第3話 ここってどこ?、とか。

 適当な草地を見つけて二人を降ろした。荒事の最中とかもそうだったけど、戦うという行為が関わらなければ、力加減が変なことにはならないらしい。でないともっと大変なことになっていたのは確実。


「えっと、ありがとう?なんだけど、どうして逃げたの?」

「助けてくれてありがと!あたしの名前はイーナ。あなたのお名前は?」

 女性と、それから少女が当然の問いかけをしてくれたので、私は答えた。

「逃げたのは、面倒なことになりそうだったんで。小暮百合。それが私の名前。で、あの街はどうしてあんなことになってたんだ?ていうかここはどこなんだ?」


 イーナと女性とは顔を見合わせて、イーナから話してくれた。

「ここはワッハウの街を囲んでる森だよ。特に名前は無いけど、ゴブリンとかが来たのと盗賊たちが来た理由は、わかんない」

「こぐれ、ゆり?めずらしい名前ね。姓を持ってるのね。私はラシャ・ジュズル。ワッハウの領主の娘。大きめのゴブリンの群が街に近づいてきてるって情報があって、父様は兵士たちを引き連れて討伐しに街を離れたの。盗賊たちは、きっとその間隙を狙ってきたのね。最後に出てきた盗賊の頭は、たぶんそれなりの賞金首にもなってたと思うし」


 なるほど。わからん。とりあえず日本でないことだけは確かだ。頬をつねってみたが普通に痛い。夢ではないことも確からしい。


「ね、ユリはどうしてあんなに強いの?ユリはどこから来たの?」

「そうよ。唐突に現れたけど」

「私にもわからん。誰に聞けば知ってるのかもわからんし、元いた場所に戻れるかも知らん」

 死んだのなら戻れないってのが定番だけどなー、と思いながら付け加えた。

「強いのは、母親にみっちり鍛えられたからかな。といっても、人間としての常識の範囲に収まってた筈なんだけど」


 私は手近な木の幹に拳を押し当て、寸勁を放ってみた。


 ふん!と気を込めてみると、私の腕周り以上の太さがあった木の幹は内側から弾けた。幸いイーナとラシャは背後にいたので被害はなかったが、倒れてきた木の幹の残骸は片手で余裕で受け止め、傍らに投げ捨てた。


 うん。おかしい。

「前は、木の葉がいっぱい落ちてくる程度だったんだけどな」


 イーナはきらきらと瞳を輝かせながら言った。

「ユリは魔法使いなの?」

「じゃないし、なったこともない」

「でも、単に力だけで殴ってたりするだけじゃないでしょう?」

「発勁とか、説明がむずかしいな。体の内側で練り上げた気の力を込めてるだけなんだけど、元いた世界での十倍以上はおかしくなってる。少なくとも鉄製品に拳を当てただけで歪んだりはしてなかった。筈だ」

「元の世界ってなによ?それになんで自信なさげなの?」

「えーと、ここではないどこかから来たってくらいに受け止めておいて。自分でもどう説明していいかわからないから。とにかくそこでは柔らかい鉄製品とかもあったりするから。それより・・・」

「それより、なーに?」


 うん。イーナちゃんは素直でかわいい。十歳くらいの目がくりくりした女の子らしい女の子。でも、着てた服は良く見ないでもずたぼろになってた。きっと気が動転してるままで、服装まで気が回ってないのだろう。


 自分もそのうちの一人だ。身の回りの持ち物、通学鞄とかも持っていた筈なのに、街に出現した時には持っていなかった。片方のポケットにはハンカチ、もう片方には定期とか入ってるパスケース兼小銭入れ。胸ポケットにはスマホが入ってたけど、電源そのものが入らなくなってた。残念。これが便利グッズになってるそれ系の作品がいくつもあるのは聞いてたのに。自分で読んだことは無いけど。


「これからどうしようか迷ってるってこと?」

「そうだ、な」

「いきなり見知らぬどこかに放り込まれて、あんな騒動にも巻き込まれて、ユリみたいな誰かじゃなきゃ、間違いなくその場で死んでただろうし」

「違いない」

「だったら、あたしの家に来なよ!歓迎するよ!」

「イーナ、ありがとう。だけど、お父さんとかお母さんはどうしたんだ?」

 無神経だったかも知れない質問に、イーナは瞳を陰らせることなく答えてくれた。

「わかんない。はぐれちゃったから」

「じゃあ、イーナは先に帰ってお父さんとお母さんを探さないとだな」

「一緒に来てくれないの~?」

「だめ、とは言わないけど、まだ戻りたくはない、かな」

「どうして?ユリはあんなにいっぱいのゴブリンとかとーぞくとか倒してくれたのに!」

「だから、だよ」

「・・・そうね。私にも、あなたが街を離れた理由が何となくだけど分かった」

「察してくれると、助かるよ」

「いいわ。イーナの両親捜しとかは、私が手伝っておいてあげる。着の身着のまま見知らぬとこに来て、お金とかこれからの心配もつきないだろうけど、私が助けてあげられることも少なくないと思う、でもだから、私のお願いも聞いてもらえるかしら?」

「何だ?」

 身構えた私の手にほっそりとした手が添えられて、ちょっとどきりとした。

「街が襲われたことをお父様たちに伝えて欲しいの。狙いを外されて戻ってきてる途中かも知れないけれど」

「どっちの方に行ったのかは分かるか?」


 ラシャは、地面に小枝で地図を描いてくれた。

「父様たちは、日の出とともに出発していった。昼前にはゴブリンたちの根城にしてるらしい砦跡に着くだろうって話してたから、あなたの足ならもっと早く着ける筈」

 太陽のある方角と、街道などの伸びる先をなどを見つめて、ラシャに訪ねた。

「もし巡り会えたとしてだ。どうやって私とラシャの間のことを証明する?」

「そうね。身の回りのものは盗賊たちに奪われてたから、これを」

ラシャはためらいなくぼろ切れのようなスカートの端をびりりと切り裂いて渡してきた。見えてはいけないとこがいっそう見えそうになって目をそらした。


「だいたい、あっちの方角だな?」

 私が指さした方角に、ラシャはうなずいた。

「気をつけて行ってきて。そして必ず帰ってきて。お礼もまだ何も出来ていないんだから」

「まだラシャの父親の名前も聞いてないんだが」

「ああ、ごめんね。ストラピアよ。ストラピア・ジュズル。そうね、いちばん派手な鎧とか身につけてるから、たぶん見分けはつくと思うわ。一番偉そうにしてるだろうし」

「わかった」

「ああ、あとフンメルっていうのが一番強い戦士で、双剣使いだから、目につきやすいかも」


 それから私は二人を街の門まで送り届けてから、踵を返してラシャの父親たちが向かった先へと走り出した。本気で走ると街道の表面がえぐれてすごいことになるので、道の脇を走ることにした。それでも、駅伝ランナーの何倍かの速度は出てたと思う。


 行ったことの無い場所で、ゴブリンの根城を襲って追撃してたりしたら出会えない可能性もあったがけど、深く考えないことにした。数十人の男たちが馬車や馬や徒歩で移動していった痕跡は街道になんとなく残ってて、それが無くならない限りは跡を追えたから。


 これも異世界ならではスキルとかなのかなーとか妄想してる間に、およそ一時間どころか三〇分程度で、集団の足跡とかは街道から脇に逸れて森の中へと入っていき、またしばらく走っていくと、砦跡みたいな廃墟の向こう側から喧噪が聞こえてきた。


 向こう側から?

 何かおかしいと思って見ると、砦の内側から激しい煙が幾状も立ち上って火がかけられてるのが分かった。じゃあ兵士たちがゴブリンを中に閉じこめて火をかけたのかと思ったら、ゴブリンたちが門の外とかを封鎖してて、ぐぎゃぎゃぎゃとか高笑いしてた。


 門は木の扉とかならともかく、瓦礫で埋まってた。中にいる兵士たちは脱出できないだろうが、狙って罠にかけたのなら、ゴブリンのかしらはそれなりに頭がいいらしい。それっぽいやつがいるかと周囲を見渡してみたが、いない。つまり、人間側の増援が来た時に真っ先に狙われるのが自分だと認識してるのか?


 まぁいい。門の周りだけでも二十匹近いゴブリンたちがいたけど、自分はいったんそこから離れ、石造りの壁のゴブリンが少ない辺りに目星をつけ、近くに生えてた中で一番太い木の幹に掌の側面を当てた。


 スライディングキックが出来たんだ。手刀くらいは出来るだろ。そう根拠レスな自己暗示をかけ、気を手刀の刃になる部分に集中。スパッ!と振り抜いたのはいいのだけど、勢い良く切れすぎて危うく倒れてきた幹に頭を打たれそうになった。


 先端部分を尖らせ、邪魔な枝もすぱすぱと落とし、即席の突撃槍は完成した。体当たりすれば良かった?跳び蹴りとかも考えないでも無かったけど、壁の厚みに跳ね返されたりしたら痛そうだし、失敗したら格好悪しね。そして他にも理由はある。


 脇に即席突撃槍を抱えて突進。槍の先端部分に気を込めて壁を崩す。一度では無理で、二度、三度と突撃して出口を作れた。狙い通り壁全体が崩落してもこない。


 砦の中庭には、五十人近い兵士がいて、煙に巻かれたせいか大半が倒れて気を失っていた。


「立てる奴はいるか?戦えなくてもいい。倒れてるやつをひきずってこちらまで運んでこい!ゴブリンはこちらで引き受けてやる!」


 一人の壮年の男が、一際立派な装束と鎧に身を包んだ中年の男を運んできた。口元には濡らした布を当てて吸い込んだ煙は最小限に抑えたらしいが、それでも足下はおぼついてなかった。


「助かった。だが、どうしてこの危地に?」

「詳しい話は後で。ラシャに頼まれた」

「お嬢様に?」


 私はうなずいて壁の外に出て、そこに集まってきていたゴブリンたちに突きかかり、一角を崩すと、ぶるんと木の幹だった大得物を振り回した。少なくとも私の体重の二、三倍はある。街中でロープを振るった時よりも勢い良くゴブリンたちはひしゃげたり飛ばされた先で別の木にぶち当たってやっぱりひしゃげたり破裂したりしていた。


 私が空けた壁穴の近くから、正確には五メートル以上ある即席槍の届かない範囲にゴブリンたちは退いて、弓矢とか火の玉とかが飛んできた。


 おお、魔法だ!


 バスケットボールくらいのサイズの火の玉を槍の先端で打ち払った。ボンッて炸裂音がして、槍の先端部が抉れて焦がされてた。


 生身で受けるのはやばそうだと認識しつつ、火の玉が飛んできた方へ突進。両脇や背後から石やら槍やら矢やら投げつけられてきたけど、踏み込む速度を上げてかわした。


 火の玉の二発目も即席槍に打ち払われたゴブリンの魔法使いは、樹上から飛び降りると、森の中へ駆け込んで逃げようとした。


 誘われてる?

 それでも後を追おうとした自分の足下が地中へと踏み抜かれる感触があった。ゴブリンの魔法使いが、やったか?と期待を込めてこちらを振り向いたけど、残念。


 普通の落とし穴に落ちても飛び上がって脱出できたろうけど、穴の底には先端に何かが塗られた武器とかが突きだしてた。ううむ、ここのゴブリン、知恵が回りすぎてないか?


 なんでそこまで余裕もって観察できたかって?

 そりゃ、五メートルを超える木の幹を材料にした即席槍を抱えてるからだよ。落とし穴になんてどうがんばっても落ちっこない。もし万が一そんなサイズのがあったとしたら、周りの木が立ってられないし、とかね。


 とにかく穴の縁にかかった即席槍を支えにしてひょいと地面に戻り、また逃げ始めたゴブリンの魔法使いを追った。あいつが頭かどうかはわからないけど、何となく、放っておいたら良くない感じがした。黒幕なんてのがいるとして、そいつの尻尾つかまないと領主と兵士が不在の間に街が襲撃されてた件も解決しなさそうだったし。


 その後もワイヤートラップみたいな細い紐が足にかかったら、森の小道の両側から槍衾みたいのが迫ってきたりとか、樹上から小岩が落ちてくるとかもあった。槍衾は即席槍でぶち壊し、私の頭部くらいのサイズの小岩は拳で打ち砕いた。


 トラップからトラップへと導いてくれたゴブリンの魔法使いもネタ切れになったのか、大岩の上に駆け上がって長めの詠唱を始めた。


 どんな魔法を準備してるのかはわからなくても、少なくとも火の玉よりはやばいことは確実。二択だったが、私はええいままよと即席槍をゴブリンの魔法使いへと投擲した。


 即席槍はゴブリンの魔法使いに直撃したかに見えて、目の前に見えない壁みたいのがあってそこで押し留められてた。それでも一瞬の拮抗の後に見えない壁を打ち破ったけど、ゴブリンの魔法使いはぎりぎりで避けて、それでも肩を抉られながら大岩の向こうへと落ちていった。


 逃がさない!

 私は跳躍し、ゴブリンの魔法使いの立っていた大岩の上へと飛び上がった。そこからゴブリンの魔法使いを探そうとしたんだけど、大岩の頂上を踏みしめた瞬間、大岩が爆裂した。


 地雷魔法かよ!?

 なんて思う余裕は無かった。とにかく痛い。尖った岩のかけらが上方向へ向けて爆散しているのだ。素足に切り傷とかがたくさんできたし、上半身と頭部は両腕両手を前に掲げてブロックしたけど、そこにもいくつも次から次に岩の破片が突き刺さったりして滅茶苦茶に痛かった。


 大岩のだいたい上半分くらいが無くなって私が何とか地面に降り立つと、ゴブリンの魔法使いはまだ生きてる私を見て信じられないような顔つきをした。


 あちらも大技を使ったせいか疲弊したのか、立ちくらんでいた。トドメを刺したかったが、こちらも文字通り満身創痍で動けなかった。倒れるほどじゃないけど、無理すればあちこちから血が吹き出しそうなくらいには。


 にらみ合った後、ゴブリンの魔法使いは話しかけてきた。

「お前、何者だ?」

「何者って言われても、普通の女子高生やってた筈なんだけどね。気が付いたらこの世界に放り込まれてたんだよ」

「この世界、放り込まれた?つまり、別の世界から、来たのか?」

「好きで来たわけじゃない。気づいたらワッハウとかいう街中に放り込まれてたんだ。盗賊とあんたたちゴブリンに蹂躙されてたよ」

「お前、ここにいる。つまり、は、失敗、したか」

「盗賊は全員捕まったろうけど、あんたたちのお仲間はそこそこ逃げ出せたんじゃないかい?」

「我々、ゴブリンの国、作る。それ、人間の領主に、伝え、和平、願った。が、拒否され、兵士、送られた。だから、戦うしか、なかった」

「あんたみたく人間と会話できるゴブリンなんてレアものじゃないのかい?それに盗賊たちとも連携してたみたいだけど」

「あいつらには、情報流した、だけ。領主の兵達、町、離れる、と」

「ゴブリンてな、みんなあんたみたいに頭がいいのかい?」

「自分、特別。あるお方、に、仕えてる」

「それが誰かは教えてくれるのかい?」

「ゴブリンの王達、従える、ゴブリンの女帝、クェイナ、様、だ」


 長話してる間に、私もふらついてきた。やばい、血を流しすぎたか。


「お前、俺、見逃せ。俺達も、お前、見逃す」

「無理すればあんたは倒せそうだけどね」

「無理、するな。お前、なら、交渉、出来そう、だ」


 ゴブリンの魔法使いは、懐から小さな宝石らしき物を取り出して投げて寄越した。黄色いトパーズのような宝石の周りを無骨な銀細工が被っているような、アクセサリーではない不思議な物体だった。


「それ、持って、念じろ。離れて、いても、俺と、話し、出来る」

「そりゃどうも。使う機会があるかは別として、あんたの名前は?」

「俺、名前、セピアス、だ。俺達、退く。お前も、無事、で、いろ」


 そうしてセピアスと名乗ったゴブリンの魔法使いは姿を消し、私はあちこちからだらだらと出血したまま、領主とその兵士たちがいるだろう砦の方に戻ろうとしたのだけど、ぐらりと視界が揺らいで、踏ん張りが効かないまま地面に倒れ込んだ。


 あ、これ、ヤバイかも。

 そう思った時には、瞼の裏がちかちかして、痛みに気を失った。


 次に気が付くと、病院のベッドに寝てた。

 別に比喩表現でなく、異世界のどこかの屋敷のベッドに寝かされてたのじゃなくて、元の世界のどこかの病院のベッドだった。

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