40話 素直になれない
「で、ドレスはいいとして……」
「はい、アビゲイル先生なんでしょう」
「もう、ふざけないでよ」
今日はマイアはドレスのお礼に前に作って使いどころがわからないと思っていた魔石ケトルをアビゲイルにプレゼントしに来ていた。それを見たアビゲイルはピクニックにぴったりだととても喜んでくれたので良かったのだが、代わりに本を渡された。
「マイアは少しエチケットを勉強しないと。急ごしらえだけどそれに目を通してね」
「はい……」
アビゲイルはそんなマイアの様子が余計に心配でつい小言のような口調になってしまうのだった。
「もう……着付けや髪をセットするメイドも居ないんでしょ? 当日はうちで着替えたらいいわ」
「ありがとう、なにからなにまで……」
「いいのよ。それより魔石の照明ってどんなのかしら。ちょっと教えてよ」
「それは座長から口止めされてるの」
「ふん、いじわる!」
軽口をたたき合いながらも二人はお茶を飲みながらお喋りに花を咲かせた。
「あっ、もうこんな時間」
時間がたつのを忘れて喋っていた時計を見たマイアはソファから立ち上がった。
「これから出来上がったドレスを確認しにとフローリオ商会に行くの」
「あら、じゃあ私も行くわ」
マイアはその言葉を聞いて、ああもうトレヴァーとは正式に婚約したのだから二人の関係を隠す必要もないのだ、と気付いた。
と、いう訳でアビゲイルの馬車に乗せてもらい、マダム・リグレの工房へと向かう。
「あ、待ってたわ……後ろの人は?」
「私の友達のアビゲイルよ。ほらドレスを譲ってくれた」
「ああ……初めまして、エリーです。見事なドレスでした。ハサミを入れるのにドキドキしました」
エリーはアビゲイルにそう挨拶をした。そして工房へと案内してくれた。
「ドレスはどこ?」
「こっちよ」
「わぁ……」
そこには、すっきりとしながら上品なデザインにアレンジされたグリーンのドレスがあった。
「あとの二着も今手直ししているわ」
エリーは少し誇らしげにドレスを着せたトルソーをくるりと動かした。それを見たアビゲイルがドレスを評する。
「古めかしいデザインが今風になったわね。この胸元の刺繍えりも素敵。これはあなたが?」
「あ、はい。普通のレースにするつもりだったんですがこっちの方がいいなと……」
「仕事も早い、か……私、あなたの事覚えて置くことにするわ」
「あ、ありがとうございます」
エリーは仕事ぶりを褒められて鼻高々、といった感じである。マイアにはこれほどドレスを表現する語彙がなかったので、内心アビゲイルが居てくれて良かったと思った。
「あとはフローリオ商会ね。送っていくから乗って」
「ありがとう」
二人の乗った馬車がフローリオ商会の第二支店の前に付き、マイアとアビゲイルが姿を現すとレイモンドは不思議そうな顔をした。
「おや、マイアさんに……アビゲイル?」
「お久しぶり」
ポカンとしているレイモンドにアビゲイルは微笑みかけた。
「そうだね……って二人は知り合いなの?」
「ええ。私、才能のある人は大好きだから」
「ははは、アビゲイルらしいな。今日はなにしに?」
「ただの付き添いよ。」
しれっとアビゲイルは答えた。とはいえこれからマイアとするのは金の話だ。アビゲイルを混ぜる訳にはいかない。レイモンドはそっと彼女に耳打ちをした。
「そうか、ちょっとマイアさんと商談があるから……」
「じゃあ手早く聞くわ。ヴィオラ座のエスコート、ちゃんと誘った?」
「いや……それが、マイアさんはお師匠様と行くって」
「はあ? なにぐずぐすしているのよ……もう……」
「僕は妹と行くから……ぐっ」
レイモンドはアビゲイルにおもいきり手の甲をつねられた。
「あっきれた!」
「あのー? 二人とも?」
憤慨するアビゲイルを見てマイアはあわあわしながら二人の間に割って入った。
「喧嘩はよくないわ」
「喧嘩じゃないわよ。私の用事は済んだからマイアはゆっくり商談してね」
「あ、うん……」
そのままアビゲイルは馬車に乗り、家へと帰ってしまった。
「じゃ、じゃあ……商談しましょうか」
「あ、はい」
マイアもレイモンドもギクシャクとしながら商談室へと向かった。
「……では」
そして仕切り直すようにレイモンドは小さく咳払いをしてから、書類をマイアに差し出した。
「魔石の代金、それから工賃からオーヴィルさんへの謝礼と僕の所の手数料を引いて今回は金貨2700枚になりました」
「見積もりより多いですね……」
「あれが最低金額でしたから。シャンデリアもつくりましたし」
「なるほど」
マイアはなんとなく現実感のないその数字を見つめた。
「明細は全て書いてありますので確認してください。それと……全額ティオール銀行への振り込みでいいんですね」
「はい、それでお願いします」
「まあ、持って歩く金額でもないですよね。しかし……職業訓練校を作る基金とは……」
「アビゲイルの助言のおかげです」
「いつの間にそんなに仲良くなっていたんですか?」
間の事情を知らないレイモンドはそれを不思議に思っているようだ。マイアはもういいだろうと思って彼女と出会った経緯をレイモンドに話した。
「おかしいですよね。トレヴァーさんの気持ちを知る魔道具を頼まれたのだけど、それを知るのに私は魔法すら使いませんでした」
マイアが首をすくめてそうレイモンドに言うと、彼はあいまいに微笑みながら答えた。
「それは……マイアさんが当事者じゃないからですよ」
「そうでしょうか」
「ええ、恋の最中はささいな事が気になって、素直になれなかったり本当の事は気付かなかったりするものです」
「レイモンドさんも……そんな気持ちになった事ありますか?」
思わずマイアはレイモンドに聞いていた。するとレイモンドは一瞬固まって……そしてマイアを見て答えた。
「ありますよ。そりゃ僕もね。さ、随分遅くなってしまいました」
「あ、そうですね……ありがとうございました」
「ヴィオラ座の公演、楽しみですね」
「はい。劇場でお会いしましょう」
そう言ってマイアはフローリオ商会を後にした。少し暮れてきた空を飛びながらマイアはレイモンドの言葉を反芻する。
「素直になれなかったり……本当の事は気付かなかったりか……」
その言葉を聞いたとき、マイアはちょっと自分のことを言われているようでどきりとしたのだった。
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