第47話 その想いは

「あ!蓮君蓮君!そう言えば沖縄旅行に行ってなかったの!夏休みが終わる前に行きましょう?ギリギリセーフなの!」


「…………?あ、はい。そうでしたね。うん。まぁ、俺は宿題終わらせてるから大丈夫だけど、ロコさんは平気なんですか?」


「大学生には宿題なんてないから大丈夫なの!」


「……なるほど。ちなみに旅行の事は、ちゃんと親御さんには言ってるんですか?」


「夏休みだから大丈夫なの!」


「って言うか、嫁入り前の娘が一人暮らしの高校生の家に入り浸ってることは知ってるんですか?」


「妹には言ってあるから大丈夫なの!」


「ロコ、それは多分、全然大丈夫じゃないと思うわよ?」


「……ほむちゃん!」


 蓮君は異世界から帰ってきた。私の記憶は元に戻った。だから今の私はもう専門学生でもないしケーキ屋の娘でもない。なんならケーキ屋のバイトもしていない事になっていた。私は大学生で、両親と妹と実家暮らし。来年から就職活動予定だ。


 今まで通りの日常。問題は全て解決。毎日ハッピーで、限りなく幸せ。


 でも、なんだろう。蓮君の様子に少し違和感を感じる。


 それを確かめるために、蓮君が買い物に行った隙を見計らってほむちゃんに訊ねる。


「……ねぇほむちゃん。なんだか、帰ってきてから、蓮君ちょっと元気がない気がするの」


「…………。向こうの世界では色々と大変だったから。直に戻ると思うわよ」


「……待ってる間にね、なんでこんなに時間が掛かってるんだろう?って不思議だったの。何か、あったの?」


「ああ、それはね、私と蓮で行った世界はロコの行った世界と同じだったのよ。だから蓮は、ただ魔王を倒すだけで済ます訳にいかなくなった」


「え?」


 私と同じ世界?それはつまり、アローレンさんやシュージィさん、エルトのいる世界。


「あの世界は、異世界転生者が現れる度に魔王が復活する。それはもう、どうしようもないルール。だから蓮は、あの世界の人々に自衛の術を与えて回った。……具体的には、神の七大罪装備の確保と、主要都市部における魔法教育の強化。エルトは天才だけど教えるのは下手だから。蓮はロコや私から学んだ事を、誰でも分かるように記録に残した」


「そうなの……。蓮君……」


 良かった。本当に。私が救った世界で、私が救った人達が生きている。そしてそれを、蓮君は重要視してくれた。感謝してもしきれない。


「最終的にはぶっちゃけ七大罪装備を一つだけ持った一部隊で魔王を殲滅できるレベルにまで至っていたわ。大魔王は別だけど、あれはまぁ、向こうからは攻めてこないから無視しても問題ないし」


 そうか。だったらもう、あの世界の人々が危険に晒されることもない。……凄いなぁ。蓮君は、私に出来なかった事を当たり前のようにこなすんだから。


 ほむちゃんからその話を聞いて私は納得したし安心した。


 でも、少し経って、また違和感が顔を出す。


 だったら、私が蓮君に感じている異変の正体はなんなのか。


 ほむちゃんに聞いても、きっと私の望む答えは得られないという確信があった。


 一方で、私の中で既に答えは出ていた。


 なんと言うか、蓮君の私に対しての態度が、よそよそしい気がするのだ。


 私は蓮君が好きだ。蓮君も私の事が好きだ。相思相愛なのだ。そしてこれまで存在していた全ての障害は無くなった。馬鹿みたいな話だけど、だったら、もう少しこう、イチャイチャするのが普通じゃないだろうか。沖縄旅行の話を出しても、否定こそなかったものの明らかに乗り気じゃなかった。


 ……嫌な予感がする。


 私は、それを確認する手段を持っている。多分、確認しない方が良い。確認してもどうにもならない可能性が高い。でも私は知りたいのだ。直接彼から聞く必要がある。そうでなければ、私に彼を好きでいる資格はない。


「ねぇ蓮君、あのね、蓮君が異世界に行く前にした約束、そろそろどうかなって思うんだけど……」


 もう一度、彼とキスをする。


「ああ、そうでしたね。俺もホラ、疲れててですね。なぁ?ほむら」


「……そうね。あまり私の前でちゅっちゅやられるのも腹が立つわね。邪魔するわよ」


「そうですよね。そういうことはもう少し段取りを踏んでからですね……」


「…………。ねぇ蓮君、私に何か隠し事、してない?」


「いや、そんな事はないですけど……」


「それとも、私の事、嫌いになったの?」


「そんな訳、ないじゃないですか」


「いつから、ほむちゃんの事をほむらって呼ぶようになったの?」


「…………」


「ごめんね。本当は、戻ってきた蓮君を見た時から分かってたのに。私はそれを信じたくなくて、今日まで聞けなかった」


 そう。私には見えていた。全知の魔眼。全てを見通す神の叡智。蓮君の身に起きている事。私はそれを、嫌という程経験していたのだから。


「貴方の中に、私はいないんだね」


 私の目に映る真実。蓮君の中にはあるはずの物がない。


 私と過ごしたあの日々の記憶。それが、ごっそり抜け落ちていた。

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