第45話 異世界転生前夜
「…………」
「どう?」
いや、どうって何?え?もしかして今までの作り話だったりするの?嘘でしょ?
「なんというか……。そうですね。あえて言うなら、最終戦だけシリアス過ぎません?」
だってさ、今までずっとギャグだったじゃん。
「まぁ、それは置いといて。いくつか真面目な質問をさせてください。ほむほむは最後の最後で浄火とかいうチート技で魔王倒したじゃないですか。話の中で何度か魔王を追い詰めてましたけど、その時に使えばもっとこう、代償にする記憶は少なくて済んだんじゃないですか?」
「残念だけどそうはならないのよね。HPが減ったからと言って存在自体が小さくなる訳じゃないから。最初に使おうが最後に使おうが代償は同じ。ロコの場合、こちらの世界にいた時の記憶全てと、向こうの世界で過ごした記憶のおよそ半分を失ったわ」
……なるほど。そんなに上手い話はないのか。でも一方で、必ずしも記憶の全てを失う訳じゃないんだな。それは相手の存在の大きさによるのか。いや、待てよ?
「……ちなみに、こちらの払う犠牲よりも、相手の存在の方が大きい場合にはどうなります?」
「……そうねぇ。その場合でもまぁ、ステータスの変化で言えば相手の最大HPが減る訳だから、こちらが有利になることは変わらないわ。ただ、記憶の全てを失うことになるから、相手を倒す理由なんかも忘れちゃうわね。仲間がいる場合や、私を掴んでいてくれれば私が何とかするけど、そうでなければ殺されるわね」
「……支払う記憶を選択する事は?」
「ざっくりならともかく、細かい指定は出来ない。基本的に、それが良い感情だろうが悪い感情だろうが、その起伏が大きい物から順番に使われる。そして対象が消えるか、こちらの記憶を使い切るまで止める事も無理」
……使い勝手が悪いな。最後の最後まで使わなかった理由も頷ける。不意討ちでアローレンがやられた時点でロコさんが神に願う事は変わらなかっただろうから、実際、出来うる限り使いたくは無かったのだろう。まさしく最後の手段だ。
「了解です。大体分かりました。向こうの世界で流れる時間は1/100でしたっけ。だったら一晩もあれば十分でしょう。善は急げです。今日、ロコさんが寝たら行きましょうか。で、それまでは異世界攻略のお勉強です」
「……そんなに急がなくても良いのよ?」
「まぁ、色々考えたら行きたくなくなるかも知れないですし」
むしろ、今すぐの方が良いとも言える。本当にロコさんを思うのであれば。
「それはそうかもしれないわね」
「大丈夫ですよ。俺、結構RPG得意ですから。アクションもいけるし格ゲーも好きです」
「もっと安心させるような事、言えないの?」
そんなやり取りをしながらも、俺は真剣に異世界の情報をロコさんから聞き出す。記憶力には自信があるのだ。命懸けの旅。失敗は許されないとなれば情報の有用性は語るまでもない。行く前に、行った後で行うべき行動は全て決めておく。後はただ、それを機械的になぞるだけ。唯一心配なのは最後の壁である大魔王。例えばロコさんの冒険で、最初からそれが分かっていたとして、何の犠牲も払わずに倒すことが出来ただろうか。だがそれについても既に勝算はあるのだ。おそらくは問題ない。俺の、ロコさんへの気持ちが本物なら。
……ひとしきり情報は集め終わった。ざっくり計画も立てた。細かい事は向こうの世界で決めれば良い。
そうこうしている内にあっという間に夜になった。ロコさんが帰ってくる。騒がしくて、実に幸せだ。
「ただいま!あのね、聞いて聞いて!凄いんだから!今日バイト終わりに店長から呼ばれてね?なんと時給が50円上がったの!」
「おかえりロコ。それは凄いわね。そのペースで昇進したら直ぐに社長になれるわ」
「個人のケーキ屋の社長って店長なんじゃ……」
「暖簾分けなの!」
……悪くないんじゃないだろうか。でもそれをするには結局の所、色々資格が要るのだ。パティシエになるための学校にだって行く必要がある。彼女の記憶の復活は、早ければ早いほど良いだろう。
「今日は気分が良いから、私がご飯作るの!」
「ええ。お願いします。丁度、ロコさんの料理が食べたいと思ってた所です」
「……?分かったの!ちょっと待ってて!」
そう言ってロコさんは台所へと駆け出していく。玄関に佇む俺とほむほむ。
「蓮……」
「感傷とかじゃなくて、これは必要な事です。後は、ハグの一つでもあれば完璧だ」
「貴方、まさか……」
「いや、ほら、俺の時間感覚からしたら暫く会えない訳じゃないですか。この戦いが終わったら、ロコさんと結婚するんだ」
「……死亡フラグ立てないでよ」
そうして俺達は、皆で夕食を囲んだ。いつも通りだ。いつも通り、ロコさんがボケて、ほむほむもボケて、俺は突っ込み役。
なんでだろう。別にロコさんと会う前の人生が空虚だったという訳じゃない。特に目標や生き甲斐はなかったけど、何不自由ない生活だったんだ。それはそれで、普通に幸せだった筈だ。
なんでだろう。なんでこんなに、幸せだと感じてしまうんだろう。
この生活がずっと続けば良いのに。
ロコさんの記憶をわざわざ戻す必要なんてない。
戻さなければ、ロコさんはずっとここに居てくれる。俺がどこへ行こうとも、お願いすれば付いてきてくれるだろう。そうなる確信があった。
わざわざ、命の危険を侵す必要なんてない。デメリットが大きすぎる。
上手くいったとして、俺が得られるメリットは、ない。
だったらなぜ。
決まってる。
そうすることが、彼女の人生にとって、最もプラスだからだ。
彼女に幸せになって欲しいのだ。
……そう思ってしまったのだ。
ほむほむからロコさんの話を聞き終えた後、すぐにでも異世界へ行くべきだった。
こうやって幸せな時間を過ごしてしまえば。ほら。迷いが生じてしまう。
本当は、行きたくないよ。
でも、行くべきだ。
「蓮、やっぱり、行くの止める?」
夕食を食べ終わった。歯磨きをした。お風呂に入った。皆で雑談した。ロコさんは寝た。
十分に時間が経ってから、俺とほむほむは俺の部屋に集まった。
ほむほむが聞いてくる。俺の頭には選択肢。
⇒はい
いいえ
「まさか。さぁ、行きましょうか」
「……分かったわ」
ほむほむは何やら呪文を唱え始める。多分、神様とやらに連絡を取るための呪文なのだろう。いや、俺達をそこへ誘導するための呪文か?俺とほむほむの体が透け始め、肉体の感覚も、徐々に薄れていっている気がする。……覚悟を決めろ。後戻りは出来ない。
不意に、部屋とリビングとを繋ぐ扉が開かれる。……まずい。
「蓮君……!ほむちゃん!一体何してるの!!!止めてよ!」
「ロコ……」
「…………」
多分、これから俺がしようとしている事を、ロコさんは望まない。仮に事が上手く運んだとしても。いや。関係ない。俺は俺がするべきだと思ったことをする。俺がしたいことを。
「なんで!?こんなこと!!!ほむちゃん止めてよ!本当に怒るよ!!!」
「……これは、元はと言えば私の責任でもあるから」
「そんな訳ないでしょ!?私は、今のままで良いから!十分幸せなの!!!」
……そうだよな。ロコさんなら、きっとそう言うと思った。
「違うんです。いえ、例えロコさんがそう思っていたとしても、俺もほむほむも、ロコさんにはもっと幸せになって欲しいんです」
「おかしいよそんなの!私は、そんな風に思って貰えるようなこと、何もしてない!」
「それはその……。単純に、ロコさんのことが好きなんです。おかしいですか?」
「な……」
「……蓮、良く言ったわね。そういう事だからロコ、蓮はこれから異世界に行く。それは彼が決めたこと。確定事項よ。餞別にハグでもして上げなさい。喜ぶわよ」
え。いや、確かに言ったけどさ。直接要求するのは違くない?
そんな俺の思いとは裏腹に……。
「…………!?」
「……」
ロコさんはハグどころか、キスしてきた。
「……帰って来なかったら、絶対に許さないから」
こんなに人が怒っているのを見るのは初めてだ。……違う。泣いてるのか。
俺は軽口を返す。
「任せてください。それと帰ってきたら、もう一度さっきのお願いします。もう殆ど体の感覚無くてですね。非常に遺憾です」
「……馬鹿!!!」
その言葉を最後に、俺の体の感覚は完全に消えた。
意識も一度暗転し、気付けば目の前には……。
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