第9話 変化の兆し
聞き違いかと思って、いったん視線をそらしてから二度見したら、もう一度言われた。
「お前がゴブリンと手を組んでるのは分かった。だが、お前たちが進もうとしてる道には、人間の手下たちもいて邪魔になるもんじゃねぇだろ。どうだ?荒事には慣れてるし、役には立つと思うぜ」
「でもねぇ、盗賊でしょ?あんたたちと手を組んでると知られれば、和解できてた筈の勢力と手を組めなくなることを考えるとね。無いかな」
「盗賊からは足を洗えばいいだろ。どうしてもって時は、あんたらに敵対する勢力だけを狙えばいい。それで活動資金を賄えれば、あんたらにも負担はかからねぇ。組んでるのも秘密にすりゃいい。名前も変えりゃ噂にもなるめぇよ」
私の元の世界の常識からすれば、非合法組織と手を組むとかあり得ないんだけど、クェイナからして魔物の集団の長だ。人間と和解しようとしてる魔物というか、ハーフ・ゴブリンだけどね。
判断に迷った私は、セピアスに尋ねた。
「どう思う、セピアス?」
「使い道は、ある。女帝も、きっと、そう言う」
「こっちに迷惑がかからなければ、って約束が守られるなら、だけどね。仕方ないか。おい、ヴォルネル。あんたワッハウの街にいる手下とは連絡取れるんだよな?」
「ああ。下町にあるいぼ蛙亭って宿屋兼酒場の主人に言えば、俺に連絡は着く。ロドネルの遣いだって言えば手下がコンタクトしてくるだろう」
「わかった」
「んで、おれはこれから生き残った連中集めて、これからの身の振り方を説明したりするが、ユリ。お前、結婚してるか?」
「してないよ?なぜ聞く?」
「恋人は?」
「・・・いない、ことになるのか。好きな男性という意味なら」
「お前、そうか。同性しか相手にしない主義なのか?」
「主義というか、体質とでも思って」
「なら、手下にしてくれと言った手前もあって、今すぐにじゃねぇけど、俺はお前の旦那になりたい」
「は?はぁっ?何言ってるの?この男勝りな私に、なななななにを?」
「体格じゃ俺のが上だろ。だいじょうぶだ。俺はなよやかな女も嫌ぇじゃねぇが、お前もちゃんと女として扱ってやれる。お前のが強いのは分かってるが、男が欲しくなったら俺に言ってくれ。相手してや」
「いらん!いらんいらんいらん!絶対に、いらない!」
「ううむ。まぁいい。とりあえずは手下として下積みさせていってもらうからな。その話まで蹴りはしないだろう?」
「ううう、本当は蹴りたい。問答無用で、利害関係を無の一切にまで粉砕する為にも・・・」
「んじゃ、蹴られない内に離れておくぜ。またな、姉御!」
「姉御は無い!お前のが絶対年上だろーに!?」
「俺まだ十六だぜ?」
「おう・・・。私十七」
「年の釣り合いも取れてるようでなによりだ。じゃな!」
まさかの超老け顔、といっても二十代前半くらいだから、無くは無いのか。でも体格とかからなぁ、無いだろ。成長し過ぎだろ。でもここ異世界だしなあぁ・・・。
そんなことをつらつらと考えている間に、負傷者の手当や死傷者の埋葬まで済ませたポツドたちが領主様を連れてきてくれて、入れ違うように盗賊たちは姿を消し、私はこれ以上のフラグが飛び込んでこないように領主様を背負って問答無用でワッハウの街へと爆進した。
あまりにもな勢いでシェイクされ過ぎて、領主様が私の首もとに戻しかけたりした。
「ユ、ユリどのおおお、し、しばし止ま、う、うぉっぷ」
私の首筋に飛沫の数滴はかかってしまったかも知れない。しかし神速で私は背後に背負っていた領主様を体の前へと引き回し、えろえろえろぉっと地面に吐き出された何かの大半は回避できた。
しばしの休息タイムを挟んでも顔色が真っ青のままだったので、残りの道程は半分くらいの勢いで走ったけど、何とか夕方くらいにはワッハウの街が見えてきた。
そこで気が緩んだせいか、足元がおろそかになったらしい。最後の一息と気合いを入れて踏み入れた足がちょうど丸い石を踏んだのか、有り体に言って、転んだ。勢いがつきすぎてごろんごろんと前転してたら、背負っていた領主様がすぷらったな惨事になってた可能性もあったが、私はいわゆる顔面スライディング状態になったらしい。
らしい、というのは、顔面をざりざりざりと削るような非常な痛みに気を失って、気が付いたら元の世界に戻っていたからである。
「まったく、いつまで寝てるの。とっくに遅刻よ。それに何よその格好は?」
我が母親がベッドの脇に仁王立ちしていらっしゃった。私の産みの親にして師匠。そして絶対に勝てない相手である。
「もう十時だけど、今から起きても午後からの授業には間に合うでしょ。早く支度しなさい」
「はーい」
口答えや反論は無しだ。従う他無い。
顔の表面をぺたぺたと触ってみたが、転移直前に負っていた筈の傷はついていなかった。
母が余計な詮索をせずに部屋を出ていってくれたのを幸いに、私はショルダーポーチに入れて作動させておいたストップウォッチを止めた。そこに表示されていたのは、私が元の世界で眠ってから今起きるまでの時間の累計。ただしそれは、あちらで夜を過ごし、領主様を助け、ポイズン・ヒュドラを倒して、ワッハウへと領主様をほぼ助け終えるのに要した体感時間と比べて、少な過ぎるものだった。
時間の流れる速度が違うのかとも考えたけど、母を待たせる訳にはいかず、ぱぱっとシャワーを浴びて制服に着替えると、食卓に用意してくれてたサンドイッチを三口くらいで平らげた。
「じゃ、行ってくるね」
「待ちなさい。百合。あなた、何かあったの?」
「え?」
どきりとしたけど、異世界転移云々をまだ母には話してなかったし、まだというか、あまり話したくもなかった。荒唐無稽だったし、親には話したくないプライベートも多分に含まれていたから。
「特には、無いと思うけど?」
「そう?」
納得してない眼差しでじっと見つめられ、そのままだと自白を強要されそうだったが、
「ま、ちょっとばかし女らしくなったような気がしただけ。行ってらっしゃい」
「・・・心当たりは無いかな。行ってきます」
「気をつけてね」
「わかってる」
駅のホームから落下したと聞いた時も、いったん病院に駆けつけてくれたが、検査で外傷も異常も見られないと確認された後は職場に戻ったのだ。シフトを急に崩すと他のメンバーがもたなくなると。母はナースの資格も持っててキャリアも積んでいるが、現在は介護職をメインにしている。
学校についた時には昼休みで、午後の授業は普通に受けた。担任には寝坊しましたと素直に謝って許してもらった。私の家庭の事情も知ってるけど、今回の事情は説明できないし。
放課後。
ゴンド君とユウちゃんのどちらと話そうか迷っていると、二人とも話しかけてきた。
「ユリちゃん、あの話の続き、聞けるかな?」
「小暮、例の話、書き始めたのかよ?」
二人一緒の方が説明は一度で済むかも知れないけど、ゴンド君には全て仮定の話で通している。ので、ここでの優先順位はつきあいの深さ長さで決めさせてもらった。
「まだ書き始めてないし、そもそも書くかどうかなんてまだ分からないしね」
「そっか。書き始めたら教えてくれよ。ぜってー読んで感想聞かせてやっから」
「そんな時が来たらよろしくね。じゃ、ユウちゃん、帰りどこか寄っていこうか」
そうして二人して寄ったのは、帰り道の途中にあるファストフード。いちおう近くに同じ学校の子はいないのを確認してから、ユウちゃんは改めて訊いてきた。私もユウちゃんに隠し事はするつもりは無いので、ほぼ全部話した。ぼかしたのは、クェイナやラシャとの間にあった親友にも話せないような部分だけだった。
「ふむふむ。さらわれた領主様を助けて、盗賊たちを手下に加えたと。ゴブリンの女帝の為とはいえ、勇者ルートっていうよりは、魔王ルートだね」
「私が戦おうとしてるのは、人間と争わずに暮らせるようになりたいってクェイナの願いを叶える為だから。魔王になるつもりは無いし、征服戦争をしかけていくつもりも無いけどね」
「でも、ゴブリンの女帝の敵なら倒すんでしょう?」
「そうは言っても、自分もそこまで強いわけじゃないし、クェイナの配下もゴブリンたちだしね。盗賊が手下になったって言っても、勢力としては最弱のままなのは間違いないと思うよ」
「でも、今回助けた領主様が味方になってくれれば、一歩前進でしょ?」
「最終目標が何歩先か分からないけどね」
そこからはストップウォッチで測った時間の差についてなども話し合い、
「向こうで一日半以上滞在してから顔面スライディングで気絶して戻ってきても、十時くらいの寝坊で済んで良かったわね。これでどれくらいまで滞在すれば何時くらいに起きるのか目処が立った訳だし」
「遅刻や無断欠席で怒らせたくも心配かけたくも無いしね」
「まぁでも、愛しい恋しい誰かさんが向こうにいるのなら、行きっぱなしになりたいのが正直なとこかも知れないけどね」
茶化すようなユウちゃんの言葉を、私は真に受けた。いずれ避けられない問題になるのが分かっていたから。
「さっき、写真屋で現像してもらったの、受け取ってきたよ。写ってた」
「わ、見せて見せて!」
不思議現象で私の姿しか写ってないとか有るかもと思っていたが、少なくとも私が見たとおりのクェイナの姿やあちらの世界の光景がそのまま写っていた。
「ほんとーに異世界なんだね」
クェイナの赤い肌や白い角といった容姿は、特殊メイクでもしてなければこの世界の人間にはあり得ないものなので、わかりやすい対象だった。
「かわいくて、きれいで、それだけじゃなくて、気高い人って感じがするね」
「うん」
「ユリちゃんは、今は、この人のことが、ゴブリン・ハーフかもだけど、好きなんだね?」
「うん」
「なら、私はユリちゃんを応援するよ。この写真とかがあれば、
「いつ帰って来られなくなるかわからないしね」
しんみりとした私の言葉を、ユウちゃんはまたわざと茶化した。
「それ言うなら、逆に、いつ向こうに行けなくなってもおかしくないんだけどね」
「・・・それは、イヤだな」
「ライカさんや、私と会えなくなるよりも?」
「難しくて、意地悪な質問だけど、うん、そうだよ」
「ユリちゃんの想い人は、他の人の相手もしてあげなくちゃいけない人なのに?」
「うん。覚悟はしてる。そもそも、私がこんな外見だしね」
ゴブリンたちの女帝なのだ。彼女の座の下には、ゴブリンの王たちの座があった。彼女は片時も盟主としての立場からは離れられない。それが何を意味するのか忘れたことは無かった。
だけど、私の、自分を卑下した言葉を、ユウちゃんは否定した。
「ユリちゃんは、普通の女の子の外見からはかけ離れてるかも知れないけど、かわいくなってるよ。気付いてる?」
「母さんにも言われたし、ゴンド君にも言われたけど、自覚は無いよ。マイナス百が九十九になっても大した違いは無いし」
「・・・じゃあ、私から一つアドバイスするね。これから毎回向こうへ行く度に、使い捨てカメラで自分の写真を撮っておいて」
「何のために?」
「証拠を残す為よ。決まっているでしょう?」
何の為の証拠かは、考えないことにした。
それからまた、ワッハウの街の人々を味方につけた後の動きについてを話したりしてから、家に帰った。
まだ寝ている母親の為の夕食も作り、出来上がってから起こす。二人で食べ、風呂を入れつつ、洗濯物も済ませる。母はいつ急な呼び出しを受けるか分からないので、家事は私がこなすようにしている。
自分がいなくなれば、まだそう決まったわけじゃないけれど、負担は全て母にかかってしまう。逆にかからなく負担もあるかも知れないけれど、それでも、何も語らずにいなくなるのはあり得ないと決めていた。
でも、まだ語る決意は出来なかった。現像したあちらでの写真を何枚か、もし何かあった時のヒントになればと机の引き出しに入れておいた。
その夜も私は準備を終えて、あちらの世界へと戻るべく就寝した。クェイナからもらったメダリオンは、こちらの世界に戻ってからも、私の首にかかったままだった。
母も当然気付いていた筈が、触れないでいてくれた。両手に装着していた手甲とかまで転移していたなら、さすがに看過してもらえなかったかも知れない。どうして一部の物は意識の転移に付随して、一部は付随しないのか、その理由はまだ判らないけれど、もう少しだけ母の気遣いや偶然に甘えさせてもらおうと、この時の私は決めたのだった。
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