34話 悩める青年

 そして今度はセドリックの布屋にお邪魔した。エリーからなにか伝言がないかを確かめる為だ。


「ああ、マイアさん。これを預かっていますよ」


 セドリックはマイアの姿を見つけると、かわいらしい小花の封筒を差し出した。マイアが中をあけるとこれまた可愛いカードが出てくる。


『マイア、これを読んだらマダム・リグレの工房にきて頂戴』


 エリーだ。なにか情報を掴んだのだろうか。マイアはセドリックに場所を聞いてその工房へと向かった。


「エリー」

「ああ、マイア。ちょっと休憩をもらってきたわ」

「なにか分かったのかしら」

「ええ……みんな高級チョコレートを食べて口が滑らかになったのよ」

「あ……」


 エリーは何も自分が食べたいばっかりでチョコレートをねだった訳ではなかったようだ。仲間達にお裾分けしてトレヴァーのことを聞いてくれたらしい。


「で、噂のトレヴァーさんなのだけど……なんとハンサムなのに身持ちが固いのですって」

「う、うん……」

「綺麗な人妻や積極的なお嬢さんのお誘いにもまったくなびかないとか……なんでも思い人がいるんじゃないかって話よ」

「思い人?」


 マイアはどきりとした。トレヴァーの思い人、とは誰なのだろうか。


「その人は誰?」

「それが分からないのよ。もしかしたら振られた女が言いふらしているだけかもしれないかもね」

「そっかぁ……」

「あ、あともう一つ。彼は毎週木曜日に本屋に来て気に入った本があると、ほらあの私と一緒に行った喫茶店でその本を読むそうよ」


 なるほど。これ以上は直接彼と接触するしかないって事かしら、とマイアは思った。木曜日は明日。彼の足取りを探ってみよう。マイアはそう決意するとエリーにお礼を行って帰宅した。


「あ、あ、あー!」

「はい。いいですよ。そろそろ試しに伴奏に合わせて歌ってみましょうか」

「はい」


 本日も、ベンジャミンのピアノに合わせてマイアは歌っている。基本の発声を一通り終えるとベンジャミンは歌ってみろと言ってきた。


「さん、はい」

「静けき湖、柳の影にー。あなたを探してさまようー」

「……もうちょっと情感をこめましょうか、『静けき湖~、柳の~影に~』っと。もう一回!」


 レッスンが進んでくると、ベンジャミンの力も入ってくる。マイアはなんとかそれに追いつきながら歌を歌った。


「あー……声がガラガラしてる……」


 やっとレッスンを終えたマイアはまず本屋に言ってきた。エリーから聞いた彼の特徴は濃い茶色の髪を長めにしていて青い眼、近頃首都で大流行の縞のベストを仕立てたばかりだから多分それを身につけているとのことだった。


「彼かしら……」


 マイアが本棚の間から見つけたのはエリーの証言通りの二十歳半ばの男性だった。確かに甘いマスクをしている。若いお嬢さんがたが騒ぎ出しそうである。


「むむ……?」


 マイアは彼の立っている売り場を見て唸った。それは魔術の本の置き場だったからだ。


「あの……その本より、こちらの本のほうが分かりやすいですよ」


 マイアは思わず声をかけていた。トレヴァーはちょっとびっくりした顔でこちらを見ている。


「あ……どうも……」

「す、すみません。私は『ランブレイユの森のマイア』です」

「という事は魔術師さんですか」

「はい。駆け出しですが」

「そうですか……私はトレヴァー・レミントンと言います」


 丁寧に挨拶されたマイアはトレヴァーに頭を下げた。


「魔術に興味が?」

「あ……はい。実は少しだけ魔力があるんです。ただ、家は官僚の家なので……本を読んで出来る事をしているんですよ」

「まあ、独学だと大変でしょう」

「ええ……でも趣味のようなものですから」


 トレヴァーは少し恥ずかしそうに頭を掻いた。その笑顔はくったくがなくて、マイアは好感を持った。そして思い切ってこう切り出してみた。


「良かったら少しお茶でもしませんか?」

「え……と……」

「魔術で伸び悩んでいる所をアドバイスできるかもしれません」

「ああ、いいんですか……?」


 トレヴァーはちょっと戸惑ったが、マイアがそう付け加えると驚きながら快諾してくれた。マイアはお薦めの魔術教本をいくつかトレヴァーに教えた。

 そしてトレヴァー行きつけの喫茶店に行く。この間のエリーがハンサムだと言っていた店員が出てきてふたりは席に通された。


「どうして趣味で魔術を……?」


 マイアは単純な好奇心でトレヴァーに聞いた。


「私は法律を専門に学び、数学も好きなのですがその二つに通じる部分があると思いまして。専門にするのには私の魔力が弱すぎて無理でしたが」

「そうですか。私もあまり魔力は強い方ではありません。基本の魔術の他は魔法陣を使う事が多いです。先人の智恵ですね」

「ほう……」

「いいですよ。魔法陣。数学が好きなら向いていると思います」


 マイアは目的も忘れて、トレヴァーとただただ単純に楽しく魔術談義を交わした。


「トレヴァーさんは魔術でしたいこととかあるんですか?」

「うーん……中途半端ですからなかなか……今の所役に立っているのは小さな怪我をすぐ治せるくらいで。でも……できれば……」


 トレヴァーはそこまで言うとみるみる顔を赤くさせた。


「トレヴァーさん……?」

「あ、や……その……できればプロポーズをしたい女性がいるのですが……魔術で一生忘れられないプロポーズにしたいな……と……」

「へぇ!」


 マイアは今のはちょっとわざとらしい驚き方だったかな、と思いつつ目を見開いてびっくりした顔をした。


「その方はいつも沢山の殿方に囲まれているのです。一歩差をつけるにはこんな事くらいしか思いつかなくて」


 お針子達からの噂ではお婿さんに最適なハンサムとして評判のトレヴァーも本人からしたら腰が引けてしまうこともあるようだ。


「そんな……トレヴァーさんは立派な男性だと思いますけど……どなたなんですか、そのプロポーズしたい人というのは……」

「ティオール銀行の頭取のお嬢さんで、アビゲイルさんという方です」

「……は?」

「とても理知的で素敵な方なんです。……でも資産家の一人娘だから財産目当てだと思われそうで……」

「はあ……」


 なんという事だろう。気は強いが頭のいい金持ち娘のアビゲイルと、家柄が良くハンサムで気さくなトレヴァー。お互いに好意を持ちながら言葉にせずにもんもんとしているなんて。


「そんな魔術なんて使わなくても……」

「いえ、でも断られたら……」


 トレヴァーはまだ勇気が出ないようだった。まあ、お互いの気持ちを知っているのはマイアだけなので、それが滑稽にみえるのも彼女だけなのだ。


「分かりました。トレヴァーさん。私と魔道具作りをしてみませんか?」

「魔道具……?」

「はい、私は魔道具師として今、生計を立てています。魔道具なら少ない魔力で動かせますし、後に形も残ります。彼女の心をゲットする為に素敵な一品を作りましょう!」


 マイアはそういうと、戸惑いの表情をまだ浮かべているトレヴァーに向かってにっこりととっておきの微笑みを浮かべた。

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