Stand Up If You Want!(お題:スタンド)
華やかに舞い散った金と銀のテープさえ、もう輝いていない暗闇。煌めいたレーザーと照り彩る照明の余韻が引いていく一瞬の静寂――とはいえ、スタッフたちはバタバタと手足と脳を働かせて会場を、イベントそのものを駆け巡っているし、観客たちはまだ、ざわざわと直前のパフォーマンスの熱に浸っている。高鳴る鼓動に任せて身体を揺らし、心の逸るままに上げられる叫びには感動あり、アンコールあり、言葉にならないものもあり。とにかく、狂騒というほかない様相だった。
収容人数、千五百。中堅か、もう少し小さめといった
オープニングの「Flame Five」が会場を一手に燃え上がらせ、その熱量を一身に浴びて「Toy Box」は跳ね踊る。続く「オンガクシツ」はメンバーによる生演奏の迫力で、「どっぐ&きゃっと」は磨き上げられた愛嬌で、観客を魅了した。
そうして、最高潮のその上まで高め上げられたボルテージのバトンを受け取って、ついに登場するのは同世代トップクラスの「
そのはずだった。
愛らしい犬と猫が去った舞台上。いつもよりも少し長い待機時間の後に現れたのは、マイクスタンドがひとつ。青黒い照明の中で、たった一本の頼りない影が、いつの間にか浮かび上がっていた。
アイドルファンたちは困惑した。最は、三人組のユニットである。最は、ヘッドセット型のマイク一体型イヤーモニターを使用する。「ステ-ジにマイクスタンドが一本だけ」、なんて、最のステージではありえない。
その異常が二階席の最後列まで伝播して、ようやく人影が舞台袖から現れた。とんとん、と軽くも響く確かな足音と、揺れる肩ほどの髪の影。シルエットだけでわかるほどに衣装に飾り気はなく、しかしそれでも目を離せないほど揺るぎない存在感があった。
空調が冷たい空気を運ぶ。それ以上に、その少女が張り詰めた気配を齎す。
仮にもアイドルの合同フェスであるのに、入場にも、風体にも、何の工夫もなさすぎる。
脚は、教本で言うところよりも少し広く、堂々と。両腕は繊細に、ぴったりと彼女に合わせられた高さにあるマイクを引っ掴む。確かに見事な美しさではあったものの、それでも「目を惹く」程度のものであって「世界観に引き込む」ものではなかった。
真っ暗なステージの中で、せっかくの熱狂が覚めるほどの時間と違和感をかけ、彼女は構えた。
観客は、何も言わなかった。最が出てこないこと、それ自体はもう問題になっていなかった。
――あぁ、ここからだ。
誰かが、そう呟いた。ステージ上の少女がそう呟いたとは、その時は誰も気付いていなかった。それほどに、緊張感のない自然な独り言だった。
〈Stand up if you can.〉
朗々と響くその声は、愛らしさの中に鋭さを持つ、ハスキーで力強い音色をしていた。まず、一階席前方の観客がその響きと風格を直に喰らった。
〈Stand against if you can.〉
前置きもなく、その歌は始まった。二節目でようやく舞台上の少女が歌い始めたのだと気付いた者もいるくらいに、前触れなく始まったのだ。逆に言えば、千五百余名がたった二節のアカペラ歌唱に惹きつけられたのだ。
〈Stand up if you want!〉
響く歌声は、歌唱開始までの異常性も、違和感も、最が出てこないことへの不満も疑問も破壊するだけのエネルギーがあった。胃の腑の底から突き上げれるような、心を剥き出しにぶつけられるような力があった。
〈Stand against if you want!〉
四節のイントロを朗々と、あるいは狼々と歌い上げて、ようやくステージ照明が動き出した。青と黒のヘヴィな世界の中で、フロントライトとサスペンションライトが少女一人を照らして切り取る。本当に、小さな一人の少女が、シンプルなステージ衣装を纏い、立っているだけだった。
その少女は、すぅ、と思い切り息を吸って、マイクスタンドを獰猛に握り直し、宣戦布告した。
「立ち上がれ、お前らァ!」
オールスタンディング、椅子のないライブフェスにおいて、ある意味で全く意味のない煽り。
その本当の意味を、フェス参加者は十五分もせずに――あるいは、十五年経って、知ることになる。
たった一人、そこに立つことを選んだ少女の物語。その歌の意味を。
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