第4話 異世界からの宝珠
「あら、気が付いた?」
普通のナースさんが普通に話しかけてきてくれて、私は混乱した。
えっと、確か元の世界では・・・
「私、駅のホームから、線路に落ちて、それで、どうなったんですか?」
「ごめんなさい。私も知らないの。ご家族の方とかお友達にあなたが気が付いたと連絡するから、来たら教えてもらえば?」
「はい、そうします」
「とりあえず精密検査とかで異常は見つからなかったけど、まだ安静にしててね」
「はい」
ナースさんは病室から出ていった。たぶんナースステーションに戻って、私の母親や学校とかに連絡してくれるのだろう。
誰が最初に来てくれるのかは分からなかったけど、私は両腕や全身を確かめてみたけど、傷一つ負ってなかった。
死んだかも知れないのが、死んでなかった?
でも、異世界であのままだったら出血多量で死んでたんじゃ?
死ぬと元の世界と異世界とを行き来するのか?
誰に説明したとしても信じてもらえなさそうだったので、毛布をかぶりもう一眠りしようと思ったが、ふと病室の壁掛け時計が目に入った。
駅のホームにいたのが朝の七時半頃。異世界の街に出現したのが何時頃かは分からないけど、午前中という感じはした。ゴブリンが根城にしていた砦跡にたどり着いたのは昼前かな。まだ太陽が中天にさしかかってなかったし。そこからいろいろあって出血多量で倒れるまで一時間かかってなかったとして。
うーむ。いろいろ計算合わない、ような・・・。
ぽてっ、と枕に頭を埋めて、しばらく頭を休めることにした。お昼過ぎには警察の人も来て事情を聞かれたりしたけど、特に何かをされるような心当たりは、無いと答えておいた。
「つまり見つかってないし捕まってないということですか?」
「そうね。監視カメラには、ちょうど人いきれの合間を縫われたのか、特定の誰かがあなたを突き落としたというような映像は残ってなかったの」
「じゃあ、私が勝手に落ちたみたいな?」
「いいえ。それが不思議なのよね。確かにあなたは横合いから強く押されて線路に転落した」
「ただしその瞬間に押した筈の誰かは映っていなかった?」
「そんな感じね」
「むう。それじゃ、線路に落ちた私が無事だったのは?」
「電車と衝突した際に、ホーム下の退避壕に飛び込んだらしいわ。後で検証してみたら、接触したであろう部分にあなたの足跡がめり込んでたから、蹴飛ばして難を逃れたのかしらね」
「はは。命あっての物種ですけど、賠償とか鉄道会社に請求されるんでしょうか?」
「不随意の事故だからね。人身事故になってあなたが犠牲になってても鉄道会社に非は無かったケースだろうけど、あなたが助かってももちろんどちらにも非は無かったわ。どんな形でも請求されないことは確認してあります」
「良かった。親に負担はかけたくなかったので」
「親孝行な娘さんね」
「線路に突き落とされてる時点で心配はかけてしまってますから」
親は一度病院に訪れたが、身体的に心配は無いということで仕事に戻ったらしい。夕方頃には母親とユウちゃんが迎えに来てくれて、家に戻れた。
ユウちゃんとは、久々の夕ご飯だった。話題はもちろん、帰りの途中もそうだったけど、朝の出来事だった。
「背後で物音がしたと思ったら電車が急停止しててユリちゃんの姿が見えなかったから、頭の中が真っ白になったよ」
そして大勢の人がホームの下をのぞき込んでる姿を見て、その場で卒倒したらしい。気を取り戻してからは駅員さんとか警察とか学校とかいろんなとこから話を訊かれて大変だったらしい。
私の母親、小暮
「それで、さ。おおっぴらにはもちろん言えないだろうけど、ユリもユウも、特定の誰かから狙われていないんだろうね?」
私はユウちゃんと目を合わせてから、二人して首を横に振った。
「最近は、特に目立ったストーカーとかもいなかったよね」
「目で追ってくる連中はまぁいたとしてもね」
「ユリちゃんに追い払ってもらってるようなのもここ一、二ヶ月ではいなかったし」
ユウちゃんは、ぶっちゃけとても可愛い。ので、告白されたり、断ってもつきまとわれたりとかの被害が断続的に発生したりする。駅から家までついてこられるとかも両手の指の数では足りなかったりする。私さえどうにかすればという連中は、それこそ小学生の頃からいた。
一人では勝ち目が無いと徒党を組んだ連中がユウちゃんをさらおうとしたことすらある。ハイエース案件とかいやらしい笑みを共有してたゴミども。
バンのスライドドアの向こうに連れ込まれそうになってたユウちゃんを引っ張り戻し、手近にいた男たちの臑や股間を蹴ったりしてたら、背後からスタンガンを当てられてとても痛い思いをした。
一度では倒れなかったら何度でもやらかしてきて、さすがにもうムリかな、って思ってたら、その男が車にめこっ!とめり込む音がした。
たまたまその日は仕事から早く帰ってきてたお母さんに掌打を叩き込まれたらしい。
「うちの娘に何さらしてくれてんだよ」
ユウちゃんいわく、その時は男たちよりも私のお母さんのがずっと怖かったらしい。路上にいた男たちは残らず股間を蹴り潰され、車に乗ってた男は逃げようとしたが、発進したところを車を殴り倒されて、フロントガラスに腕つっこまれて引き吊り出され、同じ運命を辿ったらしい。
ともあれ。
それ以降はそこまでのは無かった。母がやばいという噂がその筋に立ったせいか、物理的に潰された連中の末路が広まったせいかは知らない。私も、一人で二人を守れるくらいには強くなったのもあるだろう。
「ま、何かあったら言いなよ。力にはなれると思うから」
「ライカさんに頼むのは、ほんとに最後の手段だけどね」
そんな夕食を終えてから、私はユウちゃんを部屋に招いた。
「ちょっとぶりだね」
「そうだね」
子供の頃は、毎日のように互いにどちらかの部屋を訪ねてたりしてた。自分の親が介護の仕事をしてるのもあって、ユウちゃんの親に預けられてるような時期すらあった。
「それで、話って何?」
「あー、あのさ。突拍子も無くて、信じられないかも知れないけどさ。聞いてもらえるかな?」
「聞くつもりが無かったらここに来てないよ。それで、誰がユリちゃんを突き飛ばしたのか本当は見たか、心当たりがあるとか、そういう話?」
「ううん。違う。そっちは本当に見てないし心当たりも無い。そうじゃなくて、話っていうのは、私が電車と接触してから、病院で目を覚ますまでにあったことなの」
私は、制服のポケットを探り、そこにあった小さな石のような何かを取り出した。私が机の上に置いた、黄色い宝石のような石に無骨な銀細工が付けられた何かは、あのゴブリンの魔法使い、セピアスからもらった物だった。
私からの話を聞き終えたユウちゃんは、セピアスからもらった石を掌に遊ばせながら言った。
「これが無かったら、ちょっと信じられなかったかな」
「私も、気絶してる間に見た夢とでもしか説明できなかったと思う。もしそうなら話してなかったろうし」
「これを持って念じてみた?」
「違う世界にいるせいか、何の反応も無かったよ」
「それに、十倍以上の力か。それこそハリウッド映画の主演女優になれそうね」
「そんなつもりは無いよ。もう目立っちゃったことは仕方無いけど」
「それでもね。向こうにも人間社会があって、魔物とかと戦ってるなら、ユリちゃんを取り込もうとする人たちも当然出てくるだろうし」
「そういうのがイヤだからいったん逃げたんだけどね。もう向こうに行くことが無ければ、気にすることも無いんだけど」
「ユリちゃんの死がトリガーになってるとして、もしそういうのなら、こっちで普通に生きてることになってるのは、どうしてだろ?」
「私も、そこがわからなかった。クラスメイトの男子が読んでる小説とかだと、たいてい死んだら違う世界に転移か転生してて、元の世界には戻れないのが条件になってたりする筈なんだけどね」
「だとすると、向こうで死んだら戻って来れるとか、変だね。ある意味ユリちゃんに都合が良すぎる」
「うん。死の危機回避して復活しちゃうんだもの」
「意識してない何かが代償になってるんじゃない?」
「意識してない何かって、寿命とか?」
「そ。でも、その場で死んでた筈なら、残りの寿命が対価になるっていうのもね。今なら、両側の世界で死んで命は失われてる筈だもの」
「まぁ、向こうでは、助けた連中に見つけてもらって手当を受けて生き延びてるのかも知れないけれど」
「えーと。その仕組みは良く分からないにしろ、こっちの世界では、ユリちゃんは消えてない。駅から病院に運ばれて、いろんな検査とかも受けてたから」
「つまり、私は同時に別々の世界に存在したの?」
「どうなんだろ。結果的に、いたことになったのかも」
「どういうこと?」
「想像だけどね。本当は死んでたけど、生きてたことになるなら、いろんなつじつま合わせが発生するでしょ?」
「うん」
「こっちで死んでから、あっちに移った。あっちで死んだから、こっちに移った。それなら、どっちか片方にしかユリちゃんはいなかったことになるんだけど、それだと体が両側にあったことと矛盾しちゃう。でも死がトリガーになった場合は、死んだという事実が無くなって、戻ってくるまでに起こった出来事まで書きかえられてるとか?」
「むずかしくて良く分からないね。死ぬのがトリガーになってて、でももう一つの世界で生き返るなら、そうそう気にしなくていいかも知れないけど。どうしてか、そう思えないんだよね」
「それが、私に相談してくれた理由よね?」
「うん」
「そうねぇ。死んだら一〇〇%異世界移動するとして、そうじゃない不随意の移動もあって、その場合の行き戻りの条件が分からないから、とりあえず自殺すれば戻れるかな、ってのも怖いよね。回数制限とかあるかどうかもわからないし。視界の端に残機数とか出てない?」
「出てない出てない」
「向こうではステータス画面とか出てなかった?」
「それっぽい言葉もいくつか唱えてはみたけど出なかったよ。HPとかMPも表示されてなかったしね。自分のも他人のも魔物のも」
「うーん。そしたら、どうして移動しちゃうのかは分からないけど、移動しちゃった際に必要な何かには、ある程度備えておけるよね」
「どういうこと?」
「例えばね、ユリちゃんが異世界に戻ったとします。もし周りに誰もいなくて、まだ森の獣とかにも襲われてなかったとしても、出血多量で身動きが取れません。そこで何が必要になりますか?」
「輸血する為の血液?」
「理想はそうなのかもだけど、その為の器具も含めてこれから一生持ち運び続けるとか現実的じゃないでしょ?」
「まあね」
「だから、止血する為の道具とか、包帯とか、消毒剤とか、それでとりあえず少しでも動けるようになるなら、後は近くにいる他の人間に合流できれば何とかしてもらえるかもだし」
「でも、通学鞄とか、異世界には持っていけてなかったけど」
「駅のホームに落ちてたからでしょ。身につけてた物は一緒に転移してたのなら、ウェストポーチとかならいけるんじゃない?」
クローゼットを漁ってみて、使ってなかったウェストポーチを見つけ、救急箱から応急措置セットを見繕って入れて、他には小さなナイフとか、方位磁石とかライター、その他小さくてかさばらない物を主に入れた。
「スマホで写真撮ってきてもらいたいけど、動かなかったんだよね?」
「こっちに戻ってきてからは普通に使えてるから、故障してたんではないみたいだけど」
「じゃー、使い捨てカメラの小さいのとか入れとこうよ!」
という意見は採用され、それも昔の使い残しがあったので入れておいた。残枚数ほとんど無かったけど。
「じゃあ、夜も遅くなったから、私帰るね」
「うん。送ってく」
「家はお隣さんなんだけどね。ありがと」
実際には通りを挟んだ斜め向かいといった感じのお隣さんだったが門まで送り、ユウちゃんが扉の先にまで消えるのを見届けてから家に戻った。
母親はすでに就寝していたらしく、ふと気が向いて冷蔵庫から母のささやかな趣味の栄養ドリンクの類を何本か拝借し、コンビニ袋に入れてベッドに戻り、寝間着をいったんは着たけど普段の外出着に着替え、ウェストポーチは腹側に回して装着、コンビニ袋は手首にかけて外れないようにし、セピアスからもらった宝石細工も忘れずにポケットに入れた。
「うん、初日の夜だしね。私向こうでは死にかけてたし、病院なんて近くには無いし、あったとしてもすぐ運ばれるような状態に無いし。それまでに何かあった時の用心てことで」
誰に言い訳してるのかは不明だったが、部屋の明かりを消し、とんでもない一日を終わらせようと瞳を閉じ、眠りに落ちていくと、目を覚ました。
うん。何となく分かってはいたさ。
私は、寝たときの格好で、血塗れの状態で、あちらの世界に戻っていた。
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