43話 こけら落とし公演
「紳士淑女の皆さん、ようこそヴィオラ座に! 不死鳥のごとく蘇りました当劇場の演目が間もなく始まります!」
深紅の緞帳の前に立ったベンジャミン座長に光があたり、朗々とした挨拶が始まった。
「皆様の頭上にありますのが、噂の魔石照明のシャンデリアでございます。見てください、この明るさ。そしてもちろん舞台照明も全て魔石の照明でございます。それでは、皆様の見た事のないような舞台をお見せいたしましょう!」
座長が一礼をすると拍手が鳴り響いた。そしてすうっとシャンデリアの光が消えていき、劇場は闇に包まれる。
「とうとう始まるわ」
マイアとアシュレイは一等のバルコニー席から、その様子を見ていた。
「そんなに乗り出したらあぶないぞ」
興奮気味のマイアにアシュレイはそう声をかけた。そして真っ暗な中、高らかな
「ああ、なんてひどい……」
幕が上がり、ミシェリーヌ姫が現われる。彼女は国の領地を荒らすドラゴンの生け贄に決まり、嘆いている。魔石照明の明るい照明が彼女にスポットライトを当てる。
「まってください、姫!」
と、そこに現われたのは騎士ウィルフリッド。彼はドラゴンを退治してきっと帰ってくると約束する。
そして舞台は暗くなり、今度はおそろしげなドラゴンのハリボテが現われる。暗い照明と魔石から発される稲光で、それはまるで本物のようだった。
その後も彼を待つ重苦しい姫のシーンは薄青に、戦う仲間を集める騎士のシーンは赤く勇壮に、と切り替わる舞台に観客達は息を飲み、そしてどよめきと拍手を贈った。
「いいじゃないか……これだけの仕掛け、大変だったろう」
そうアシュレイに言われてマイアは照れくさそうに頬をかいた。
「私だけじゃありません。照明さんもアイディアを色々出してくれたし、沢山の人が手伝ってくれたんです」
「そうか」
謙遜しながらもどこか誇らしげな様子のマイアに、アシュレイは優しい視線を送った。この暗闇で、マイアはそれには気付かなかったが。
「ほ、ほら……あの歌です……」
やがてカイルの前で披露する羽目になった曲が流れてきた。さすがはプロの女優である。マイアよりも格段に上手い。美しく、儚げに歌うその姿に観客の目は釘付けだ。
「素敵……」
マイアもうっとりとしてその美声に聞き入った。やがて舞台は切り替わり、ドラゴンと騎士ウィルフリッドとの決戦のシーンになる。ぎゅーっと手を握りしめて舞台を見つめるマイア。そして無事にドラゴンは倒され、ミシェリーヌ姫とウィルフリッドは再会し永遠の愛を誓う。するとキラキラとした木漏れ日の幻影ののちに虹が上がった。これも魔石照明の効果である。
「はあ……よかった……」
マイアは一番手の込んだ演出が成功した事、そしてそれがとても素晴らしかったことに胸を撫で降ろした。期待通り、客席は総立ちで拍手をしている。
そしてにぎやかなアンコールを終えて舞台は終わった。
「この後、関係者はこちらにお集まりください」
舞台の興奮を胸に、マイアとアシュレイが広間に向かうと、軽食と飲み物が用意してあった。
「ワインをどうぞ」
「ああ」
「そちらのレディーも」
「はい……あ」
アシュレイは給仕からマイアに渡されたワインをスッと取り上げた。
「こちらにはレモネードを」
「はい」
それを見てマイアはちょっとヘソを曲げた。
「もう私も大人なのでは?」
「……すまん。ではワインを」
アシュレイはしまったという顔をしてマイアにワインを渡した。
「……もう」
広間には劇場関係者と街の名士が集っている。
「あ! マイア」
「アビゲイル!」
その中でも一際目立つアビゲイルはすぐに見つける事が出来た。隣のトレヴァーも美男子で一対の人形のようである。
「すごかったわ! あれをマイアが作ったのよね!?」
「ええ」
「あの最後の木漏れ日の幻影は私に教えてくれた魔法陣の応用ですか?」
「そうです」
二人とも、舞台に大満足したようだった。そしてそこに現われたのはレイモンドとその妹である。
「どうも! みなさんこんばんは」
「どうも」
レイモンドの妹はライラと言ってまるで双子のようにそっくりだった。
「お兄様がお世話になっております」
「いえ、お世話になっているのは私の方で……」
「素敵な舞台でした。こんな可憐な方があの照明を作ったなんて」
「いやぁ……」
とにかく褒めちぎってくるレイモンドの妹にマイアはすっかり照れてしまった。そんな話し込んでいるあまりに目立つ一団に、周囲の目は引きつけられた。
「あれはティオール銀行の頭取の娘さん、隣は婚約者殿か」
「フローリオ商会の兄妹も来ているわ」
「では……あの銀髪の殿方と緑のドレスのお嬢さんはだれかしら」
皆がそう噂をしあうなか、広間のドアが開いた。
「お待たせいたしました。ささやかですが楽しんで戴けておりますでしょうか。役者陣もあとから参りますので!」
ベンジャミン座長はそう言うと、チラリとマイアを見た。
「その前に……今回、皆さんが大注目でした魔石照明の開発者をご紹介いたしましょう! ……さ、マイアさん」
「は、はい!」
マイアはベンジャミンの横に立たされて会場の視線が自分に降り注いでくるのを感じた。
「『ランブレイユの森のマイア』です。今回の照明は……その……魔石で出来ているので火事の心配がいりません……」
そう言うだけでいっぱいいっぱいのマイアに代わってベンジャミンが補足する。
「それ以外にも、様々な演出が出来るようになりました。今日の演目、『ウィルフリッドとミシェリーヌ』は皆様よくご存じの演目でしたからよーくおわかりになったでしょう」
にっこりと彼がそう言うと、拍手と賛辞が飛んできた。マイアは真っ赤になりながら、会場の人々に頭を下げた。
「素晴らしかったわ……なぜ魔石を使ったのかしら」
「ずいぶんと若いのに大した物だ」
その後はマイアは色々な人に囲まれた。雨のように振ってくる質問に何とか答え、褒められたら微笑み返し……そんな姿をアシュレイは少し離れた所で見守っていた。
「うーん、マイアさんパンク寸前ですね。アシュレイさん、いいんですか?」
「気になるならお前が行け」
そこに声をかけてきたのはレイモンドだ。そんな彼にアシュレイはそっけなく答えた。
「いやいや……今日のエスコートはアシュレイさんでしょう」
「俺は……俺はいい」
「まったくもう……」
レイモンドはため息をつくと、あきらめて群衆とマイアを引きはがしに向かった。上手いこと人を裁いていくその姿を見てアシュレイは自嘲気味に笑った。
そうして、ヴィオラ座の華やかなこけら落とし公演は大成功をおさめたのだった。
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