第6話 ゴンド君からのメタ知識と、クェイナからの贈り物

 その日の放課後、私はゴンド君というクラスメイトの男子を頼った。


 前にも触れた通り、私の性別はほぼ無いものとして考慮されているので、男子とも普通につきあっていた。男子の側としても、勘違いしたりされたりする恐れの無い相手として話し相手になることも少なくなかった。それで別種のトラブルに巻き込まれたりもするけれど、それはまた別の話。


 ゴンド君というのは、読書好きな男子と云うと聞こえが良すぎるかも知れない存在。ラノベ、それも異世界転移や転生系のものが好きすぎて、いざ自分の身に起こった時の為のチートメモなどを持ち歩いたり、好きすぎて待ちきれなくて自分でも書いて投稿していたりする。


 そんな彼に、こんなお話聞いたことある?、という体で、自分に起こった実話としてではなく尋ねてみた。


「異世界と元の世界を行き来するっていう話ならいくつかあるが、少数派だな」

「そうなの?」

「ああ。異世界転生とかの際に神様みたいな存在にもらったユニークスキルが転移スキルなら、序盤から中盤まででも自由に行き来してたりするのはある。ただしほとんどは、死んだことになってるので元の世界には戻れないことのが多いな。戻れたとしても、小説のクライマックス部分までをクリアして、魔王を倒したり異世界の危機を救ったご褒美として転移転生させてくれた神様が移動させてくれるか、もしくは主人公たちが神様的存在になっちまうか、どっちかだろうな」

「死んでるかどうかわからない場合ってのはある?」

「無いわけじゃないくらいだ。たいていは転移や転生の際に、手違いだなんだかんだって説明とチートスキル付与パートが入ったりするが、入らないものも多い」

「それって、魔王や勇者の存在も絡んでたりする?」

「一番メジャーなのは、魔王を倒すために異世界から召還されて、倒したら戻してもらえるか残れるかの選択肢を与えられるパターンだが、転移系スキルをもらえるかどうかはそれこそ作者の好みだな。なに、ユリリンも自分で書こうとしてれるの?」


 ユリリンは、私に対する一般的なアダナではないが、そこそこ定着してるものだ。ともあれ、正直に答えられるわけもないので、誤魔化そうとした。


「うーん、今はまだそこまでじゃないかな。ただそういう話があるのかなって、少し興味が出ただけ」

「でもよ、電車のホームで突き落とされて死にかけてって、転生系ならありそうなのかもな。交通事故よりグロイ感じするから避けられてるんだろうけど」

「ゴンド君には残念なお知らせだけど、電車のフロントフェンダーには私の蹴った足跡が残ってたらしいからね」

「わーってるよ。でもこのタイミングでそれ系テーマのラノベについて質問してくるとか、勘ぐられても当然じゃん?」


 ゴンドがわりかし食いついて離さないが、軽くスルーさせてもらう。悪いが、状況が不確か過ぎて、周囲にどれだけ情報を拡散して良いのか分からんのよ。


「まぁね。でさ、死ぬこととかが転移のトリガーになったりする場合はあるの?回数制限とかどうなのかな」

「やけに具体的だな。まー、死に戻りな有名どころだとセーブポイントまで巻き戻るだけだから転移じゃねーしな。ちなみにユリリンが構想してる話だと、ゲーム系みたいな画面は出てくる系?」

「出てこない系」

「んじゃ確認のしようが無いな。そーいう場合は、物語の終盤にならんとなんでそんなことが起こってるのか種明かしされなかったりするし」


 なんで、か。確かに一考の価値はありそうだった。

 頭の片隅にメモ書きしてから、質問を進めていく。


「じゃあ次。勇者とか魔王とか出てこない場合、神様の存在ってどうなってたりすることが多いの?」

「たいていは転移転生する時に説明されたりすることのが多いならなー。主人公は知らされてるけど、世界の住民は知らされてないとかも多いし」

「ふむふむ。勇者や魔王や神様とかが出てこないとどんなお話になりやすいの?」

「それはあれだ。田舎や農村でスローライフとか、地下迷宮巡りがメインだったり、人間や魔物との抗争そのものが延々と続いてたり、作者がどんな話にしたいか次第じゃね?」

「かもねー。でもさ、勇者や魔王や神様や黒幕なんかが絡まないんだけど、魔物が人間たちと和解しようとする話とかはある?」

「無いわけじゃない。魔王が勇者と和解するとか、主人公が人間の軍勢に追い込まれてるのを、助けられたことがある魔物とか魔族とかが助けるとか、ありがちだけどメジャーな展開ではある」

「そうなのか。でも、ゴブリンとかでもあったりするの?」

「あんまし。だってあいつら雑魚扱いだろ?」

「だろーね。でもさ、例え弱っちいゴブリンでも、そいつらと手を組んだ人間の領主様とか狙われそうじゃない?」

「よっぽど実績打ち立てた主人公とかじゃねーと人間貴族社会とか説得できねーだろうし、できたとしても実現する労力に見合うとも思えねーな。維持とか大変だろ」

「ん~、そりゃそうなんだけどな。別にゴブリン限定じゃなくてもいいけど、魔物側と人間側の架け橋になろうとした主人公がいたとして、やるべきことはなんだと思う?」

「そりゃー、まずは世界設定の確認だろ?」

「世界設定の確認?例えば、いついつまでに何々をしないと世界が滅びるとかいうの?」

「そうそう。それを無視すると、何がんばってもゲームオーバーか、ループ系の話だと振り出しかセーブポイントまで戻される。あとは神様同士の抗争とか、神様みたいなのがひた隠しに隠し続けてる裏設定とかな」

「そんなの確かめようが無くない?」

「たいていはだから冒頭の神様とのやりとりとか、やりこんでたゲーム世界の知識がチート要素になったりとかなんだよ」

「そーいうのが無ければ?」

「初代王道RPG的聞き込みしかないな。とにかく村人たち全員に話を訊いて回る!街一つだけで数千から数万とか人口いれば不可能だろーけど、神殿関係だけに狙い絞ればまだ現実的な数になりそーだろ?」

「ん、そだね。いろいろ参考になったよ。ありがと」

「気にすんな。世界設定とかはエンディング迎えるまで種明かしされなかったりもするから、地道に味方増やしていくしかないかもな。特に序盤は」

「確かにそうだろうね」

「ユリリンが書き始めて投稿したら教えてくれよ。ぜってー読んでポイントや感想とかも寄越してやっから」

「その時はよろしくね」


 その時が来ないだろうことは知っていたが、とりあえずはそうお茶を濁しておいた。本当に戻れなくなった時に跡を濁さないように。


 家に帰るまでにも寄り道して、いくつかの物を買い込んでから帰宅した。もちろん、次の転移に備えた物だ。

 異世界で移動中に撮った写真は現像に出しておいた。残念ながら、クェイナの写真は撮り忘れたので、今度は新品の使い捨てカメラを買ってみた。現像できない可能性もあるので、まだ巨額投資に踏み切る段階ではない。

 今回は改めて肩に斜めにかけるショルダーポウチとでも呼ばれるような鞄も新調した。それにはノートや鉛筆などを入れておいたが、向こうに行った時に何か収集した物を意図的に持って帰れるか試す為に、余裕をもたせておいた。


 ちなみに前回持って行ったドリンク類の残りが入った袋は、クェイナと手を取り合った時に外してたので、向こうに置いてきたままだった。ならば、逆のことも出来る筈だ。(クェイナが不用意にあれらのドリンクに手を出さないかどうかだけが不安だったけど)


 一通りの準備を終えてから、一応この世界での用事も済ませた。食事や入浴、学校の宿題などなど。この中には母の分の家事も含まれる。育ててもらったし、食べさせてもらってるし、もし向こうに行きっぱなしになったとしても後悔はしたくなかったから。


 そうは言ってもまだ説明できる気はしないし、これからも説明できる気もしないんだけどね。


 寝る前の日課にしてる筋トレ各種をしながら考えた。寝るだけでまた本当にあちらに戻れるのかと。例えば気絶するまでこちらでトレーニングしても行ける可能性はある。逆に言うと、死んだり気絶しなくても、寝る度に転移することになってしまう。週末とか連休とか、向こうにまとめた日数行きっぱなしにしたくとも、難しそうだ。行けたら行けたで、親とかにどこで何をしてたのか説明するのが難しそうだし。


 行きっぱなしになる方法もそうだけど、任意に戻ってくる方法も見つけておきたかった。もし本当に死んだことがトリガーになっているならいずれ戻って来れなくなるとしても、そうでないなら学校を留学や退学になってしまうような事態も可能なら避けたかったし。


 部活みたいなノリで異世界に入り浸るのもどうなのかと思えたし、一日二、三時間の活動でクェイナの願いを叶えられるとも思えなかった。

 あともう一つ確認しておかないといけないのが、こちらにいる間、向こうの体がどうなっているのかということだった。


 最初に転移していた間、こちらの体はこちらに留まっていたらしい。変な言い方だけど、もしそれが事実なら、向こうに言ってる間は仮の体を使っているか、もしくは両方に体で出来ていて、意識だけが行き来しているかだのどちらかになる。


 ただしその場合でも、二回目に行った時、私はぼろぼろの制服姿ではなかったし、寝る前に着ていた服装だった。逆に、向こうから戻ってきた時も、一度目は病院着だったし、二度目は着ていた服がそのまま引き継がれていた。


 考えれば考えるほどわからないことだらけだったが、体も良い感じに疲れてきた私は寝支度というより転移支度を確かめてからベッドに横になり、そして眠りに落ちたのと同時に、あちらで目を覚ました。


 それはゴブリンにとってはたぶん大きすぎるベッドなのだろうけど、私にとっては左右に寝返りを打っても落ちる心配が無いくらいの大きさだった。


 桃色のシーツや上掛け、羽毛か何かが使われているのだろうふわふわの枕。緋色の天蓋がついた立派なベッドの脇には、ゴブリンハーフのメイドたちが控えててくれたらしい。その内の一人は、部屋の外へと出ていった。やがて彼女は、食事をのせたワゴンを押しながら戻ってきた。


 昨日もそうだったが、全く寝てないことになってないのかどうかは心配だったものの、眠って疲れが取れた感覚もなぜかあるので心配し過ぎないことにしていた。ともあれ、寝る前に仕掛けておいたのとはまた別のほう一つの仕掛けは、忘れずにスイッチを押して操作を開始しておいた。


 パンとスープとサラダ、卵と肉の料理といった、普通の人間が食べるような食事だった。それぞれに使われている材料はもちろん食べたことのない食材の味だったけれど、普通に食べれた。食後のお茶まで陶器のカップで出てきたのには驚いた。クェイナは昨日とは違う白を基調にしたドレスを纏っていた。


「ユリ様。良く眠れましたか?」

「ええ。というか、私の体はずっとここで寝ていましたか?」

「はい。私も起きるまでは添い寝していましたから、間違いございません」


 添い寝と聞いてその間の意識がこちらに残ってなかったことは残念で仕方無かったが、その内また機会はあるだろうと無念をひとまず脇に置くことにした。


「えぇと、このまま話しても大丈夫でしょうか?」

「はい。ここにいるメイドたちは私の腹心です。意識の戻らないあなたの体をお守りするのを任せられるくらいには」

「わかりました。では事情もある程度伝えられているという前提で話をします」

「お聞きしましょう」

 私たちはベランダに出て、前回は夜で見えなかったクェイナが治める地を、中央の青い湖と、なだらかに広がる畑や丘や森が穏やかに風にそよぐ様を眺めながらティーテーブルを挟んで対話し、ようとして、クェイナに見とれた。

 

「きれい・・・」


 そよ風に吹かれたクェイナの長い白髪が彼女の赤い肌を包む白いドレスに揺れかかる様も、彼女が愛して止まないだろうこの平和な土地を慈しむ眼差しも、上品にカップをつまみ深紅の柔らかい唇へと運ぶ様も、心臓が止まってしまうかと思うほどに美しく、絶対に彼女を守るのだと、その願いを叶えるのだと改めて強く誓った。


「ユリ様?」

 クェイナは自分をガン見したまま停止していた私に苦笑いして、話を進めるよう促してくれた。

「う、す、すみません。ええと、まず、私は元の世界に戻っている間、あちらにも体が残っているようです」

「まあ。それでは両側に体があるということでしょうか?」

「おそらくは。意識だけが両方の世界を行き来してるみたいです」

「不思議ですね。その移動のきっかけとなるのは?」

「たぶん、死にかけたり気絶したり、寝る時とか、意識の途切れ目が該当するんじゃないかと。少なくとも、今まではそうでした」

「これからもそうか、もしくはどちらかで完全に死んでしまうような機会があれば、今までのような行き戻りが可能かどうかは分からないということですね」

「そうです。どちらかで死んでいないにしろ、往還の回数に制限があるかも知れず、かといって私はその制限や回避する方法があるのかどうかも分かりませんから、物事は慎重に進める必要があります」

「あちらにユリ様のお体が残っているのであれば、あちらでのユリ様の人生も残っているということですもの。慎重になるのは当然です」

「私はこちらにずっといたいとも思っているのですけれど、ね」

「もし本当に元居た世界と往き別れて戻れなくなったのであれば仕方無いものと私は受け止めますが、もしそうでないのなら。ご家族の方もいらっしゃるのでは?」

「それは、まぁ・・・」

「では、その時が来るまでは、慎重に。何が起こっても良いように進めましょう」

「はい。それでは、この世界のことから。クェイナ様の家臣やその配下たち、それから人間たちの社会について、出来るだけ教えて下さい」


 そうして私は、クェイナから教わったことを持ち込んだノートに書き込んで記録していった。今度こそは、使い捨てカメラに彼女やこの地を撮影することを忘れなかった。

 二人並んで自撮りさせてもらってからは、真面目に記録していった。確認してみたら、私の文字はクェイナたちには読めず、この世界の標準語とされる人間たちの文字も逆も然りで私に読めなかった。


 クェイナが認識している限り、この世界(星ではなく世界としておこう)には、五つの大陸があるらしい。中央に一番大きな一つが。その東西に二番目と三番目に大きいのが。もう一つずつが、北と南の極海の先にあるらしい。大事なことだが、東とか西、同じ方向にずっと進み続ければこの星を一周出来ることは確認されていると、教えてくれた。ずっと昔に空を飛べる生物に乗った人々が発見してから世界の常識になっているとのこと。


 一番大きな大陸がフュリオ。人間たちが一番多い。三番目がクブジュ。魔物と知性ある魔物しか住んでおらず、二番目のヴォイユには獣人や機人など、人間と魔物とそれ以外の存在が雑多に割拠して住んでおり、人間と魔物が衝突するのは主にこのヴォイユであり、クェイナ達が住むこの噴火口内のカルデラ台地の楽園は、ヴォイユから少し沖合に外れた孤島にあるらしい。


「良く見つけられたね?」

「ご先祖様の一人が、当時住んでいた迷宮から偶然にこちらに転移してきて、そこから何度も調査や整地などを積み重ねてきましたから」

「それじゃ、私が転移して出てきたワッハウの町というのは?」

「この地、ユピトからずっと南西。あなたを運んできてくれた転移陣のある迷宮ガズランから東南東に半日ほど先にあります。ヴォイユにある人間たちの国の一つプスルムの北西端に位置します」

「で、確かクェイナ達は魔物の国の設立を打診したんだよな。無謀じゃなかったのか?」

「いつかは通らなくてはいけない道でしたから」

「それでも、この場所を明らかにはしなかったんだろ?」

「はい。当面は、迷宮ガズランのあるイズクン大山周辺を領土に考えていると打診しました。周辺に人の手は及んでいませんでしたしね」

「でも実際問題、ワッハウの街はゴブリンたちにも襲われていた」

「ええ。でも彼らの部族はもともと長い間人間たちと戦い続けていて、停戦の申し出は人間たちに断られた後でした。ゴブリンなど交渉するに値せぬ相手だと」

「だから、領主の軍をおびき出して、砦跡で」

「あの場も本来なら再交渉の場だったのですよ。しかし彼らの念頭には掃討しかなかった。あなたのお陰で助けられた者は少なくないでしょう。今は、あなたの言葉なら届くかも知れません」

「届かないかも知れないけどな。ま、やってみるよ。恩を売れたのは一人だけじゃないし」

「この身でついて行くことはまだ出来ませんが、出来る限りの物は準備させて頂きました」


 クェイナがテーブルに置いてあった呼び鈴をちりりんと鳴らすと、ゴブリンハーフのメイドたちが武具を運び込んできた。

「急拵えで、ユリ様の身柄に合えばよろしいのですが」


 一組は手甲とアームガードだった。

「ユリ様は拳で闘われると聞きましたので」

 手甲とアームガードは軽い丈夫な金属で出来ていて、動きの邪魔にもならなかった。片方には赤い石が、もう片方には青い石が埋め込まれていた。

「赤い方には身体強化のまじないが。青い方には魔法や飛び道具の類を避けるまじないがかけられております」

「貴重な品なんじゃないの?」

「だからこそユリ様にお預けするのです」

「それじゃ、余計にがんばらなきゃだな」

「無理はなされぬよう、お気をつけて」

 クェイナは微笑みながら、革の胴衣を差し出してきた。丈夫な革を二枚組み合わせて首と両腕が出るようにしただけと言えなくもなかったが、意外と伸縮性もあり、急激な動きの邪魔にはならず、セピアスが浴びせてくれた岩つぶてくらいなら防げそうにも感じた。


「それからもう一つ。いえ二つ。これらは賭けにもなるのですが」

「クェイナが賭けるのなら、私もそちらに賭けるさ」

「ありがとう。私の提案は、あなたのアームガードにゴブリンの文字で、「女帝代理人」「逆らうなかれ」と書いておくことです」

「ゴブリンて、文字読めるの?」

「読める者は極一部でしょうね。しかし読めるのは、群の長か有力者か。最後の一つと合わせれば、それなりの保険として機能してくれるでしょう」

 そう言ってクェイナは自らの首にかけていたメダリオンを外して、私の首にかけてくれた。

「この首飾りには、私の香りをたっぷりと染み着かせてあります。つまり、ゴブリンであればあなたに刃向かおうとする者はほとんどいなくなるでしょう」

「逆に、わかる者からすれば、特に人間たちからは、特に危険視されるかも知れないと?」

「そうです。だから、賭けなのです」

「分かった。書いていこう。メダリオンも付けたまま行く。私はあなたの、クェイナの勇者だからな」

 クェイナは私に抱きつき、頬に軽くキスしてくれた。

「あちらに戻られた時、傷はまだ残っていましたか?」

「ああ。残っていなかったら、自分の夢か妄想かと思ってたとこだったよ」

「それでは違うどこかにまた傷を付け、血を交じ合わせましょうか?」


 クェイナは、決して幼い外観をしていない。可愛らしくもあるが、年齢から言えばおそらく私よりも上だろうし、蠱惑的な眼差しからは逃れられる気がしない。今も手を引かれてベッドの上に連れて行かれれば、なされるがままになる自信があった。マグロって言うんだっけそういうの?


「それはまだ。今回の接触の首尾次第のご褒美って方が、やる気が出るから」

「ふふ、ではそのように。あちらを良く知るセピアスと、ザイルとボツドも付けましょう。くれぐれも、無事にお戻り下さいませ」

「最初から全部うまくいくとも思ってないけど、何らかのとっかかりくらいは残せればと思ってるよ」

「期待しています。いえ、期待させて下さい。ユリ」

 そしてまた唇に軽く唇を触れるキスを交わしてから、クェイナは身を引いてくれた。そうでもしないと、私はいつまでもここに居残る未練を断ち切れなかったろう。そんなダメな私をすぐには見放さないだろうけど、いつまでもは庇い切れまい。だから、

「行ってくる」

 私はそうクェイナに告げ、別れ際に彼女を軽く抱きしめてから、セピアス達と一緒にワッハウの街へと向かった。

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