第2話 初めての異世界戦闘
異世界戦闘初体験!
きゃっ!なんてテンションを上げる余裕は無かった。羽織ってたパーカーを脱いで助けを求めてきた女性に手渡したのは無意識の反応で、その間に周囲の状況を確かめる方にむしろ意識はいった。
間近にいる盗賊どもは五。いやもう二人広間に面した商店みたいな中から出てきたから七。ゴブリンは十くらいいたのが、わらわらと三とか五とか集まってきて十五?数えてる間にも増えてく感じなので数える意味無さげ。
「離れないでいて」
自分というよりは、駆け寄ってきた女性に手をかけて引き戻そうとした男に、私は一歩踏み込み、拳を当てた。
ふっ!と短打に込めた勁は拳とともに打ち込んだ相手の体にめり込んで、踏み込んだ足が地面に亀裂を生じるのと同時に、相手の体を広場の反対側の家の壁まで吹き飛ばした。
うん。こんなの、初めて。
いや、誰かに打ち込んだのが、じゃないよ?
あんなに吹っ飛ぶの、何昔か前のワイヤーアクションとかでもない限り無いんじゃ?ていうか打ち込んだ勁が作用した反応が返って来る前に飛んでたし、およそ三十メートルくらいはある距離をすっ飛んでいった途中課程もほとんど目に留まらなかったし、自分の足下にあるひび割れもまぁ、ひどいものだった。
「お前、魔法使いかよ?」
盗賊もゴブリンも大半は何が起こったのか分からないって感じで固まってたのに、自分に一番近いとこにいた相手は難癖をつけてきた。刀を振り下ろしてきてもいたので、きっと荒事に慣れているのだろう。
「いんや?なった覚えは無いね」
さっき踏み込んだ足をすり戻して半身になり、振り下ろされてきた刀をかわす。そのまま掌底を男の鳩尾に打ち込む。
さっきよりは力を加減して、でも方向は意識した。弾き飛ばされた盗賊は何人ものお仲間を途中で巻き込みながらやはり広場の反対側まで飛ばされていき、頭を壁に埋め込んでそこで止まった。
盗賊たちの注目がゴブリンたちから離れ、私に集まった。ゴブリンたちもその隙に盗賊たちを襲いたかったろうけど、じろりと睨んだら動きを止めた。そのうち何匹かはもう逃げ出した。え、私ってそんなに怖い?
ふと、足下に何かが動くのが見えて、片足を上げ、何かが刃に塗られた短剣をかわし、そのゴブリンの頭に踏み下ろした。即後悔した。R15は固い光景が展開され、ローファーと靴下はゴブリンの頭部を破砕した結果物にマミれてしまった。ゴブリンがまた何匹か逃げ出したが、これでもう盗賊もゴブリンも、どっちもが私を最初のターゲットに固定した。
「数減らさないとだね」
せっかく汚物にまみれてしまった片足を有効活用するべく、蹴り飛ばしたゴブリンの死体はその方向にいた盗賊やゴブリンを弾き飛ばしつつ、その先で広場の喧噪とは無関係を決め込み少女を暴行していたゴブリンの頭部に直撃し、その首は背中にぺったりとくっつき、体もゆっくりと地面に倒れ込んで、少女は何が起こったのかは分からないままその場から逃げだそうとした。その後を追おうとするゴブリンたちもいて、私はそちらに駆けだした。
「ついてきな」
パーカーを貸した女性にそう声はかけたものの、あまり意味は無かった。一歩で一メートルはまだいい。しかし二歩目で十メートル進むとか想像はしない。この異世界?に来てから体の感覚がおかしい。よくあるのは、死んだ後に神様にあって、いろんな能力その他を付与してもらうとかだけど、私にそんなプロセスは無かった。もしかしたらあって忘れさせられただけかも知れないけれど、とにかく駆けだした私は前方にいたゴブリンも盗賊も等しく弾き飛ばしていた。こういうの、鎧袖一触とかって言うんだっけ?
そのまま進んでも良かったのだけど、三歩目で吹き飛ばされかけた盗賊の一人の足首をつかんで、さっきの少女の後を追ってるゴブリンたちの背中に向けて投げ飛ばした。少女には当てないように調整するのが難しかったけど、彼女の肩に手が届きかけてたゴブリンも含めてストライクというよりはスペアーな一投は決まった。
少女は今度こそこちらに気づいて、その場にいてくれた方が安全だった筈が、私の方に駆け寄ろうとしてきた。いや、間にはまだたくさん盗賊もゴブリンもいて、彼女を人質に取れば!みたいな目をして動き始めた連中は少なくなかった。というか残ってた半数以上が、私の正面からは逃げだし始めてしまった。
このままじゃ間に合わない。正面から少女に駆け寄れば、何人かは彼女に当たってしまうかも知れない。そうなれば彼女は無事では済まないかも知れない。
どうする?
ここでまた一瞬だけ周囲を見渡した。
「ここは任せろ!」
なんて善意の第三者が唐突に現れて彼女をかくまってくれる気配は無かった。実際起こらなかったし。
そこで私は背後にいた女性を脇に抱え、腰を低くして、前方に踏み込みながら逆足をさらに前方に滑るように差し出して、スライディングキックを決めてみた。
格闘ゲームとかなら二、三メートルは滑っていったりするじゃない?今の自分なら倍以上は固いかなって根拠が無い見込みは当たった。というかうまい感じに少女の方には障害物を当てずに、その目の前にまで滑り込んだ自分は、彼女の脚も巻き込む寸前で滑っていた足を地面へめりこませて止めて、反動で浮き上がりながら女性とは逆の脇に少女を抱え、広場の脇の建物の屋根上にまで飛び上がった。
女性二人を両脇に抱えて建物の上にまで飛び上がるヒロインって、アメコミとかにならいるのかもね。知らないけど。とりあえず外壁に階段とかも無い屋根の上に下ろされた二人に、
「ここでおとなしくしてて」
とだけ言うと、二人ともうなずいてくれた。
眼下の広場には、街中に散らばっていたのだろう盗賊やゴブリンたちが集まって、それぞれ五十とか以上は軽くいた。さすがにあれを一匹ずつというのは手間だし、膂力は謎に上がってても、刃物で切られたら普通に痛いだろうし、痛いでは済まないかも知れない。
といっても民家の屋根の上に武器などはなく、さらに周囲の建物を見渡すと手頃な物を見つけた。洗濯物を干してた洗濯ひもだ。ロープとも言える。そちらまで飛び移ってロープの端をつかんで広場に舞い降りる。いっや、ずずんて効果音はいらないよ。ズズンて何よそれ。
西部劇のカウボーイよろしくロープを振り回すつもりは無かった。単に、腕の先の延長物として扱った。五メートルずつの折り返しの十メートルくらいのロープはぶん回した範囲にかかった獲物をまとめてくるんで、その先にいる物も巻き込みながらなぎ倒した。
「ロープが、鉄棒か何かに?この、化け物め!」
ロープを器用にかいくぐったり範囲から逃れた連中は、短剣を投げつけてきたり、地面すれすれに襲いかかってきた。その中にゴブリンも混じってたし、遠間から弓矢を打ち込んできてる連中もいた。
化け物かぁ。うん。元の世界で聞いていてたら傷ついた台詞だけど、こっちに来てからは、自分でも、無いわぁ、と思えてたから、否定はできない。そうは言っても、目の前の現実からは今更逃れられない。短剣も矢も盗賊もゴブリンも目を閉じたからといって消えてはくれない。認識していない現実は存在し得ない?駄言は死んでから言えよ。
死ぬつもりは毛頭無かった自分は、バックステップした。それをバックステップというかは、元の世界の人なら百人が百人とも否定しただろう。背後にあった建物をぶち抜いてさらにその背後に出たのだから。
弓矢や短剣の類は地面や建物の残骸や、肉薄してきてた連中に当たって、私には当たらなかった。かといって私をあきらめたわけではない連中に向かい自分も踏み出して、建物の残骸の中で迎え撃った。遠距離からの攻撃を気にしなくて良かったから。そこで一打ずつに複数を巻き込んで、数分もすれば大半は片づいた。離れたとこにいた相手もその課程で巻き込んで終わらせたのは言うまでもない。
広場の中央にしばし立って、誰も向かってこないのを確認してから、さっき屋根の上に逃がした二人を迎えにいこうとしたら、広場の脇にあった建物の一つの壁が粉々に吹き飛んで、中から両手斧を抱えた大男が現れた。
首をごきごきと鳴らし、重さだけで女性の体重以上はありそうな得物を軽々と振り回した大男は言った。
「部下がかわいがってもらったみてえだが、お前は・・・女か?」
「そこ、気にするとこか?」
「は!確かに違えな!久々に骨のある、いや骨だけって外見じゃねぇが、相手だ。すぐ終わってくれるなよ!」
威勢良く飛び込んできた大男の両手斧の勢いは、確かに有象無象の盗賊たちとは比較にならなかった。いったんはかわしてからの反撃を狙ってみたけど、地面に深い切れ込みを入れつつ、そこからの切り戻しも早かった。
一撃。二撃、三撃とかわしてみて、四撃目。頭上に振り下ろされてきた両手斧の刃をかわして裏拳で叩いてみたけど、砕けはしなかったし、拳が軽く痛かった。やはり素手でやることじゃない。
しかし両手斧を引き戻した大男は違う感想を持った。
「全身鎧着た兵士でも真っ二つにして、アイアンゴーレムとがちんこ勝負しても刃こぼれもしなかったこの斧を、拳の一当てで曲げるかよ」
ほんの僅かながら、斧の刃頭の部分と柄の部分とをつなぐ直線は歪んでいた。
「その妙な格好といい、歴戦の魔闘士には見えねぇ。この斧の修理代くらい、お前を奴隷にして稼がせてもらうぜ!」
「奴隷ねぇ。私なんかを買う物好きがいるもんかね」
「物好きはどこの世界にもいるもんさ」
ちなみに制服は可愛いので、求める人はいるかも知れないが、私のサイズだ。着れる人はかなり限られるだろう。目の前で対峙する大男とか。着たいとは思ってないだろうな。
何かしらぶつぶつ唱えて、体から立ち上る気配が膨れ上がるとか、身体能力上昇の魔法とか?戦士系でも使えるならスキルとかになるんだっけ?とにかく分からないし、大事なのはそこじゃない。準備を終えた相手が踏み込んで来る前に踏み込んで、相手の心臓の上に握り拳をたたき込む。
かはっ、と息が漏れて、膨れ上がってた闘気は立ち消え、盗賊たちのお頭らしき大男は広場の建物の壁にめり込んで気を失った。
「こんなものかな?」
今では広場には少なからぬ人たちが集まってきてて、盗賊たちの武器を奪ってゴブリンを殺したり盗賊をふん縛ったりしていた。抵抗しようとしていた盗賊たちも、お頭が負けたことで逃げ出していた。
崇拝するようでいて怯えるような目線を集められて、困惑した私は逃げ出すことにした。
いや、街を盗賊やゴブリンから救った英雄!みたくいきなり祭り上げられるのは少し怖かったというか、その前にもう少し状況を把握しておきたかったというか。
だから、私は屋根の上に逃しておいた二人をまた両脇に抱えて、彼女たちの抗議はいったん聞き逃しながら屋根から屋根を伝って街の外まで出て手近な森の中に駆け入るまで立ち止まらなかった。
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