第7話 人間社会へ

 ワッハウの街への道すがら、私はクェイナに尋ね忘れたいくつかの大切なことをセピアスやザイルたちに尋ねた。


「この世界に神様っているのか?」


 セピアスたちは互いに顔を見合わせ、逆に問い返してきた。

「それは、この地上に生きる者やこの世界を創造した者という意味ですか?」

「だいたいは、そうだね」

「いるのだろうと、推測されて、いる。ただ、誰も、会ったこと、無い。いること、確認されて、ない」

「ふむ。つまり、私の世界のと似たようなものかな。ああ、でもさ。魔法がある世界なら、回復魔法みたいのもあるんじゃないの?」

「ある、には、ある。だが、使える者、少ない。万能でも、無い。対象者の、生命力、か、術者の、生命力、必要と、する」

「神様の奇跡みたいのは?」

「伝説的な存在としては、語り継がれている例はありますが、今となっては実在したのかは不明です」

「どうして、気になる?」

「いやさ。魔物と人間たちを戦わせてるのが神様ってかこの世界の創造主が定めた摂理とかだったりしたら、逆らえないかも知れないし、実現しようとしたら世界の反動っていうのかな。すごい揺り戻しが来て元の木阿弥になったりするのかなって」


 ここら辺はゴンド君からの入れ知恵である。


「いないものの、考え、分かるわけ、無い。確かめるすべ、無い」

「んじゃ、とりあえず神様に関しては脇に置いておこうか。人間たちと仲良くしようって動きはさ、他の魔物たちには無いの?」

「いない訳では、無い。だが、わざわざ、ゴブリンと同盟、組もうとする物好き、いなかった」

「いくらか、話を聞いてくれるとこはあったけど、従属を要求してきたりとか。もっと理性的な相手でも、まずはゴブリンたちを完全に掌握して、行動を制御できるようになったら来いとか」

「つまりは出直してこいって門前払い食らったわけね。先は長そうだ」

「そして、当然、ゴブリンハーフも、人間達からすれば、忌むべき存在、に、過ぎない」

「だからこそ私が見込まれたってわけか。クェイナの為だ。がんばるよ」


 出来ないことは約束出来ないが、だからといって出来ないと最初からあきらめるのも、私ではなかった。


 転移陣から迷宮、この通路もなるべく覚えるよう言われて注意して歩き、メモ帳にも他人が見ても分からない形で途中経路をメモした。セピアスの補助で、私も転移陣や隠し扉を起動できるようにしてもらった。


 砦跡までは歩いて、しかし街道に出てからは、可能な限り急いだ。なぜって、元の世界で朝目を覚ましたタイミングで転移して戻ってしまう可能性があったから。


 だが、よく考えてみれば前回こちらに来て戻った時は夜中だった筈が、目を覚ました時は朝になっていた。眠っていた時間が間に挟まったと捉えることもできたが、今回は昨日と同じ夜眠ることで転移してきた筈が、こちらでは朝だった。


 この時間のずれが、一日の時間量のずれから生じるのかどうかも確認する必要があったが、それは今回来てから作動させておいた仕掛けの結果から考察する予定だった。


 街道をひた走る間、セピアス達はローブを着込み、フードを深く下ろしていた。ザイルが一番最初に私のペースについて来れなくなり、背負って進むことにした。セピアスたちはなるべく人目に触れないよう時間をかけて移動し、必要があれば宝珠を通じて連絡を取り、街の外で再び落ち合うことにした。


「すごいです!」

 ザイルが子供らしく素直に感嘆してくれたのは、子供一人を背負っているとはいえ原付並みの速度は出ていたからだ。

「全力だったらもっと速いけど、そうすると地面がえらいことになっちゃうから、自重してるよ」

 ザイルがきらきらとした瞳で見つめてくれるので少しだけペースアップしたおかげもあり、お昼過ぎくらいにはワッハウの街についた。ザイルを背負っていたせいか、前回よりは若干時間はかかったけれど。


 門番は見知らぬ男性だったが、向こうには私が誰だかすぐに分かったらしい。

「おい、あんたは、こないだ盗賊とゴブリンたちからこの街を救ってくれたお人かい?」

「もしそうだと言ったら?」

「あんたが来たらすぐに呼んでくれとお嬢様に言いつけられてる。ついてきてくれ!」


 門番は同僚に後を任せ、私とザイルを領主の館に連れていったくれた。

 門番は領主の家の執事に取り次いでくれて、私はともかくザイルの素性さえろくに確かめられずに、私たちは応接室に通され、そこにはラシャとフンメルさん、それにイーナちゃんまでいた。


「ユリ!無事で良かった!心配してたのよ!」

 ラシャも、そしてイーナも駆け寄ってくれて再会を喜んでくれた。

「いろいろ事情があってね。戻るのに時間がかかっちゃっただけだよ」

「フンメルから聞いたわ。父様たちの危ういところを救ってくれたと」

「その節は助けて頂き、真に感謝しております。ユリ・コグレ殿。まず街を、そしてお嬢様とおやかた様や、私と兵士たちも助けて頂いた方に、さらにお願いを重ねるのは心苦しいのですが・・・」

「なにかあったのですか?そういえば、領主様の姿が見えないようですが」

「ユリ、本当に申し訳無いのだけど、聞いてもらえるかしら?」

「聞かないわけにもいかないだろうね」


 ソファに対面に腰掛け、改めて居住まいを正すと、ラシャは言った。

「あなたがこの街で倒してくれた盗賊たちの頭、ヴォルネルが、手下たちに取り戻されてしまったの」

「それは、いろいろと」

「ええ。元々居残っていた警備兵たちはほとんど全滅してしまっていたし、最悪の結果につながってしまったの。いえ、最悪はまだこれからどうなるか次第だけど・・・」

 気落ちしてうつむいてしまったラシャの代わりに、フンメルが説明役を引き取った。

「私やお館様が砦跡で中庭から救出されてから、ユリ殿が敵の魔法使いを追っていった後、しばらくはゴブリンたちとの戦闘が続きました。満足に戦える者は私を含めてほとんどおらず、彼らがなぜか引き上げていった時は大半の者が満身創痍と言って良い状態でした」

「あー、うん。なんかもう想像がついた」

「はい。街が襲われたとあっては、我々も最小限の手当と休憩を挟みつつ、帰り道を急ぎました。しかし馬や馬車などは失われており、残った体力を削りつつようやく道半ばを過ぎた辺りで、我々は行き当たってしまいました」

「失礼ですが、フンメルさんは良く助かりましたね?」

「満身創痍とはいえ、手勢の数としてはこちらの方がずっと多かったからですね。あちらは馬車一台で街から離れる方へと進んでいました。こちらは当然馬車を止めて事情を話し、馬車をいったん譲ってもらうか、少なくともお館様と重傷者を乗せて街に引き返してもらえないかと頼みました」

「そこで、さらわれたんですね」

「このフンメル、一生の不覚です。まず馬車の中と乗客の有無と素性などを確かめるのが普段の街道警備の在り方なのですが、お館様を先ず乗せた途端に急発進され、何人かの兵士が巻き込まれて大けがをしました。そしてお館様を捕らえたヴォルネルは言いました。そのうち遣いを寄越すから、領主の命に見合うだけの財貨を用意しておけと。そしてその財貨は、ユリ、あなたに持ってこさせろと」

「なるほど。まっとうな再戦リベンジを望んでいるかどうかはともかくとして、また勝てなかったとしても邪魔者は消せるようにってことかな」

「でしょうな。我々も、彼らに気付かれぬよう、そのアジトを探そうとはしておりますが」

「下手に動けばそれだけで領主様の命が危ないなら、余計な真似はしない方がいいかもね」

「でも、そしたら、本当にあなた一人に頼ってしまうことになるのよ?今でさえ返せないくらいの大恩を負ってるのに」

「そうですね。人質を取られてて満足に戦えないのなら、一人だけだと厳しいでしょう。かといって、まともに戦えない兵士は足手まといになるだけだし、お嬢様が狙われた時に守れるフンメルさんは街に居てもらった方が安心できるし。だいじょうぶ、アテはあります」

「失礼ですが、どこのどなたかお伺いしても?」


 私は、隣に座っているザイルに視線で問いかけたが、ザイルは任せるといった視線を返してきた。


「ええと、今更だけど、その少年は?」

「ザイルといいます。ユリさんの知り合いです」

「あなたも、向こうの世界の?」

「いいえ。ぼくはこちらの世界の生まれで、ユリさんとは先日出会ったばかりですよ」


 ラシャとフンメルさんが説明を求める眼差しを送ってきたので、私はそれを好機として捉えることにした。味方はゼロより多い方がいいからね。ずっと味方でいてくれるのは難しいとしても、条件次第では味方になってもらえるのは、きっと大きい筈。


「ラシャとフンメルさんにお伺いします。ワッハウの街の領主には、ゴブリンたちから和平が申し込まれていたけど、断ったそうですね」

「そうなの、フンメル?」

 フンメルさんが眉根を寄せて、何と答えたものか逡巡している間に、さらに問いを被せた。

「再交渉の場でも話し合いには応じず、殲滅されようとして裏をかかれ、危地に陥ったとか」

「どういうことなの、フンメル?説明して!」

「ユリ殿。そこまでご存知だということは、ゴブリンたちとのつながりが?」

「つながりが出来たのは、追っていった魔法使いとの戦いが痛み分けに終わって、いったん元の世界に戻って、こちらにまた来てからだったけどね」

「そうだったんだ。でもユリは街でゴブリンたちをたくさん倒していたけど、不問にされたの?」

「うん。そこは心配しないでいいよ」

「お館様は、魔物と手を組むなど論外というお考えです。だからこそ最初の使者も一人を残して切り捨て、砦跡でも殲滅されようとした。動きを見透かされて街を盗賊とゴブリンとに挟撃されたことを、少なくともこちらからは責められますまい」

「今度は自分自身が盗賊にさらわれて、下手すれば命が無いって事態でも、信念を曲げないかな?」

「他の領主たちの手前、公にすることは特に難しいでしょう。大規模な魔物の群が発生した時に我々だけ参加しないか手を抜いていれば、憶測を呼ぶことにもなります。そして人間の領主たちは、たいていの場合魔物の群よりもはるかに危険な存在なのです」

「私の元いた世界に魔物はいないけど、人間同士でずううううっと昔から戦争し続けてるからね」

「でしょうな。魔物さえいなければ平和な世の中になるというのは、夢想ですらない妄想の類でしょう」

「つまり、フンメルさんとしては、魔物と手を携えることは可能だと?」

「言葉と意志が通じるのなら、言葉は通じても意志は通じない輩よりはやりやすいでしょうな」

「私も、父様を説得するわ。イヤなら死になさいって。ユリの提案を蹴ったり、ユリを犠牲にして戻ってきたり、助けてもらってから約束を反故にするようなら、親子の縁も切って、私はユリを取るから」


 受け取りようによっては愛の告白めいていなくもない内容だったが、ラシャは冷静に判断しているだけで、うわついた様子もなかった。


 フンメルさんは私に問いただした。

「ユリ殿。あなたが信じたのは何というお方なのですか?」

「ゴブリンたちの女帝クェイナ。私は彼女と、彼女の願いの為に戦うと決めました」

「彼女の願いとは?」

「ここの領主様もあなたも聞いた筈です。人間たちの国と共存し得る、魔物の国を作ることです」

「遠大な願いですな」

「彼女も自分一代で叶えられるとは思っていないようです。その道筋だけでもつけられればと」

「かの女帝はゴブリンたちを完全に統御できているのでしょうか?そこが、人間の領主たちを説得する最大の懸念点ですが」

「完全に、というのはおそらく無理なのでしょう。しかし、どんな人間の大国の王や皇帝やその他代表たちでも同じなのではないでしょうか。少なくとも、私の世界の歴史上はそうでしたけれど」

「耳が痛いですな。わかりました。少なくとも、私はユリ殿に協力し、私の忠義に反しない限り、お館様を説得できるよう努めましょう」

「私は、どうしようかな。ユリが行く場に私もいた方が説得する機会としては絶好なんだけど」

「何かの手違いがあって人質が増えるのは避けたいかな」

「だよね。わかった。おとなしく留守番してる。今、この街も人も、いろいろずたぼろだしね。他の領主に目を付けられたらひとたまりも無いわ」


 そーいうのをフラグって言うんだぞと思わないでも無かったが、あえて指摘しない方が立ちにくいかもしれないとスルーした。


「さて、まだヴォルネルからの遣いは来てないけど、身代金をいくらにするかとか決めたり、準備もしないといけないし、やることは山積みだわね」

「そういえば不思議に思ったんだけど、ヴォルネルは私が戻ってきたかどうかをどうやって知ったんだろ?」

「きっとまだこの街にその手下スパイが残っているのでしょうな。遠話の宝珠も手にしているのでしょう」

「あー。じゃあ、また戻ってきたのは伝わっているか」

「でしょうな。早ければ今夜か明朝には、身代金の受け渡し場所や日時の指定が来るでしょう」

「身代金の手配とかはラシャに任せるとして、何か珍しい魔道具みたいの、この家にはありませんか?」


 状況はセピアスを通じてゴブリンたちに伝えられる。領主と兵士の不在をつくよう事前に盗賊たちに伝えていたのであれば、その根城や隠れ家をゴブリンたちはある程度把握していた筈。

 宝珠でセピアスに伝え、心当たりをいくつか当たってもらえることになったのは大きい。

 身代金としてまぎれこませやすい面白い魔道具も見つかって、使わせてもらえることになった。透明マントみたいのがあれば理想だったんだけど、無いよりはかなりマシだ。


 私とザイルは、領主の館に客室を用意してもらい、早ければ明日の朝にでも、領主様の救出行に出発することになった。

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