42話 煌めく劇場へ
「ほら、お嬢様がた。できましたよ」
ドレスの着付けと髪結い、メイクが終わった。アビゲイルの家のメイドがそう言って、マイアを姿見の前に連れて行く。淡いグリーンのドレスに緑のリボン、首回りから肩にかけては刺繍えりですっきりとしたドレスがマイアの素朴さを清純そうな若々しさに格上げしていた。
「わあ……」
編み上げて低くまとめた髪にはドレスと同色のリボンが飾られている。
「さあ、これを」
「はい」
そしてその白い首にマイアはアシュレイから貰った翡翠のネックレスをつける。ほんの少し異国情緒のあるそのネックレス彼女の胸元を彩った。
「ねぇ……やっぱりツヤが出た気がするわ」
一方で、アビゲイルはそんな事を言いながら鏡台を覗いている。彼女はあわいクリーム色にびっしりと金糸をあしらった生地をサイドに配置し、中央は深いワイン色のドレスを着ている。それが派手になりすぎず様になっているのは彼女の生まれ持った華やかさである。
「アビゲイル、素敵よ。トレヴァーさんも誇らしいでしょうね」
「ふふふ、華やかな場所に二人で行くのは初めてだから楽しみだわ」
マイアがそう言うと、アビゲイルは恥ずかしそうに口元を覆った。二人で顔を見合わせて笑っていると、アビゲイルの家の使用人がやってきてふたりに告げた。
「マイア様、お迎えが参りました」
「あ、本当ですか……」
アシュレイがマイアを迎えに来た。これから一緒に劇場に向かう。そう思うとマイアは急に緊張してきた。
「アシュレイ……さん?」
応接室で待っているというアシュレイにマイアはそっとドアを細く開けて話しかけた。
「……マイア? どうした」
「あの、笑わないでくださいね」
「なんだ、もうめんどくさい」
マイアがドアの前でぐずぐずしていると、つかつかと足音がしてバッとドアが開かれた。
「……あ」
「む……」
マイアとアシュレイはお互いを見て固まった。贈った翡翠を身につけてドレスアップしたマイアにアシュレイの目は釘付けになり、礼服を着たアシュレイにマイアは思わず見とれてしまう。昼間、普通に言葉を交わしていたというのに。
「アシュレイさん、すごい素敵です……」
「ん、お前も……その……綺麗だな、似合ってる」
ギクシャクとマイアはもう一度アシュレイを見上げた。少し古い型の黒い礼服には銀の刺繍が縫い込まれていて古風な首回りのレースをつけている。ともすれば時代遅れと揶揄されそうな服装だが、大柄で浮き世離れした風貌のアシュレイがどうどうとそれを着ると不思議と馴染んでしまっている。
「行こうか。遅れる」
「あ! はい」
マイアはアシュレイにそう言われてハッとした。
「ほら」
アシュレイが腕を差し出す。マイアはそこにそっと手を添えて、応接室を出た。すると玄関ホールで二人を待っていたアビゲイルが振り向いた。
「あら、あなたがマイアのお師匠様? 素敵な紳士じゃない」
「マイアの友人だな」
「ええ、アビゲイルと申します。お師匠さまというからもっとお歳を召した方かと……ふーん」
アビゲイルはアシュレイを値踏みするように見て、ニコッと笑った。
「ふーんってなあに、アビゲイル」
「なんでもないわ。さ、トレヴァーはもう少しかかるみたいだからあなた達先に行っていて」
マイアが焦った風に聞いてもアビゲイルはそれを受け流した。代わりにアシュレイに向かって質問をする。
「ところで馬車はどこですの?」
「魔術師の馬車だ。どこにでもある……まあ見ていろ」
アシュレイは玄関を出ると手を掲げた。その手から黒い小箱を出して息を吹きかける。するとそれは二頭立ての黒い馬車に変わった。そしてもう一度手を振ると、その手から馬が二頭飛び出す。その馬は水晶のように透き通った透明な馬だった。
「わぁ……」
「まぁ……」
そんな魔法の馬車を見るのは初めてのマイアはアビゲイルと一緒になって声を上げてしまう。
「さあ、乗って」
「はい、アシュレイさん」
そして差し出されたアシュレイの手を取ってマイアは馬車に乗り込んだ。
「では友人殿、お先に失礼」
「はい、劇場でのちほど」
アシュレイもアビゲイルに一礼してから馬車に乗り込む。そして彼が指を鳴らすと、魔法の馬車は御者もいないのに走り出した。
「うわっ!?」
「なんだあれ……」
「綺麗!」
道行く人の驚きと戸惑いの声を窓から聞きながら、マイアは馬車にゆられながらアシュレイに聞く。
「なんか、大袈裟じゃないですかね?」
「これだけ盛装をして徒歩で行くわけにはいかないだろう」
「……それもそうですね」
馬車は人々の好奇の目を集めながら劇場へと到着した。そして幻影のような馬車から降り立つ人物が誰なのか注目をする。
「着いたな。……マイア」
「はい」
そこに降り立った男女。男性は背が高く逞しい体を古めかしい礼服と魔術師のマントに身を包んでいる。威風堂々とした雰囲気に人々は圧倒された。そして少し遅れて馬車から降りてきた連れの女性は淡いグリーンの可憐な乙女だった。
「では行こう……」
アシュレイは手のひらで馬車に触れてその姿を消すと、マイアの手を取った。
「お前の大仕事を見させてもらうからな」
「……はい!」
そこでようやく人々の視線に戸惑っていたマイアはアシュレイの顔を見上げて、微笑んだ。
そうして、マイアとアシュレイは夜の街に煌めく劇場へと足を踏み入れて行ったのだった。
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