第42話 私の異世界転生 ep.8
「な、なんで……」
私は呆然と、シュージィさんが閉じ込められた黒い箱を見つめる。分解は間に合わない。アローレンさんで経験済み。エルトがいない今、それはより絶望的な現実だった。【ロコ!】頭の中でほむちゃんの声が響く。私は、私に近付く邪悪な気配を感じる。剣を構える。
「……!?」
いつの間にか、魔王は目前に。
「サラマンダー!!!」
火炎を放出しながら魔王を袈裟に切り、すぐに後ろに飛び退く。
「あ、あなたは……!なんで!どうして!?」
「……勇者を殺す。それが、私という存在の役割だからだ。……ふむ。あの老人は、先に殺しておくべきだった。……面倒だな。至極、面倒だ」
本当に面倒臭そうに、魔王は溜め息を着く。今再びサラマンダーに覆われた魔王はそこから動くことはしていないが、しかし、この持久戦はいつまでも続かない。炎龍獄剣ホムラから放つ炎にMP消費はない。それでも、この魔王と違って、人間である私は飲まず食わずではいられない。いつかは限界が来る。どうすれば……。
【ロコ!避けて!】
「……!?」
ギィイイン!!!
硬質的な音。魔王の手刀を、ホムラで受け止める。なんで?動けない筈じゃ……。
「……ああ。パーティーがお前だけになった時点で、この魔法は足止めにならない。多少回復にリソースが回せなくなったところで、こちらの体力が尽きる前に、お前を殺せるからだ」
【ロコ!受け身に回るな!絶えず切り裂いて、内側から焼くんだ!回復に専念させろ!】
「……!!! あ、ぁぁぁぁぁああああああああ!!!!」
ほむちゃんに促されて、私は魔王を攻撃する。魔王は一方的に攻撃を受ける。サラマンダーを放ちながらの攻撃はダメージは入るが、魔王はそれを不気味に受け続ける。これは、シュージィさんの時と同じ……。周囲を全知の魔眼で注意深く観察する。魔王の体から、神経毒の粒子……?
「なるほど……。神の七大罪装備か。厄介だな。それに、その鎧も。搦め手が効かない。あの老人のようには行かないか。面倒だ……」
私は魔王の言葉に耳を貸さない。ほむちゃんが言っていたのだ。魔王にだって限界がある筈だ。やってやる。私の命が尽きる前に、目の前の敵を討ち取る。
「しかしだ。お前が本当の意味で勇者だったなら。お前には、全て見えているんだろう?例えば、お前が警戒を怠らなければ、最初の奇襲を防げたかも知れない。あの戦士が死ぬことも無かった」
「……」
【ロコ!何も聞くな!今は、何も考えるな!】
切る。切る切る切る切る切る切る切る切る切る。ただ、ひたすらに。抵抗してこない魔王を。モンスターとは違う感触。おそらく、人を切断するのと同じ。気持ち悪い。
「私を恐れずに、今のように全力で攻撃していれば。あの才能に溢れた若者が死ぬことも無かった」
「…………」
切る。切る切る切る切る。切る。切る。切る。切る……。切る……。切る……。
「お前に、私を倒す、確固たる意志があれば。私の甘言に惑わされず、あの老人が死ぬことも無かった」
「………………ぅ」
切る。切る。切る。切る……。切る…………。切る…………。
【ロコ!】
私は泣いていた。相変わらず、ほむちゃんは最大火力でサラマンダーを放ち続けてくれている。でも。体が、思うように動いてくれない。
「あの者達を殺したのは私だが、もしお前が勇者なら死ななかった。そうは思わないか?」
「……あ、ぁ」
切る。切る…。切る………。切る……………。切…………………。
「あ……」
私は、障害物も何も無い床に一瞬足を捕られた。その隙を逃すことなく、魔王の手刀が私の首を狙っているのが見えた。普通に動ければ、避ける事は出来たと思う。でも。もう、動きたくなかった。
私はやられる。これで、この物語は終わりだ。もう、いいや。なんだか凄く、疲れたよ。
…………?私の首をはね飛ばす筈の魔王の手は、しかし、その直前で止まる。
「こ、れは?なんだ……?体が、動かない。どこだ?細胞の、内側から?」
【ロコ。諦めるな。魔王の体は俺が止める】
「……エルト、なの?」
【ああ。この天才魔術師を取り込んだのが、魔王の運の尽きだ。でも、そう長くは持たない。俺が死ぬ前に、魔王を倒せ】
「嫌だ……。嫌だよ。エルトも一緒に」
【……ごめん。それは無理だ。でも、俺はロコが好きだから。お前だけは絶対に死なせない。俺も頑張るからさ。名残惜しいけど、もう、この会話も終わりだ】
「待って!待ってよ!」
エルトの声は聞こえない。それに割く余裕がないのだろう。
「……ぉ、ぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!こ、の。死に損ないがぁぁぁぁああああ!!!」
初めて魔王の声に焦りが混じる。私とエルトのサラマンダーでは変化の無かった魔王のHPが減り始める。……やらなきゃ。私が。
「ああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
私は頭を空にして、再び魔王への攻撃を開始する。私はもうどうなっても良い。でも、エルトや皆のこれまでを否定するようなことだけはできない。
…………どれだけの時間そうしていただろう。この空間を支配するのは、私と魔王の絶叫。肉を切る感触と、肉が焼ける臭い。関係ない。私は勇者だ。
無限に思われた魔王のHPも底が見えてきた。……やれる。このまま押し切る。魔王を倒して世界を平和に。それが私に出来るせめてもの……。
……?今、肉を切る感触が、少し変わった?これは……。
「っが!!!」
気付けば私は魔王に蹴り飛ばされていた。ダメージは大したこと無い。どうせ鎧が回復してくれる。問題はそこじゃない。魔王が動いたと言うことは……。
「はぁ。はぁ。はぁ……。よ、ようやく死んだか。吸収部位の特定と切り離しにここまで手こずるとは。あの魔術師は、それを見越して、自らの体を分解して広範囲に転移させていた。とても正気とは思えん。称賛に値する。しかし、これで今度こそ終わりだ」
「終わりじゃない!!!」
私はすぐに復帰して、魔王に剣撃を浴びせる。しかし……。
「いや、終わりだよ」
当たらない。あるいは、いなされる。ダメージが入らない。これまでが嘘のように。
「……なんで!?」
「あれだけ太刀筋を見せられたらな。回避に専念すれば、受けられないこともない」
サラマンダーは放ち続けている。しかし、私のサラマンダーよりも、魔王の回復速度の方が……。
「当たれ!当たれ!当たれ!当たれ!当たれ!当たれぇぇぇええええ!」
私の声は虚しく木霊する。
「私は再生の魔王。神の悪意。……誇っていい。ここまで追い詰められたのは初めてだ」
「……う!」
ガィィン!
魔王が攻撃に転じる。
それが意味することは……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます