第44話 私の……

「ハァ、ハァ、ハァ……。まだ……。まだやれる……!」


「執念だな。もう魔力もないのだろう?……そうか。逃げる事も出来ないから、私を殺す以外の選択肢がないのだな」


 その通りだ。魔王を倒す。そしてその可能性はゼロではない。攻防は拮抗している。私の攻撃により、魔王のHPは徐々に減っているのだから……。


「世界の理が見えるというのも、こうなると酷な力だな。お前には、私の体力も見えている。確かに。確かに私は徐々に死に向かっているな。しかしだ。お前が力尽きるまでの間に、私が倒れることはない」


「…………はぁぁぁああ!」


 一太刀、魔王に浴びせる。その度に魔王のHPは減少する。ほんの、少しだけ。


「それに、だ。お前に残された手段はこれだけだが、私はそうではない。……例えば、今までお前たちを仕留めてきた黒箱を、こう使う」


 魔王が下から上に向かって手を振り上げる。私は咄嗟に避けてしまう。しまった。だがもう遅い。私と魔王の間に黒い壁が出現する。私はそれを、サラマンダーで吹き飛ばす。その先にも、また黒い壁が。吹き飛ばしても、吹き飛ばしても、吹き飛ばしても。次から次へと。魔王に、辿り着けない。


 黒箱の生成に力を使うため魔王のHPの回復速度は非常に遅い。遅いが、回復に向かう。これが意味することは明らか。


 血の気が引く。さっきまでゼロではなかった希望。今は……。


「……卑怯。卑怯だ。こんなの……!」


「均衡は簡単に崩れる。当たり前だろう。お前一人で倒せる程、魔王の名は軽くない」


 ……負ける。


 死ぬ。


 駄目だ。


 今度こそ。もう、本当に打つ手がない。


【……ロコ。打つ手は、ある】


 ほむちゃん?


【ただし、それ相応の対価が必要になる。でも、もうこれしかない】


 …………。ほむちゃん。ありがとう。いつも助けてくれて。私はほむちゃんを信じる。だから、力を貸して。


【…………。分かったよ。私の、真の力を。神との契約を】


 自然と、それに必要な詠唱が頭の中に流れてくる。


「……世界の根源たるマナから造り出されし神の意志。その意味するは憤怒。大地を割り、海を枯らし、空を堕とす。壊せ……」


摩訶鉢特摩マカハドマ


 今まで手にあった剣の重みが消える。代わりに、右手には木製の板切れが握られていた。これは、尺?


「どうした?早く黒箱を潰さないと私の体力が戻るばかりだぞ。それとも、諦めたのか?」


 魔王が何か言ってる。けれど、私はその言葉を理解出来ない。なんだろう。何か。大切な何かが、心から溶け出しているような……。浮遊感。夢と現実の境。アレ?何これ。体に力が入らない。ほむちゃん?


【……ごめんロコ。貴方を助けるには、コレしか無かった。結局、神の予定通りの結果になってしまった】


 え?何を言ってるの?よく分からないよ。…………あ。


 綺麗…………。


 目の前の光景。魔王がこれまでに生成した黒箱。仲間が閉じ込められたそれも含めて、青だったり赤だったり黄色だったり緑だったり、色とりどりの炎が挙がる。黒箱箱だけじゃない。床も、壁も、天井も、調度品も、魔王も。とても幻想的な風景。音も立てずにただユラユラと。不思議と暑さも感じない。


「…………!?なんだコレは!!!体が再生しない!!!馬鹿な!?そんな筈はない!!!私の再生は、それこそ神の……!!!お前、一体何をした!!!」


 私には、何が起きてるか分からない。代わりに、ほむちゃんが私の体を使って回答してくれる。多分、私への説明も兼ねてくれているのだと思う。優しいほむちゃん。


「……コレは魔法じゃない。浄火だよ。お前が再生出来ないのは、お前という存在そのものを、直接炎に変換しているからだ」


「…………!?あり得ない!!!仮にそれが可能だとして!!!一体どこからそんなエネルギーを!!!」


「……炎龍獄剣ホムラのサラマンダーはMPを使わない。それは、使用者の正の感情をエネルギーにしているから。だから、正確に言えば無限に放てる訳じゃない。ロコは前向きで、常に明るかった。周りの環境も良かった。ロコだから、デメリットなく使えていた」


 そうなんだ。もし暗い人が使ってたら、鬱になっちゃうのかな。私も実は危なかった?ああ、でも、この世界に来てから毎日楽しかったから。そういえば、ほむちゃんも最低限の使用で済むように火力調整してくれてた気もする。まぁ、何でも良いや。ほむちゃんは、私が傷付くような事はしないんだから。


「……今、エネルギーにしているのはロコの記憶だ。楽しかったこと、面白かったこと、嫌だったこと、腹が立ったこと、辛かったこと、寂しかったこと、悲しかったこと、悔しかったこと。そう言った、喜怒哀楽の記憶。ロコという存在を形作っている、おおよそ全て」


 …………そっか。でも、ほむちゃんは私のためを思って、そうしてくれたんでしょ?


「ふ……。ふは。ふははははははははは!!!愚かだな!!!それを犠牲にして私を倒した所で、お前に何が残る!!!そんな事をすれば!星からも忘れ去られるだろう!この世界にも、元の世界にも!お前の居場所はありはしない!!!良いだろう!!!私と心中するという訳だな!!!ふは。ふはははははははははははははは!!!」


 ……そうなんだ。でも大丈夫。ほむちゃんは私のそばに居てくれるでしょ?


「うん。その通りだよ。私はずっとロコのそばに居る。それに大丈夫。無くした記憶は神の報酬で取り戻せる」


 そっか!そうだよね。ああ、なんだか疲れた。安心したら、眠くなってきた。ごめんねほむちゃん、後はよろしく…………。


「…………」


 ……全てが炎になって、何もなくなった魔王の城で空を見上げる。


 いつの間にか夜も明け、視界には雲一つない青空。


 こんな、ハッピーエンドみたいな演出はいらない。


 なぁ、神よ。これで満足なのか?


 このあと、ロコが何を願うかも予想出来ているんだろう?


 ロコは絶対に、死んでしまった仲間の復活を望む。


 この世界がゲームだと知ってもそれは変わらない。


 ロコは誰より優しいんだ。


 そして、元の世界に帰るだろう。


 誰もロコの事を覚えていない世界に。


 だからせめて私だけはロコのそばに居てやりたい。


 人間の寿命なんて、私達からすれば一瞬だ。


 だから神よ。


 それくらいの我儘は、通してくれよ。

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