38話 魔石照明
それからマイアは毎日街へと足を運び、照明作りに取りかかった。照明の形状についてはオーヴィルや照明技師との話を聞きながら細かい要望を取り入れたものの、形は既存のものと大きく変わる事はない。だけど、魔石が光源だからできるちょっとした仕掛けをマイアは照明に施すことにした。
「これはヴィオラ座の大目玉になりそうだなぁ」
「ですかね。だといいんですけど」
オーヴィルとマイアはそれぞれ照明器具の本体とそれに施す魔法陣を量産しながら、今作りあげている魔道具が劇場でどう使われるかを思い描いていた。
「そもそも魔石を使った照明なんて、マイアさんがいたからできた大胆な思いつきだからな」
「……それはレイモンドさんに言ってください。あの人は……本当にすごいです」
「まあ、若いのに頭が回るし人当たりもいい。フローリオ商会はいい跡取りに恵まれたな」
「ええ、そうですね」
「ただ残念なのは……」
ふたりは作業をしながらレイモンドの噂話をしていた。途中までレイモンドを褒めちぎっていたオーヴィルだったが、マイアが頷いた後ちょっと眉を寄せて口ごもった。
「残念……ですか?」
「彼は浮いた話がないんだよなぁ。仕事熱心過ぎるというか……ま、独身主義の私に言われたくはないだろうが」
「浮いた話ですか」
「この私だって若い頃は色々……こほん。どうだいマイアさん。彼の事をどう思う?」
「えっ」
マイアはオーヴィルからそう急に振られて思わず魔法陣を書く専用の樫の木の棒を取り落とした。
「どうって……信頼してますよ。仕事仲間として」
「男としてはどうだ?」
「どうと……言われても」
今までそんな風にレイモンドの事を見た事がなかったマイアはひどく動揺した。
「そうは言ってもマイアさんもいつかは家庭を持つだろう? 彼なんかいいじゃあないか」
「そんな……私、まだ十六歳ですし」
「あのアビゲイルさんだってそう変わらないだろう?」
「う、うーん……そうですけど…………私、仕事でいっぱいいっぱいですから……」
ちょっと面白がっている風のオーヴィルの視線を避けながら、マイアは仕事の事を引き合いにした。
「今はもっと仕事していたいんです」
そうオーヴィルにマイアはそっけなく答えた。
そんな風にしながらも劇場の照明は次々と出来上がっていく。予定よりも早く出来上がったそれらはヴィオラ座に運び込まれ、照明技師達の手によって取り付けられた。
「やぁ……これは素晴らしい!!」
座長のベンジャミンは吊り上げられる巨大な魔石のシャンデリアを見て、ほうっと息をついた。
「新生ヴィオラ座のこけら落とし公演には是非、いらしてくださいね!」
「はい、もちろんです」
シャンデリアの取り付けに立ち会ったマイアはベンジャミンの言葉に頷いた。今日の仕事はこれだけなのでこの後はアビゲイルの家でお茶をする予定になっている。マイアはそのままアビゲイルの家に向かった。
「いらっしゃい、マイア」
出迎えてくれたアビゲイルは、元々美人だったがさらに磨きがかかっているような気がした。これが恋する乙女の輝きなのかなぁとマイアはぼんやりと思った。
「こんにちは。久し振りになっちゃったわね」
「本当よ。話したい事が沢山あったのに!」
マイアがあの後、照明作りで忙しかった為に落ち着いて話すのはオーヴィルの研究所でのプロポーズ騒ぎ以来だった。
「あれからどうなったの……?」
「お父様の許可も貰って万事つつがなく。でもプロポーズは公園の花園でやり直して貰ったわ」
「ま、そうね……倉庫だったものね」
「で、改めてお披露目のパーティをするんだけど、マイアは来てくれるわよね?」
「え? いいの……?」
アビゲイルとの間に友情はあると思うが、ティオール銀行の頭取の娘の婚約パーティとなったらなんだか格式が高そうだ。
「あなたさえ良ければ来て欲しいわ」
「わかった。ドレス作らなきゃ。私、服をあんまり持っていないの。みんなこんなワンピ―スで」
森に住まうマイアは家事と仕事のしやすいゆったりしたワンピースを好んで着ていた。あとはグリーンのよそ行きのワンピースがあるくらいだ。
「そうなの? 私も行くけどヴィオラ座のこけら落としはもうすぐでしょ、仕立て間に合う?」
「え? 劇場ってドレス着て行くところなの?」
「……え?」
マイアとアビゲイルは互いにポカンとした顔を見合わせた。
「そ、そりゃ……あなた……ヴィオラ座の魔石照明の事はもう町中の噂よ。桟敷席ならともかく座長さんも一等席を用意するはずだわ。ドレスアップしないと……」
「ええ……? じゃあ古着を買って……」
マイアがそう答えると、アビゲイルはばっとソファから立ち上がった。
「ちょっと付いてきて!」
「え? え?」
アビゲイルに手を引っ張られて応接室を出ると、マイアはぐいぐい二階のアビゲイルの部屋に連行された。アビゲイルは大きなキャビネットを開くとくるっとマイアを振り返った。
「この辺のは着ないからあなたにあげるわ! サイズ直しだったら間に合うだろうし」
「いいの……?」
アビゲイルの持っているドレスはどれも立派なものだった。さすが資産家の娘だけはある。
「この水色のなんか似合いそうよ。……街の古着屋に碌なドレスなんかないんだから持っていきなさいよ」
「ありがとう……」
「こないだのおせっかいのちょっとしたお礼よ。気にしないで。で……私はトレヴァーと一緒にいくけどマイアはエスコートは誰にするの?」
そのアビゲイルの言葉にマイアはまたポカンとしてしまった。
「え……?」
「まさか……エスコートなしで劇場に行くの? レイモンドに頼みなさいよ」
「レ、レイモンドさん……?」
「とにかく駄目よ。一人で劇場に行ったら笑われるわよ!」
アビゲイルはそう言うと、キャビネットから何着ものドレスを引っ張り出してはマイアに押しつけた。
「……エスコート」
しかしマイアはフリルやリボンにまみれながらエスコートを誰に頼んだらいいものか、と考えていた。
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