41話 仕度
そして三日が過ぎた。本日、とうとう新生ヴィオラ座がお披露目となる。
「ん……」
マイアが目を覚ました時、まだ空はうっすらと明るくなりかけている状態だった。楽しみにしすぎて随分と早く目を覚ましてしまったらしい。マイアはぼーっとそのままベッドの中でこれまでの事を振り返っていた。
『マイア……。今日でお前は十六になる。お前を拾ったのが十三、すでに三年が過ぎた……お前はこの天才魔術師である俺の魔法の教練を受けてきた。十六という事は世間では独り立ちをしていい歳だ。マイア、お前には魔法の基礎はすべて教えた。つまり、あとは自分で生きていけ。という事だ』
最初にそうアシュレイに言われた時は一人きりになる不安とアシュレイへの反発しか胸に抱かなかったマイアは、なりふり構わず探しだした仕事を通じて、今は多くの人に囲まれている。
「こんなことになるなんてねぇ……」
仕事は楽しい。人の心に寄り添って、その人だけのたったひとつの魔道具を作るのはマイアにとって報酬以上に得がたいものだった。
「どうなるのかな」
少しだけ不安そうにマイアは天井を見つめながら呟いた。今回の仕事はひとり相手ではない大仕事だった。それがどうこれからのマイアに影響するのか……それは想像がつかない。
「でも……きっとこれも意味のある事なんだわ」
マイアがいつか作りたいと思った子供達の為の職業訓練校。それを建てて運営していくにはもっとお金がいる。
「まずはご飯を出してあげたい。読み書きの出来ない子にはそれを教えて、あとは料理に針仕事に工作……あとなにかしら」
マイアはそれ以上思いつかなかったが、きっとレイモンドやアビゲイルに聞いたらいい案を出し合ってくれる気がする。そんな事を思いながらマイアはうつらうつら再び眠りに入った。
「さて、卵はどうしますか?」
「ゆで卵で」
「はーい」
いつもの朝食を用意する。だけどマイアはふわふわした気持ちでいっぱいだ。
「まだ朝だぞ。そんなにはしゃいでいたら夜まで持たないぞ」
「あ、ははは……」
それをアシュレイに即座に見抜かれて、マイアは気まずく頬をかいた。
「えっと、アビゲイルの家で待ち合わせでいいんですね」
「ああ。迎えに行く」
「ふふふ」
アシュレイと街を歩くのはキャロルの結婚式以来だ。しかも観劇だなんて、マイアは今さらながら信じられないと思った。アシュレイと街に遊びにいくなんて。
「楽しみです」
「そうか、よかったな」
アシュレイは神経質そうに卵の殻を割りながら返事をした。
「演目は『ウィルフリッドとミシェリーヌ』ですって」
「またそれか」
「誰もが知っているし、こないだ私に歌を教えているうちにアイディアが降って来たって座長さんが」
きっと同じ演目でも村の簡素な舞台と素人役者とは比べものにならないだろうな、とマイアは純粋に楽しみだった。マイアはざっと家事を片付けると、待ちきれなくなって部屋をうろうろし始めた。
「……ちょっと早いが、そんなにそわそわするならもう行ったらどうだ」
「は、はい」
アシュレイにそう言われてマイアは素直に従うことにした。まずは新しい劇場の姿を見てみるのもいいかもしれない。
「わかりました! いってきます」
「気を付けろ」
これ幸いにと家を出て行ったマイアをアシュレイは少し呆れながら見送った。するとマイアの姿が見えなくなったのを待っていたかのようにカイルが姿を現した。
『うさぎみたいに飛んでったな』
「今日の予定が待ちきれないらしい。……俺も出かける準備しないと」
『お前も行くのか?』
「ああ、お前の集めた魔石で照明を作った劇場に行く」
『あれか。いつぶりだ、そんな風に街に行くのは』
カイルの言葉にアシュレイはピクリと反応した。
「さあ……20年くらいか」
『前はよく街に遊びに行っていたのにな』
「……昔の話だ」
『魔術の研究の為に老いを止めたりするからだ。お前も人間だ。その時の流れに逆らってまで何を得た』
「……」
黙ってしまったアシュレイに、カイルはいつものからかうような口調を止め静かに問いかけた。
『大事な事を見誤るなよ』
カイルは優しくそうアシュレイに囁いて姿を消した。アシュレイはそれに見向きもせず、ただじっと考え込んでいた。
「わー! 賑やか!」
その頃マイアは一足先に劇場通りに来ていた。そこら中にヴィオラ座の公演ポスターやのぼりが立っている。あちこちに前はなかった屋台が建っていて、菓子や軽食を売っていた。女優や俳優のポストカードや記念グッズの店もある。花売りや焼き栗売りも出てきていて、人通りも前とは比べものにならない。
「初公演は夜なのに……」
マイアはその様子にびっくりしながらその活気を楽しんだ。お昼がまだだったので屋台でサンドイッチを摘まんだ後は、売店を覗いてみる。
「買っちゃった、ポストカード」
マイアは今日の主役を張る役者のポストカードを思わず購入していた。黒髪にすっとした鼻筋の美人がミシュリーヌ姫役、騎士のウィルフリッドは金髪の華やかな美丈夫だった。
「楽しみ!」
マイアはスキップをするような軽やかな足取りで、アビゲイルの家へと向かった。
「まあ、早かったわね」
「待ちきれなくて……あはは」
「まあいいわ。ゆっくり仕度をしましょう」
随分と早くに来たマイアを、アビゲイルは嫌な顔ひとつせずに部屋へと招き入れた。
「ねえ、見てこれ真珠の粉のおしろい。はたくと自然なツヤがでるそうよ」
「本当?」
「こつはこのクリームを先に使うんですって……」
マイアとアビゲイルは鏡台の前でかしましくはしゃぎながら、観劇の準備の身支度を始めたのだった。
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