最終話 異世界帰りの年上彼女
夏休みが明けた。結局沖縄には行かなかった。ロコさんもあれから家に来ていない。
「ところでほむら、君はいつまでうちにいるの?」
「そりゃまぁ、だってロコは実家暮らしだし。それに私がいた方が蓮も嬉しいでしょう?」
「いや、別に……」
「流石に酷くない?私達、結構長い間一緒に旅したと思うのだけど」
「んー。と言っても、異世界とやらの記憶がないからなぁ……」
異世界転生。俺の感覚では、さっきまで夕食を買いにスーパーに向かって歩いていた筈なのに、気付いたらいきなり見覚えのない世界で立ち尽くしていたのだ。それで神様っぽい声が「望む報酬を述べよ」とか言ってきたから思わず「ギャルのパンティおくれ」と言いそうになったら脳内で【バカなの!!!ロコの記憶を戻すんでしょう!?】と凄い剣幕で怒られたから「じゃあそれで……」と呟いたら視界が揺れ始めて暗転。目を開けるとそこは良く見知った住宅街で何故か隣にはほむらと名乗る少女がいた。
ほむらは俺にこれまでの事を説明した。それは到底信じられる話ではなかったけど俺は信じた。一瞬だけど異世界を見ていたし、というかほむらが魔法を披露したから。
どうやら俺は大切な記憶と引き換えに魔王を倒したらしい。その「大切な」の部分が要するにロコさんに関することで、だから彼女と出会ってからの記憶が全て飛んでいる。逆にそれまでの記憶は残っているから生活には支障がない。せいぜい勉強が少しだけ遅れたくらいだ。ほむら曰く、その事も含めて俺の計画通りだったとのこと。ふーん。
記憶を無くす前の俺は記憶を無くした後の事も考えていたようで、これまでの事はほむらから詳しく聞かされた。そして記憶を無くした事をロコさんに悟られないように演技をするように言われた。ほむらは真剣だったし困っていたようなので俺はそれを受け入れた。で、結果はコレだ。そりゃあ、そうだろう。聞かされた話だけで経験や想いを再現できる訳がない。そんな事を俺が想像出来ない筈がないので恐らくはこの状況も予想通りなのだ。いきなり分かったらショックが大き過ぎるからワンクッション入れただけ。まぁ、それだけロコさんの事が好きだったのだろう。今の俺には良く分からない。彼女を一目見た時に外見的には可愛らしいと思ったが、不自然な程それ以外の感情が湧かなかった。自分でも良く分からないが、なんというか、彼女を認識するのが難しい。
程なくしてほむらも家から居なくなった。手紙が置かれていて「もう残る理由もないから、天使業に戻るわ。今までありがとう。そして、巻き込んでごめんね」だそうだ。え?あの子、天使だったの?天使業って何?
でも、それに関しても特に気にしていなかった。彼女の作る料理は美味しかったけど何故だか物足りなさを感じていたし、体感的には巻き込まれたとも思ってないし。要するに元の生活に戻っただけ。何不自由のない、かといって面白味もない、穏やかで幸せな愛すべき日常に。
時間は過ぎる。そろそろ夏も終わりだ。
記憶のない期間に俺は彼女を作るという約束を碧斗としていたらしく、夏休みが終わっても彼女の出来ない俺に業を煮やした碧斗によって合コンが行われた。ヤツはヤツで顔が良いし人付き合いも広いから連れてこられた女の子のレベルは高く、また俺も自分で言うのもなんだけど容姿端麗成績優秀スポーツ万能なハイスペック男子であるからしてその合コンは非常に盛り上がった。
深雪ちゃんという童顔巨乳の子と特に馬が合って、合コンが終わった後に二人でカフェって帰りも送った。とても良い雰囲気だったのだが俺は不意に謎の気持ち悪さに襲われる。
あれ?俺ってこんなに、恋愛にノリノリな人間だったか?見た目はともかく、俺の中身ってもっとこう「今のままで十分。リスクを負う必要がない」みたいな無駄に悟った感のあるチー牛じゃなかったか?
そのまま帰り際にキスまでいきそうになったが俺は止まる。止まってしまう。彼女には「流石に早過ぎる。次に取っておこう」と誤魔化して連絡先を交換して別れた。彼女の姿が見えなくなったところで俺は近くの公園のトイレに駆け込んで吐く。理由は分からないが、彼女とキスをするという行為に体が全力で拒否反応を示している。いや、これヤバくない?これじゃあ一生童貞じゃん。いくらなんでも陰キャ過ぎだろ俺。
……季節は秋。俺の生活も完全に元通り。学校から帰ってきたら冷蔵庫に食材が無いことに気付いてスーパーに買い出しに行く。心地の良い風が吹いているので歩くことにする。団地を抜けて閑静な住宅街に差し掛かったところで目の前におかしな光景が。女性が立っている。背は高くも低くもない。もう少し近付かないと顔は良く分からないが、着ている服がおかしい。RPGの装備的っぽい。そしてなんかうっすら光ってる。加護かな?あれ。あの剣、見たことあるような……。
でもヤバそうな感じがするので俺はそちらを見ずに通りすぎることにする。声が掛かる。
「あ、あの!すみません、今は西暦何年でしょうか?」
えー。その服装で未来人設定はないわ。詰め込みすぎ、良くない。……ただまぁ、困ってそうだし仕方ない。無視して切られるのも嫌だし。俺は視線を向ける。
「…………。ロコさん、何やってるんですか?」
「2021年……。そう、そんなに経っていたのね……」
「いや、まだ何も答えてないんですけど」
「……ぐす」
泣いた!?なんで!?
「あのね。信じられないだろうけど私、勇者やってたの。ちゃんと魔王は倒したんだけどね。この世界に帰ってくるときにね、ちょっと記憶が曖昧になってる部分があるというか……」
「いや、信じますけど、それもう治ってますよね」
「……待って」
別に立ち去ろうとしてないですけど!?
「警察は嫌よ。記憶が戻るまでの少しの間で良いから、助けて欲しいの」
「いや、呼びませんよ。良く分かりませんが、困ってるなら言ってください」
「……ぐす。本当はこんな事したくないのよ。でも聞いてくれないなら、こうするしか……」
なんで!?助けるって言ってるじゃん!?なんか呪文唱え始めたし!!!
「……サラマンダー」
俺と彼女の間に火柱が出現する。直径は5m程で道幅ギリギリ。地面から天空に向けて火炎が立ち上がりすぐに消える。
「すご。ロコさんも魔法使えるんですか?」
「今のはメラよ」
「……なんだか分からないですけど、とりあえず落ち着きましょうよ」
「ね?そういう、こと、だから、お願い……」
彼女は、泣いていた。
心がざわつく。苦しい。息が出来ない。心臓のあたりに激痛が走る。
駄目だ。分からない。記憶はない。でも。
それだけは、許容出来ない。
体が動く。
彼女を抱き締める。
鎧が固くて痛い。
彼女がこちらを見つめてくる。
涙で光ってとても綺麗だ。
絶対に守らなければならない約束。
重力に引寄せられるように。
彼女との距離はゼロになる。
一度顔を離す。
俺はただ一言答える。
「……はい」
こうして俺は、野良女勇者を拾うのであった。
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