なら女王になっていてもおかしくない女の子とお風呂に入る機会なんてそうはあるまい。
とにかく無礼な真似だけは慎もうと心に堅く決めて、当主家族のみが使えるという大きめの浴室に案内された。
修学旅行とかで使うホテルの大浴場の半分ほどの大きさだった。
「元の王城のは、ここの倍以上広くてすごい物だったとは聞いているんですけどね。没落中ですから、これでご容赦下さい」
「いえいえ。私の元の世界の家のとは比べものになりませんし」
メイドさん達にかしずかれて身を清められているレジータの裸身は、白磁のように静かにしっとりと輝いていて、その銀髪やコバルトブルーの瞳や、ほっそりして整った造形とあいまって、生ける芸術品の様だった。
私は自分で自分の身体を洗おうとしたのだけど、メイドさん達の強固な意志に押し切られて、あひゃあとかうひぃとか変な声を上げながら、隅々まで清めて頂きました。
元のお城のよりはだいぶ狭いらしいとはいえ、私サイズの巨漢(女)が五人は余裕で入れるくらい広い浴槽に浸かると、すぐそばにレジータも入って腰を下ろした。
「良かったんですか?」
そう問いかけると、
「私がそうしたかったのですから、何も良くない事などありません。私はまだ十五歳ですが、当主なんですし」
レジータはかわいらしい胸を張って答えた。それからまた少し側に寄ってきて頬を赤らめ、
「あの、触ってみてよろしいですか?」
と訊いてきたので、
「どうぞ」
とこちらは何も恥ずかしがる事なく答えた。
「では、失礼しますね」
おそるおそるといった感じで伸ばされてきた綺麗な手が私の二の腕の表面を撫でたので、心持ち力を入れて固めると、その感触にレジータは感嘆した。
「まぁ、本当にたくましいんですのね!」
「他の部分もどうぞ。よほど変なところで無ければ」
苦笑いしつつ、レジータは肩や腹筋や太股などにも触ってきたので、先ほどと同じように期待には応えておいた。
修学旅行などでは、クラスメイトたちからも同じリクエストを受けるのは毎度の事なので慣れたものだった。ボディービルダーのようなポージングさえリクエストされたこともある。どうしても写真を撮りたいと言われた事もあるが、それはさすがにお断りしていた。
「ふわぁ、本当の本当にすごいんですね!」
私の筋肉質な身体を堪能したレジータは手を引っ込めてほんの少し身体を離すと、
「兄様の気持ちもほんの少しは理解できます。だって、十人の兵士を子供扱い、いえ赤子の様に軽くひねってしまうのですから。私たちにユリ様の何分の一かでも強さがあったら、今のレイガンはこれほどまでの苦境に立たされていなかっただろうとも思ってしまうのです」
「でも、レジータはとても健康に見えるから、去年の戦いで亡くなられたという前当主様や後継者だったお世継ぎさん達が特に脆弱だったという事も無かったんじゃ?」
「そうですね。とりたてて強いという事もありませんでしたが、王として失われた国を再興できるほどではなく、武や軍や計略など、特に何も優れたところは無かったのでしょう。だから、ザンネールやメイケン家が手配した傭兵などに・・・」
「あー、夢壊しちゃうかも知れないけど、私も元の世界では、こんな強くないからね。元の五倍から十倍以上はとんでもない事になってるだけだから」
「ふふ、なぐさめて下さってありがとうございます。でも、想像してしまったのですよ。兄のとは違いますが、あなたがもし一年早く現れて、私たちに味方して下さっていたら、まだみんな生きていたかも知れない、と・・・」
それはさすがに無理な注文だった。だけどそれをそのまま返す訳にもいかなかった。
なので、しばし間を置いてから言った。
「巡り合わせって奴だから仕方ないけど、だから、今度は、私がレジータたちを守ってあげられるのかも」
「ありがとうございます。とっても、心強いです」
「ずっとは、無理かもだけどね」
「それでも、です」
そろそろのぼせそうになっていたので湯浴みを切り上げ、またメイドさんたちにかしずかれて身体や髪を拭いてもらってから、部屋までは送っていく事にした。
「ついさっき、守ってあげられるかもって話したばかりだしね」
そんな何気ない一言は、レジータの部屋の前まで来て、扉の脇に立っているべき衛兵の姿が無かった事で急激に重みを増してしまった。
私がとっさにレジータを背にかばったのと、扉が内側から開かれて左目に眼帯をした老人が話しかけてきたのは同時だった。
「これはこれはレジータ姫、いや当主となったのだからレイガン家当主殿とお呼びすべきかな?」
「お前は、誰だ?」
私の誰何に、老人は酷薄そうな笑みを浮かべて答えた。
「プスルム派閥が当主メイケン家に雇われたイグニオ。レジータ殿のお父上や兄上たちの仇でもある傭兵であり殺し屋でもありますかな」
彼の額と両拳と両足のつま先には、ダイヤの様な硬質な輝きを宿す石が輝いていた。
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