37話 花園

今日もマイアはオーヴィルの研究所に向かった。さっそく照明係の置いて行った照明器具を前にああでもないこうでもないと議論する。


「光自体はこの魔法陣の裏に魔石を据え付ければ簡単にできます」

「これは従来の照明器具ですよ」

「へぇ……」


 傘のように広がったカバーで風でろうそくが消えるのを防いでいるのだろうか。


「魔石の照明にはいらないですね」

「でもこれだと天井とか余計な所にに光が散ってしまいます。やはり必要なのでは」

「ああ、そうですね」


 なるほど、おもしろいものだとマイアが感心しながらオーヴィルと話していたその時だった。


「マイア!」


 開け放したままの研究所兼倉庫の入り口から弾丸のように飛び込んで来た者がいた。


「ひどいわ! 絶交よ!!」


 金色の巻き髪を乱し、そう叫んだのはアビゲイルだった。


「え? アビゲイルさん?」


 いきなり怒鳴られたマイアは訳がわからなかった。だがアビゲイルはキッとマイアを睨み付けている。


「ひどいわ。トレヴァーさんとこっそり会っているなんて!」

「あ……それは……」

「お友達だと思っていたのに!」


 とうとうアビゲイルの目から涙が溢れそうになった。その時である。鋭い声が彼女の言葉を遮った。


「ちょっと待って下さい!」

「……ト、レヴァーさん!?」


 そこに現われたのはトレヴァーだった。相当急いで駆けてきたのか、髪は乱れ、ネクタイも曲がっている。


「どうしてここに……?」

「お宅に伺ったらここだと……」


 そう訪ねるアビゲイルに、トレヴァーは息を切らしながら答えた。


「なぜ、うちにトレヴァーさんが……?」

「それは……大事な用がありまして……!」

「用、ですか」


 アビゲイルは予想外の事態にきょとんとしている。トレヴァーはアビゲイルの言葉に黙って頷いた。


「ええ、とても大事です。その大事なことの為にマイアさんは手伝ってくれただけなんです。ですから……その……」


 そこまでは勢い良く答えていたトレヴァーだったが、ハッとした顔をして口を濁らせた。


「その……なんですの……?」

「あの……あなたに伝えたい事が……」


 トレヴァーはスーツの胸元から小箱を取り出した。そしてアビゲイルの前に跪いた。


「アビゲイルさん、どうか私の気持ちを受け取ってください」


 そう言いながらトレヴァーは箱を開いた。すると魔力で魔法陣が作動する。真っ赤な薔薇の花びらの幻影が小箱からあふれ出し、はらはらと舞い散った。


「……綺麗」


 そしてその薔薇の幻影が消え去った後……ダイヤの嵌まった指輪がそこから現われた。


「そしてこれが私の気持ちです。上手く言葉に出来ないかもしれないし、何度でも聞いて欲しくて……こうしました」


 トレヴァーは箱の底にそっと手を添えた。するとトレヴァーの声が小箱から流れ出した。


『アビゲイルさん。美しく賢いあなたを愛しています。どうか私と結婚してください。私の一生を賭けてあなたを幸せにします』


 真っ赤な顔をしたトレヴァーが箱から手を離すと音は消えた。


「きっと、あなたには沢山求婚者がいるのでしょうけど……私は本気です」

「そんな、求婚者なんて……」

「とにかく、私は本気なんです。せめて私の事を覚えてて欲しくてこんな事を考えた私を笑ってください」


 トレヴァーは自嘲気味にそう言うと箱を閉じた。そしてそのまま去ろうとする彼に、アビゲイルは慌てて声をかけた。


「あの! 答えは『はい』です」

「……え?」

「私も……ずっとお慕いしてました!」

「それって……」

「ですから、答えは『はい』です。……幸せにしてくれるんですよね」


 アビゲイルも顔を赤くして、トレヴァーにそう答えた。二人の間に妙な空気が流れる。マイアはもうそれ以上見ていられなくて大声を出した。


「おめでとう! 二人とも!!」

「マイア……」

 

 ようやく落ち着きを取り戻したアビゲイルはコホンと咳払いをして、トレヴァーと向き合った。


「あの……私は銀行の跡取り娘です。お婿さんになって貰う事になりますが」

「承知の上です」

「それと言葉がきついとよく言われます」

「そんな事ないですよ。ハッキリしていて好きです」

「そしたら……その指輪を填めていただけますか」

「はい」


 トレヴァーは神妙な顔をして、アビゲイルの指に指輪を填めた。


「……よろしくお願いします」

「はい」


 頬を染めて、寄り添う姿にマイアは拍手を送った。釣られたようにオーヴィルも手を叩く。二人の拍手が広い倉庫に響いた。


「……マイア」


 しばらくトレヴァーと二人きりの世界にいたアビゲイルだったが、ふと我に帰ったようにマイアに向き合った。マイアは拍手の手を止めて、ぺこりと彼女に頭を下げた。


「ごめんね。二人から話を聞いて二人ともお互いが好きだって知っちゃったの。だから少しだけお節介をさせてもらったわ」


 マイアがそう言うと、アビゲイルはマイアの胸をポカポカと叩いた。


「もう! びっくりしたじゃない!」

「ごめんね」

「……いいえ、ありがとう」


 少しはにかみながら答えるアビゲイルの後ろからトレヴァーもマイアに礼を言った。


「おかげで勇気が出ました。その……もっと落ち着いてプロポーズするつもりだったんですが」

「一生忘れられそうにないわ。あの声を出すのはどうせマイアの提案でしょ」

「まあね」

「ふふん、これから何度もトレヴァーさんの告白を聞けるのね?」

「ア、アビゲイルさん……それはちょっと恥ずかしいです……私が魔力を流さないとその魔法陣は作動しないので」


 アビゲイルがうっとりとしながら小箱を手にするのを見て、トレヴァーは少し慌てた。


「あら、そうなの? じゃあマイアに頼むわ」

「ちょっと!」

「私は別にいいけど……それじゃ、婚約祝いに魔石を取り付けてあげる」

「わあ、ほんと?」

「うん、だって私達お友達ですもの」


 マイアはトレヴァーが恥ずかしさに顔を覆うのを横目にしながら、指輪の小箱に魔石をとりつけてやった。アビゲイルは毎晩聞いて眠ると宣言しながら、トレヴァーを両親に紹介すると言ってオーヴィルの研究所をあとにした。その姿を見送りながら、オーヴィルがポツンと漏らした。


「まあ別に私はかまわんのだけども……あの二人……なにもこんなところでプロポーズしなくてもなぁ……」

「ま、まあそうですね」

「うむ、恋するふたりには金屑と木材とオイルの匂いの中でも花園に見えるんだろうな。ははは」


 オーヴィルはマイアに肩をすくめて見せてから、からからと大声で笑った。

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