第32話 私の異世界転生 ep.1

「……ここは?ああ、あれは夢じゃなかったんだ」


 目が覚めるとそこは、知らない森の中だった。向こうの世界にいた時に覚えている最後の記憶は、信号無視をした車に跳ねられたこと。朦朧とする意識の中で、頭の中に声が響いた。「このままだと君は死んじゃうけど、もしも僕の提案に乗ってくれるなら助けてあげる」「提案に乗るの!」「……提案の中身も聞かないまま、ここまで即答されたのは初めてだよ。いいね。気に入った。君には特別に全知を与えよう。絶対では無いけど、これで帰ってこれる可能性は大分高まるよ」「ありがとうなの!」「……あの、もう少し考えて喋ろう?」……だって、私は死にたくなかったのだ。


 その声の主(神様?)は私の反応に半ば呆れながらも丁寧に提案の内容を説明してくれた。曰く私はこれから別の世界で魔王を倒すために召喚される。異世界で流れる時間は元の世界のおよそ100分の1。また私がいない間、私の存在は元の世界から消される。魔王を倒せば帰る事が出来る。その場合、私がいなかった時間は適当に補完される。要するに急ぐ必要はないからゆっくり準備して魔王を倒す事をお勧めするとのこと。この辺の情報も本来は聞かれなければ特に答えないらしいけど、これもオマケとのこと。オマケと言えば全知の使い方だけど、異世界に行ってから目を凝らせば分かると言われた。……最後に。魔王を倒す事が出来れば、何でも願い事を叶えると彼は言った。そんなのいらないから元の世界に返して欲しいと頼んだけど、彼は申し訳なさそうに「それはできない」と言った。それからほどなくして私の意識は再び薄れ、気付けば森の中。


「お腹空いた……」


 急ぐ必要はないのだから、折角なので楽しもうと思った。ここには学校もないし将来の事も考えなくて良い。のんびりしたい。でもまずは腹ごしらえだ。私は森の中の散策を始めた。食べ物は案外直ぐに見つかった。リンゴやブドウ、スイカっぽい果物が木からぶら下がっていた。スイカって木になるんだっけ?あとキノコ!色んなキノコが生えていた。食べて良いのか分からなかったから近場のスライムに与えてみたらなんか変身した。変身したスライム同士で合体する事もあって興味深かった。私は竜王を作る事を目標にした。ゾーマでも可。


 竜王は出来そうに無かったけど餌付けしたスライムたちが私に害を与えることは無かったし、食べ物や寝るところに困る事もなかった。あえて言うなら服はどうしようも無かったけど、この世界の気候は温暖で、なんなら裸でも過ごせるくらいだった。魔王を倒す事とかぶっちゃけ忘れてた。イメージしてみて欲しい。何の危険もない南の島で、寝食に困らないペット付きのサバイバル生活。悪くないでしょ?


 真面目に日記を付けてたわけでもないからざっくりだけど、三年くらいそんな生活をしていた。ある日、いつものようにスライムで遊んでいたら鎧を着込んだ見るからにな兵隊さんが私を訪ねてきた。有無を言わさず捕まった。どうやら、最近見たことのないスライムの目撃談が相次いでいて、本格的な被害が出る前に調査団が結成されたとのことだった。で、森の調査に入った所、なにやらスライムで怪しげな事をしている原住民っぽい女が見つかったと。はい。それ私です。というか事の犯人も私です。だから素直に捕まりました。それに町があるとか全然考えてなかったから、単純に興味が湧いたのもあった。まぁきっと中世ヨーロッパ風なんだろうけど。色々楽だからね。仕方ないね。


 ドナドナ荷馬車に揺られながら、森を抜け、平原を走り、村を素通りして、町に到着。最終目的地はどうやら王様の所らしく、その前に身なりを整えるよう言われた。お風呂に入らせてもらって衣服も支給された。これくらいの事で王様行きとは不思議に思ったが、どうやら至近魔王の動きが活発になっているため、モンスター絡みの事案に関しては特に神経質になっているらしい。


 魔王。そうだった。最終的に私はそれを倒さなければいけない。元の世界に帰れない。でも神様の彼は急がなくて良いと言っていた。うん。とりあえずレベル100にして伝説の装備整えて全ての職業の熟練度maxにしての魔王絶対殺すマンになってから挑もう。だって死にたくないし。


 それから城下町を抜けて城に到着。余程緊急度が高いと見られているのか、そんなに待つこともなく王様への謁見が叶う。王様は私のイメージよりも大分若くイケメンだった。あれっぽい。ゼクス。え?誰って?ガンダムウィングより抜粋。CV.子安武人。


 なんとも物々しい雰囲気。一同、ひとまず王様の発言を待つ。


「……怪しい。見目麗しい所が特に。この娘は魔王の刺客だ。ハニートラップに違いない。惜しい。非常に惜しい。だが残念だったな魔王。昨晩、イレーネとハッスルしたばかりの私は賢者タイムだ。したがって魅了無効状態だ」


 ゼクスのイメージを壊さないで欲しい。というか王様の性生活についてとか知りたくないんですけど。普通にセクハラです。


「さて。この娘の処遇について決定しよう。とりあえず死刑。今、この場で」


「…………!?」


 本家と違って甘さゼロなんですけど!?


 魔王討伐をサボってのんびりしてたら、討伐前に死にかけてる私……。神様の嘘つき!!

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