39話 ドレス
それから夕方近くになってマイアは山盛りのドレスを抱えて帰った。
「……エスコート……レイモンドさんか……それがいいんだろうけど」
きっとレイモンドは二つ返事で付いてきてくれると思う。きっと呼ばれているだろうし。でも……。
「ああ! オーヴィルさんが変な事言うから!」
今までのマイアならすぐにレイモンドに相談していた。だけどオーヴィルからレイモンドを男としてどう思うかなんて聞かれたあとではなんだか複雑な気持ちだ。
「ただいまぁ……」
「なんだそれは」
「ドレスです……劇場のこけら落としに着て行くのに一から仕立ててたら間に合わないからってアビゲイルが着ないのをくれたのですけど……」
「ふーん……大変だな」
と、アシュレイは気のない感じで答えつつマイアの様子を見ていた。
「なんだ? 嬉しくないのか? 大仕事だったんだろう」
「いえそんな事はないですけど」
キャロルの結婚式の様子を見に行った時はウキウキとしていたマイアだったが今回はどうやら様子が違う、とアシュレイは思った。
「ドレスとかエスコートとか……ちょっと思ったより大袈裟だったんで今はビックリしているだけです」
「……エスコート?」
「ええ。ヴィオラ座の座長さんは私に一等席を用意するだろうからちゃんとしなさいってアビゲイルに怒られちゃいました。まあ……レイモンドさんにお願いするしかないんでしょうけど」
そう言ってマイアは首をすくめた。アシュレイはレイモンドに頼むつもりという答えにピクリと反応した。
「……あの小僧か」
「だから小僧じゃなくてレイモンドさんですよ。さ、ドレスをしまって来ますから、そこ通りますよ」
「待てマイア」
アシュレイは自室に向かおうとするマイアを引き留めた。そして不思議そうな顔で振り向くマイアにこう言い放った。
「劇場のこけら落としの公演は……私が付いて行こう」
「……え? それってアシュレイさんがエスコートしてくれるって事ですか?」
「それ以外に何がある」
「だって……街中ですよ。あと人がいっぱいです」
「あのな……俺だって街で暮らしていた時期もあるんだ。劇場にだって行った事もある。大分昔だが」
確かにめったな事では街中の、それも華やかな劇場に行くなんて普段のアシュレイなら考えられない行動だった。だが、そうしなければレイモンドが着飾ったマイアを伴って出かけると思うとそれはアシュレイには面白くない事であった。
「そうですか。それは助かります」
そんなアシュレイの胸中など知らないマイアは、迷っていた付添人の問題が片付いた事にほっと胸を撫で降ろしていた。
「あ、お夕飯が遅くなっちゃう。早くしますね!」
ぱたぱたと急いで自室に戻るマイアの後ろ姿を見て、アシュレイはふっとため息をついた。
そして夜。就寝の準備を終えたマイアはアビゲイルから譲られたドレスを体に当てていた。
「うーん……アビゲイルのウエストはなんて細いの……」
早速問題発生だ。マイアだってそれなりにすんなりしていると思っていたが、砂時計のような見事なアビゲイルのスタイルには及ばなかったようだ。
「幅だししなきゃ……ちょっと私の手には余るかも……あ」
最初はちょっと自分で手直しをすればいいと思っていたマイアだったが、ふとあることに気が付いた。
「エリーに頼もうかな」
彼女なら腕も確かだ。それに自分の実力を発揮する場を求めていた。マイアは早速、明日エリーに相談してみる事にした。
「ドレスの手直し……?」
「ええ。これなんだけど……今度のヴィオラ座の公演に着て行くドレスがいるの。一から仕立てている時間はないんだけど私の手には余りそうなの」
「そっか。私はいいけど許可貰わないと……じゃあマダム・リグレに頼んでみるわ」
エリーはその場で雇い主のマダムに頼みに行ってくれた。
「まあまあ、エリーはまだ半人前ですのよ」
黒髪に濃い紫のドレスを着た存在感のある中年の女性……マダム・リグレはそう言いながらも仕立て直し程度ならと許可してくれた。
「じゃあ、工房に入って」
「ええ」
マイアは昨日持って帰ってきたのにまた持ってくる羽目になったドレスを取り出した。
「三着か……」
「とりあえず一着やってくれたらいいわ」
「ふーん、淡いグリーンのドレスに……ピンク……それから濃いブルー。どれもおかしくは無いわね」
「うん。どれにしようか迷うわ」
「これに会わせる宝石は?」
エリーにそう聞かれて、マイアは一瞬考えたがマイアの持っている宝石は一つである。
「……翡翠のネックレスをつけるわ。というかそれしか持ってないの」
「そう、じゃあグリーンのにしましょうか。若々しくていいと思う」
エリーはさくさくと決めるとマイアの体のサイズを測った。
「それにしても……ごめんね。マイアには少し派手な気がするわ」
「うん。私ももう少し大人しい方が好き」
「じゃあ、ここのフリルはとっぱらってレースのふちをつけましょう」
「おまかせします」
手伝いだけではない仕事に、エリーも張り切っている。マイアはそのまま二着のアレンジもエリーの美的センスに任せる事にした。
「ごめんね。忙しいのに」
「そんな事ないわ。これで仕送りを増やせるし……そうだ」
エリーはいいことを思いついた、とでもいった感じに手を打った。
「なあに?」
「いつか、マイアのドレスを一から仕立てさせて」
「もちろんよ。そんな……ドレスを着る機会があるかわからないけど……」
「あるわよ。少なくとも……ウェディングドレスとか!」
「う……?」
それまでうんと腕を磨くと言うエリーに、マイアはちょっと頬を染めながら頷いたのだった。
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