36話 光の魔石
『静けき湖、柳の影に あなたを探してさまようと 木陰にあなたを見つけるでしょう
あなたはわたしを見つけると 花冠を私にくれました
でも私はそれよりも あなたのキスを待っていました……』
マイアは一節を一気に歌い終えると、一瞬素に戻って猛烈に恥ずかしくなった。だんだん緊張で声が出なくなってしまう。
『どうしたマイア。続きは?』
「あ……えっと……」
マイアは今度は頭が真っ白になって次の歌詞も出て来なくなってしまった。ぱくぱくと魚みたいに口を開けていると、マイアの耳に軽やかな音が聞こえてきた。
「アシュレイ……さん……」
見るとアシュレイがリュートを手に、旋律を奏でていた。
「マイア、合わせろ。大丈夫」
アシュレイの穏やかな声に、マイアはようやく落ち着きを取り戻した。
『……恐ろしい死地へ 向かうあなたを 神よどうかお守りください 必ず勝利が待つでしょう
それまで私はこの湖で あなたの無事を祈ります
再びあなたが私の手に キスを下さるその日まで』
マイアは最後まで歌いきると、衣装の裾をつまんでカイルにお辞儀をした。
「終わりです!」
『ほうほう……楽しかったぞ』
「その楽しいことをみんなで見る所が劇場なんです。……カイル、どうか協力してもらえないかしら」
精霊であるカイルに劇場の良さがうまく伝わっただろうか。明日のパンの方が大事かもしれないけれど、それだけで人は生きられない。劇場はみんなの憩いの場なのだ。
『わかった。マイアは約束を守った。私も約束を果たそう』
パンパン、とカイルが手を叩くと、途端にマイアの周りにキラキラと輝く光の魔石が溢れた。
「こんなに沢山……」
『うん。楽しかったしな。そこの意地悪魔術師の演奏もついていたからおまけだ』
「誰が意地悪だ?」
マイアがびっくりしている横で、アシュレイは不機嫌そうにリュートをマントの間にしまった。
「カイル、では貰ってくぞ。あんまりマイアをからかうなよ」
アシュレイが両手を掲げると、光の魔石がアシュレイのマントの中に収納されていく。
『また遊ぼうな!』
カイルは無邪気に去って行くマイア達に手を振った。
「もう……でも良かった。魔石が手に入って」
家に戻ったマイアはアシュレイが居間のテーブルにカイルから手に入れた魔石を積み上げた。
マイアはその数を数えて、早速小鳥のゴーレムをレイモンドに飛ばした。
「わあーっ、これはまた大きさも数も見事な……」
翌日、ランブレイユの森の家にやってきたレイモンドは積み上げられた光の魔石を見て息を飲んだ。
「魔石が確保できたら作業に移れますね。沢山あるのでオーヴィルさんの作業場を使えるようにお願いしました。私の馬車でこれは運び込みましょう……にしても……」
すでに色々と手はずを整えてから来たレイモンドはじっとマイアを見た。
「なんですか、レイモンドさん」
「マイアさんのミシュリーヌ姫の扮装、見たかったなぁ」
「ええ?」
「今度は本当に商会のパーティで披露して欲しいですね」
そんな風にレイモンドが言うと、それまで黙って立って話を聞いていたアシュレイが彼の肩を掴んだ。
「調子に乗るなよ」
「あ……ははは」
「やめて下さい。レイモンドさんの冗談じゃないですか」
「……どうだか」
アシュレイは鼻を鳴らすとようやくレイモンドの肩を離した。こうして、マイアはレイモンドの助けを借りながらオーヴィルの研究所でヴィオラ座の照明装置の製作に入ったのだった。早速レイモンドに付き添われてオーヴィルの研究所を訪れる。
「オーヴィルさん!」
「お久しぶり、マイアさん。早速劇場の見取り図を元に小型模型を作ったよ」
「わあ……仕事が早いですね」
オーヴィルの研究所の机の上には劇場の模型がすでに出来上がっていた。模型に目を見張るマイアにレイモンドは今後の予定を伝えた。
「ヴィオラ座の照明係の方もこの後来て、意見や要望を聞かせてくれるそうです」
今後はレイモンドが工程や人との打ち合わせの調整を担当する。そして魔道具の構想ができたら製造はオーヴィルが手伝い、最後の魔法陣や魔石の設置は魔術師であるマイアが行う。
このような手順で200台以上の照明を製作する予定だ。
「そうですか。どうせならびっくりするような照明を作りたいですね」
マイアはただ明かりを提供するだけでなく、魔術を応用するからこそできる照明が作りたいと思っていた。
「それではお疲れ様です。あとは家で構想を練ってみますね」
「はい、楽しみですね!」
照明係の人達の意見は貴重だった。舞台の裏方として、役者をどう見せるかや時間や心情の表現……照明で出来る事は沢山あるようだった。
「メインのシャンデリアは別にして通常の照明の作りはシンプルにして、彼らに任せるのもいいかも」
魔法陣と魔石の部分以外は魔力がなくても動かせるのだ。日々試行錯誤して、新しい照明の表現が増えて行く……マイアはそう想像するとわくわくして思わず足取りも軽くなるのだった。
「マイア先生」
そんな浮かれた調子で商店街を通り抜けていたマイアを呼び止めたのは……トレヴァーだった。
「あら……先生? ええ?」
「ちょっとお時間をいただけないでしょうか」
思い詰めた表情のトレヴァー。マイアはそれより先生と呼ばれたことの方が気になってしかたなかったが。
「ええ、いいですよ」
「では、我が家においでください」
トレヴァーに誘われて、マイアはレミントン男爵の屋敷を訪問した。
「……できました。先生の魔法陣を組み込んで」
「拝見させて貰いますね」
トレヴァーは指輪ケースを取り出した。蓋の表に魔法陣が刻んである。
「うん、しっかり作動しています。あとはトレヴァーさんが勇気を出してプロポーズをするだけですね」
「はい、がんばります」
安心して思いを伝えて欲しい、だって二人は両思いなのだから。マイアはそう思いながらレミントン家を後にして、自宅へと戻った。
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