5.

「あー、つっかれた」


 俺はネクタイを緩めながら部屋の電気を着けた。手にはプロジェクトが成功したお祝いの花束が、幾分萎れて香りを放っている。


 六畳の1K。適当に花束を置いて冷蔵庫からビールを取り出し、喉の渇きを潤す。


 一週間分の洗濯物が目の隅に入る。今週は忙しかったからな。色んなことを後回しにしてしまった。テーブルにビールを置いて、スーツを脱いで楽になった。


 埃がうっすらと溜まった荒んだ部屋を見ていると、祖母の元で過ごした日々を思い出す。こんな部屋を祖母に見られたら、きっと叱られるに違いない。「ばあちゃんの教育が悪かったのかしら」なんて白々しくも毒を吐かれるだろう。


 めんどうくさいけど、誰も変わってはくれない。誰も代わりに生きてはくれない俺の人生。


 そんなたいそうなもんではないけれど、そういった言葉が脳内にちらついて、寝てしまいたい衝動をぐっとこらえた。


 辺りに散乱している服を集めて洗濯機を回す。流しの中で洗われなかった食器類を片付けていく。もう一度冷蔵庫を開ければ、コンビニやスーパーのお惣菜に隠れて、しなびたり賞味期限が迫った食材たちがひっそりと息をしていた。


 ギリギリの食材を全部まとめて冷蔵庫から出し、適当に名もなき料理たちを作る。「めんどうくさいなぁ」ともう一人の俺がデカい声で脳内で叫んでいるが、ビールを飲み下して聞かなかったフリをする。


 なんだかよくわからない野菜炒めモドキを手に、新しいビールを取り出し、テーブルについた。疲れてるのに、一週間大変だったのに、こんな意味不明の料理でもちゃんと作って偉い偉いと自分を労う。


 テレビをつけて、だらだらと見ながら過ごしていると、また祖母に叱られるような気がしてくる。ここには祖母はいないのに。あの三ヶ月は俺にとって大きな意味があった。


 蓋を開けてみたら、バイト代なんてたいした額にならなかったし、毎日無意味に規則正しい生活をしていたし、娯楽という娯楽が少なくて退屈だったけど、今まで見ようとしなかったものを突き付けられた三ヶ月間だった。


 その経験を経ても「めんどうくさい」と感じることはずっと消えない。だが「めんどうくさい」と逃げ続けられるわけもない。どうにか折り合いをつけて、自分の中で消化していくしかない。


 祖母みたいに年齢を重ねて行ったら、俺もそのうちできるようになるんじゃないかとも思ったりした。思ったりもしたが、きっと元来の怠け癖はそうそう簡単に払拭できるもんじゃない。


 それに忙しい現代人にとって、日々を丁寧に生きることなんてハードルが高すぎる。毎日の仕事や目の前のタスクをこなすことでいっぱいいっぱいだ。


 時々、思い出した時だけでもやれることをやるのが、今の俺には合っていると思う。


 野菜炒めを食べ終え、ちらりと花束に目をやる。花を飾る趣味はないけれど、せっかくもらったものをすぐ捨てるのも忍びない。祖母の元で作ったドライフラワーを思い出すが、気力がないな。


ピリリリリリリ―――。


 ディスプレイには「祖母」の二文字。


「元気してんのかい? 野菜も取らずに仕事ばっかりしてんじゃないだろうね。今度野菜送るからしっかり食べるんだよ」


 テレパシーでも持ってるのかとドキッとする。


 祖母のような生き方も憧れるけど、やっぱりドライフラワーは苦手だ。

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