3.
「いやぁ、優斗が来てくれて本当助かるわぁ」
祖母はほくほくとした顔で、軽々と先へ歩いて行く。
俺はと言えば、十キロの米と、大根やじゃがいもやキャベツなんかが入ったビニール袋を両手に抱えていた。背負っているリュックには、リポビタンDや三ツ矢サイダーなどの飲み物が詰まっていて、俺の両肩を締め上げている。自分で持ってきた斜めがけのカバンも、お土産でパンパンになっていて重いったらない。
「ばあちゃん、ちょっと、待って」
思わずゼイゼイと声をかけるが、スイスイと歩いている祖母はどこ吹く風で楽しそうだ。
「こんなにばあちゃん一人で持てないものね。ありがたい、ありがたい」
拝むように俺の前で手を合わせてすりすりとこすり合わせている。
今日のカラオケ大会の賞品が、この右手に持っているビニール袋の中身。こんなに野菜をもらったって、一人暮らしの老人では食べきれないだろう。普段はどうしているのか。
米も飲み物も、いつもなら買わないだろう量をここぞとばかりに買い込み、俺の身体はその重みに悲鳴を上げている。
「あとちょっとだから頑張んな」
そう言って励ます祖母は、ゆっくりとした歩調になり、俺の隣に並んで歩いた。俺の目線よりもずっと下にある祖母の頭がなんだか小さく見える。
米を抱え直そうかと考えていたら、急に腕にぐっと負荷がかかった。
「わっ」
咄嗟に足に力を入れて持ちこたえる。右側を見れば、祖母が俺の腕にしがみついていた。
さっきまでシャキシャキと歩いていたのに、こんなになんにもないところでよろめいたのだろうか。
それよりも驚いたのは、祖母の体重の軽さだ。
あんなに元気に、大きな声で楽しそうに歌っていたパワフルな祖母なのに、軽すぎた。か弱い老人の、軽い身体がそこにあった。
「もうあたしも年だね。こんな、なんにもないところでつまづくなんて。杖でも買った方がいいかね」
どう思う?と祖母から聞かれても、なんて答えていいのか俺には分からない。
「自分は若いつもりでも確実に年を取ってるんだよ。それは自然なことさね」
まだ死にゃせんけど、とさっさと歩いて行ってしまう祖母の背中は、さっきまでよりずっとずっと小さく見えた。
昼間、パワフルな歌声を披露していた祖母と、今目の前を歩いている祖母が同一人物に見えない。どちらが本当の祖母なのだろう。
「ばあちゃん、またよろけたら危ないから俺の隣歩いてよ」
ひとまずそう声をかけて、可能な限り早足で祖母に追いつく。
「あら、追いつかれちゃった」
そう言って、うふふと笑う祖母は少しだけ寂しそうに見える。
「優斗、覚えてるかい? 優斗がまだ小さい頃、よくばあちゃんと近所を散歩したんだよ。家の中にいたって、うちにはおもちゃもゲームもなかったからね。つまんないだろうと思ってさ」
そんなことあっただろうか。記憶を探ってみるが、祖母に叱られていた記憶しかなかった。
「子供ってのは色んなもんが初めてのことだから、あっちこっち急いで行っては立ち止まって動かなくなって。犬の散歩の方が、よっぽど楽だと思ったもんだよ」
「俺は、犬以下かよ」
「あっはっは。それでな、今優斗がばあちゃんに追いついたみたいに、急いで優斗の隣にばあちゃんが並ぶと、優斗は安心したいい顔をしてたんだよ。それが急に思い出されてね。今じゃ、立場が逆だね」
考えても全く覚えがない昔話だが、祖母はひどく懐かしそうに話している。
「叱ってばっかりで、嫌なばあちゃんだったろう? 今でも変わりないか」
「そんなこと……」
次の言葉が出てこない。頭が上がらないというほど、祖母のことを俺は知らない。だけど、赤の他人というほど遠い存在でもない。俺が小さい頃から、祖母は祖母としていることが当たり前だったからだ。叱ることも、おもちゃもゲームもない家も、三食しっかり手料理の食事が出てくるところも、当たり前のことだから、改めて考えるということをしたことがなかった。
俺にとっては長期休みに両親に連れられて訪れるだけの場所。面白いとか好きとかじゃなくて、そういうもの。だけど祖母にしたら、それが大切な思い出なのかもしれない。息子も娘も家を出てしまって、祖母はあの古びた家で一人でずっと生きてきたんだ。祖父がいなくなってから、ずっと。
……これからも? 祖母はあの家で、一人で生きていくんだろうか。今みたいに転びそうになった時に支えてくれる人も、こうして思い出話を口にする家族もいない家で?
「誰か、うちとか、おばさんちとかで一緒に暮らそうって思わないの?」
家の鍵を開ける祖母の背中に向かって言った。
「自分の子供だってね、孫だってね、それぞれにそれぞれの人生があるんだよ。自分で生きられるうちは、自分で生きるよ。さ、重かったろう。早く下ろして、夕ご飯の支度しなくちゃ」
玄関が開くと年をとった人間の匂いと、古くなった木材の匂いが俺の鼻をかすめた。
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