第40話 私の異世界転生 ep.6

「……ここまで長かった。犠牲は数え切れない。後悔は絶えない。だが遂に、俺たちは大魔王まで辿り着いた。後はヤツを倒すだけだ。俺たちならできる。さぁ、準備は良いか?」


 重厚な扉を目の前にして、アローレンさんが皆の気持ちを引き締めに掛かる。


「当然です。なんなら、僕だけでやりましょうか?」


 いつものようにエルトが大口を叩く。しかし叩くだけの実力が彼にはある。実際、大魔王の力により復活した8人の魔王のうち半分を彼だけで倒していた。


「うむ。その粋や良し。だが油断するなよ。これまで、大魔王は全ての人間を返り討ちにしてきたのだ。その中には、我が師も含まれている」


 シュージィさんがエルトを嗜める。これもお馴染みの光景だ。


「あわわわわ!皆、死なないように頑張るの!」


「フッ。そうだな」

「ロコちゃんは僕が守るから平気だよ?」

「うむ。ロコよ、無理をするなよ」


 私たちは、とても良いパーティだと思う。いつだって皆で力を合わせて、お互いをお互いで支え合っていた。…………すみません嘘です。主に私が支えられています。


 皆、覚悟を決める。突破口を開くのはいつもアローレンさんで、今回も自然と彼が先頭に立った。扉に手を掛ける。


「……!?」


 突然、目の前が真っ暗になる。身動きが取れない。私の体は何かに押し潰されようとしている。「ほむちゃん助けて!」すんでの所で右手に握るホムラから火炎が放たれ、私を押し潰そうとしていた何かが吹き飛ばされる。


「み、みんな!」


 私は周りを見渡す。私達はどうやら棺のような物に閉じ込められる所だったようだ。エルトは魔法で、シュージィさんは物理的に破壊して棺から脱出していた。しかし、無傷な箱が一つ。アローレンさんは……。


 エルトがいち早く、彼がいた位置に出現した棺に駆け寄り、棺を分解していく。私も直ぐに意図を理解し彼に駆け寄り分解を手伝う。シュージィさんは魔王へ続く扉を拳打で破壊する。そのまま、その先の玉座に鎮座する大魔王に向けて走り出す。


「エルト!ロコ!儂が時間を稼ぐ!アローレンを頼む!」


 アローレンさんが閉じ込められた棺を私とエルトで分解していく。


 分解する。分解する分解する分解する分解する分解する分解する。


 いくら分解しても、アローレンさんに届かない。棺の厚みは、元の半分に差し掛かり……。


「エルト!どうしよう、アローレンさんが……。そうなの!回復、回復を……。ねぇ!エルト!ねぇってば!早く!」


「……無理だ。これは、僕でも治せない。もう、アローレンさんは。……許さない」


「……そんな」


 私はへたり込んでしまう。こんな。こんなのって。


「……僕は行くよ。シュージィさんも危ない。ロコは遠方から援護を頼む」


 そう言ってエルトも大魔王に向かう。


 私は立ち上がれない。ただ呆然と魔王の方を見る。全知と鑑定を持つ私の目は、ここからでも彼らの戦闘がはっきり見える。


 魔王は、どこにでもいる普通の青年のように見えた。前髪が長くて、表情は分からない。シュージィさんが困惑している。彼の攻撃は何度も直撃している。一撃一撃が、巨大な岩すら粉砕するような威力。しかし魔王は倒れない。一方で魔王は抵抗しない。シュージィさんの攻撃をただ一方的に受けているだけのように見える。


「……!?」


 シュージィさんの動きが徐々に鈍る。私は直感する。シュージィさんもやられてしまう。行かなきゃ。早く。早く!


「サラマンダー!!!」

「サラマンダー!!!」


 私とエルトは同時にサラマンダーを放つ。シュージィさんは、例の棺に閉じ込められる直前だった。間一髪で脱出する。もし妨害しなければ、動きの鈍った今の彼では、そこから脱け出せなかったかも知れない。そしたらアローレンさんと同じように……。シュージィさんは魔王から距離を取る。無傷な筈の彼は、しかし硬質な床に膝を着く。


「すまぬ!儂としたことが……。これは、一体…………」


「シュージィさん!」


 彼はそのまま気を失ってしまう。すぐに助けに行きたい。だが、鑑定で見る限りシュージィさんはまだ大丈夫だ。それよりも、この得体の知れない魔王に隙を与えては行けない。私の本能が訴えている。


 魔王は炎に包まれながらも、しかし先ほど同様、何の抵抗もしない。ただ焼かれている。


「ロコ!このまま焼き尽くす!全力で行くよ!」


「はいなの!」


 ゴォォォォォォォオオオオオオオッ!!!


 ……サラマンダー。単純な威力だけで言えばこの世界最強の攻撃魔法。それを、世界最強の魔術師であるエルトが放つ。加えて、彼には及ばない物の、レベル99の魔力に炎龍獄剣ホムラの加護がプラスされた私のサラマンダー。火炎耐性を持つドラゴンですら、骨も残さず塵と消える火力。そのはずなのに。


 ……消えない。いつまでも。魔王の影が。


「ロコ!状況確認を!鑑定を頼む!」


「分かったの!」


 私は大魔王を鑑定する。その結果は……。


「ダメージは入ってる。けど、え?どういうこと?」


 それが示す意味を、全知の魔眼を持つ私は理解できた。


「炎で焼かれながら、再生、してる?」


「……馬鹿な。…………。ロコはこのまま足止めを頼む。魔王の体を、直に分解する」


「エルト……!待って!」


 彼は行ってしまう。エルトはサラマンダーの術理を完全に理解しているから、確かに彼なら私の炎に焼かれることなく魔王に攻撃することができる。そして、間接的に細胞を破壊するサラマンダーではなく、相手を直接マナに分解してしまえば回復も間に合わなくなるという理屈も分かる。でも、嫌な寒気が止まらない。


 エルトは魔王の元に到着する。予定通り分解を始める。


 私はサラマンダーを継続しつつ、鑑定での監視を行う。


 魔王のライフは削れ始める。エルトの手のひらは魔王を分解して、徐々にその体内に侵入していく。エルトの思惑は当たったのだ。


「エルト!効いてるの!」


「それなら……!このまま、心臓を破壊する!!!」


 ……後少し。心臓に手が届くかという所。


 それまで言葉を発しなかった魔王の口が開く。


「……実に素晴らしい。この永劫の時の中で、魔の極致に至る個が現れるとは。あるいは、初めから今の戦術を行えていれば、私を殺すこともできたやも知れぬ」


「…………!?ロコ!!!逃げ…………」


 言い切ることなく、エルトは魔王の体内に引き摺り込まれ。


 彼の命は、膨張した魔王の肉片に押し潰されて、消えてしまった。

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