第41話 私の異世界転生 ep.7

「……さて勇者よ。もうお前に勝ちの目はない。今ならまだ、見逃しても良い。元々私は、私を殺しに来る人間を殺しているだけなのだから」


「…………」


 魔王は語る。業火の中で当たり前のように。私は何も考えられなかった。辛うじてシュージィさんに息はあるものの、パーティは全滅。もう戦う気力なんてないのに、ほむちゃんはサラマンダーを放ち続けてくれている。そうでなければ、私も既にやられているだろう。


「……ふむ。そうだな。仲間を二人失って逃げるのも、勇者としては難しいか。ならば少しだけ、世界の真実について話そうか……」


「……?」

 

 魔王は語る。敵意は感じられない。私の思考は相変わらず停止している。頭の中でほむちゃんの声が響く。【駄目だロコ。ヤツの話を聞くな。このまま焼き続ければ、いつかは再生が追い付かなくなるはず。諦めるな】


「勇者よ。この世界はゲームだ。お前以外の人間は、私も含め、ただのプログラムだ。……例外はいるがな」


「…………」


「したがって、失った仲間に対して悲観する必要はない。逃げても構わない。お前の元いた世界には帰れないが、しかし、こちらの世界で生きる事と然したる違いがあるわけでもない」


「…………」


「だが、私にこのまま挑み続け、命を失った場合には、それで終わりだ」


「……なんで」


 頭の中にほむちゃんの声が響く。【止めろ。取り合うな。アレは、魔王だ。純然たる悪意の塊。そういう存在なんだ!】


「……なんで、そんな事を私に教えてくれるの?」


「……神から私に与えられた権能は再生。この世界に生まれてから、どれだけの月日が経ったか。最早覚えてすらいない。私に挑み、散っていった勇者の数もまた。……私は自ら死ぬことが出来ない。そして、外敵に対して反撃するようプログラムされている。……私は長く生き過ぎた。今回は少しだけ期待したが、やはり駄目だった」


「……それならどうして、人を苦しめるの?」


「私にその意思はない。私に与えられた役割は、あくまで勇者を倒すこと。いや、本来なら倒されることなのだろうな。他の魔王や、モンスターに関しても同じこと。そういう役割を与えられているから、そう動くだけのこと。逆に言えば、この世界における人の役割は、魔族に苦しめられることなのだ。そうでなければ、勇者が、お前らが、私を倒す理由がないだろう?」


 魔王は、語る。

 

 何故だろう。荒唐無稽な話の筈だ。だけど私は彼の言葉をすんなり理解できてしまった。自分でも気付かない内にサラマンダーの勢いが徐々に弱まっていく……。いつの間にかほむちゃんの声も聞こえない……。


「……私はおそらく、バグなのだ。パラメータ調整を間違えて設定され、そのまま放置された。きっと、このような世界はここだけではないのだろう。だから神も、いちいちその一つ一つに対して対処することもない。いや、あるいは……。悪趣味な神がいるのかもしれない。勇者の敗北が前提の。そういう物語を期待している神が……」


「……そんな、こと」


 ないと言えるだろうか。私は私が死んだことを自覚していて、死にたくなかったから何も考えずに天使の話に乗った。デメリットが無かったから。私にとって都合の良い話だった。世界を救えなければ死ぬが、それは何もしなければ同じこと。もし世界を救えれば生き返ることが出来る。願い事も叶えてくれる。そう。メリットしかない。


 じゃあ、神様には、それをすることに何のメリットがあるのだろう?


「私はこれまで何人もの勇者と刃を交えてきた。彼らは、いつだってこの世界の人間ではなかった。争いもない、戦った事もないだろう、平和な世界の若者だ。願いをエサに、私を殺しに来る。これはつまり、そういう物語なのだろう。いい加減、私も飽きてきた。私を殺すことが出来ないならせめて、放っておいてくれないだろうか」


「……分かった、の」


 私は、剣を降ろしてしまう。それと同時に、サラマンダーの火炎も消える。


 元の世界に帰ることが出来ない。それは勿論嫌だったが、しかしここで死ぬよりはマシなのだ。それに、魔王の話を信じるとしたら。いや、それが例え嘘だったとしても。そもそも私には彼を殺すだけの理由はない。大義に隠れていただけで、この魔王討伐という行いは、本質的には自分の願いのために他者を踏みにじる行為だ。なんで、今まで気が付かなかったのだろう……。


「理解してもらえたようで何よりだ。そこで気絶している老人は生きている。彼を連れて、ここから去ることだ。……できれば、もし次の勇者が誕生するような事があれば、同じように説明して止めてほしい。わざわざ死にに来ることもないだろう」


「分かったの……。そ、そうだ!じゃあ私からも一つお願いがあるの!モンスターに、人間を襲わないように言って欲しいの!そうしたら、争う必要もないでしょう!?」


「……残念だが、それはできない。やっても意味がない。さっきも言ったがアレらは、そういう役割を担っているだけなのだ。プログラムされた通りに動いているだけ。それを変える権限は私にはない。方法があるとすれば、私を殺して、神にそれを願う以外にはない」


「……そう、なの」


 自分で言っておきながら、私はその答えが予想出来ていた。ただの悪足掻きだった。責任逃れかも知れない。でも駄目だった。これで私はもう、王国には戻れない。


 私はシュージィさんの元へ歩く。彼はきっと、回復したら仲間を集めてまた魔王討伐に来るだろう。今度こそ死ぬかもしれない。でも、私にはそれを止める事はできない。一緒に行くこともない。なんだか頭がボンヤリする。もう、何も考えたくない。


 彼を抱えようと思い、膝を着く。その瞬間、


「え……?」


 私は何が起きたのか理解できなかった。


 ただ、さっきまでシュージィさんがいた所には見覚えのある黒い箱が現れていて。


 肉や骨が潰れるような音が、聞こえた気がした。

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