28話 お針子エリー

「それで、ここに来たんですか?」


 と、口をあんぐり開けているのはセドリックである。ここは商店街の中程にあるセドリックの布屋だった。


「はい、セドリックさんはお知り合い多そうですので」

「まあ客商売ですけどね……とはいえレミントン男爵のとこの次男ですか……」


 セドリックはぽりぽりと頬を掻いた。マイアは少し無茶を言ってしまったかな、と思った。だけど選ぶほどマイアに知り合いがいる訳ではない。


「あの! この布が欲しいんですけど!」

「はーい」


 困った顔のセドリックにお客さんが声をかけた。いけない、お仕事の邪魔だったかしらとマイアが思っていると、布を買いに来たそのお客さんがマイアをみてにやっと笑った。


「今、トレヴァー様の噂してたでしょ」

「え? ま、まあ……」

「罪ねぇ、伊達男ってのは!」


 そう言ってそのお客さんはケラケラと笑っている。セドリックは注文の品を包みながら苦笑して言った。


「マイアさん。彼女はお針子さんなんですよ」

「うふふふ。私達、手は忙しいけど口は暇しているから仕事中おしゃべりばかりしてるの。トレヴァー様の事も聞いたことあるわ」

「へぇ……」


 そのお針子は赤毛に薄い緑の瞳で快活な印象だった。


「よかったら私の知ってる話をしてもいいわよ」

「ほんとですか?」

「ええ。でも交換条件。そこの喫茶店のケーキを奢って?」

「それくらいなら」


 セドリックの店のはす向かいには綺麗な喫茶店がある。マイアもちょっと気になるお店だったのでその申し出を受けた。


「じゃ、決まりね。私はエリー」

「マイアです」

「じゃ、行きましょ!」


 エリーはマイアの腕と掴んでぐいぐいと店の外に引っ張った。マイアは振り返ってセドリックに「行ってきます」と伝えた。


「ヘンナヒトタチー」


 セドリックの代わりに答えたのは猫のアルマの間の抜けた声だった。


「いらっしゃいませ」


 キチンとした礼服を着た従業員がマイアとエリーを出迎えた。内装はとてもきらびやかで蔦の彫刻の柱、花がらの壁紙、そして輝くシャンデリアが下品にならず絶妙なバランスで配置されている。ここはマイアが思っていたよりも高級店のようだった。


「こちらのお席へどうぞ」


 正直マイアとエリーの格好はこの店の客層から浮いていたが、店員はちらりと見ただけで真顔で席へと案内した。


「はーっ、見た? さっきの店員さんハンサムね」

「えっえっ?」


 内装しか見ていなかったマイアは慌ててキョロキョロと店員さんを探した。エリーはそんなマイアを放って置いてメニューを広げた。


「これ。この季節のケーキの苺ケーキがもう絶品なんですって。絶対食べたいと思ったけど小遣いが足りなくて……」

「そうなんですか」

「駆け出しのお針子の給料なんてうんと安いの。そこから仕送りを抜いたら残りはほんのちょっとよ」


 愚痴りながらもエリーはケーキを注文した。マイアも同じ苺のケーキを頼んだ。


「うわぁ……」

「こ、これ本当に食べられるのかしら」


 マイアとエリーは運ばれて来たケーキに目が釘付けになった。真っ赤な苺のムースがスポンジの上に乗っている。そのムースにはふんだんに薄切りにした苺が飾られて、てっぺんにはマジパンの苺の花があしらわれている。


「綺麗……」


 怖々とフォークを入れ、口に運ぶと甘酸っぱい苺の香りが口いっぱいに広がった。


「おいしい~」


 エリーはにこにこしながらそれを平らげてさて、とマイアに向き直った。


「で、トレヴァー様のことでしたっけ」

「はい! 教えていただけると」

「そうねぇ……私達の間では『この街で最高のお婿様』なんて呼ばれています」

「お婿様……?」

「はい。レミントン男爵は治水官僚をされてしっかりしたお人柄ですし、トレヴァー様も大学で法律を治められたとか……そしてなにより、彼はハンサムです」


 エリーはびしっと言い切った。つまり家柄がよくしっかりとした実家で本人も賢い、そして見た目もよいという事だ。


「エリーは見た事あるの?」

「いいえ。まあそう聞いただけです」

「ふーん……」


 アビゲイルは素敵なお婿さんが欲しくて彼の心を射止めたいのかしら、とマイアが考えていると今度はエリーがため息をつき始めた。


「私もお屋敷まで行って仮縫いとかしたいんだけどねー。お前はまだまだだって」

「そうなの?」

「腕に自信はあるのよ、ほらコレ見て」


 と、エリーはポーチからハンカチを取り出した。それは駆け出しのお針子が持つには立派過ぎる品だった。


「ほら、このレースも自分で編んだし刺繍も私がしたの」

「すごい……私も手芸はするけど」


 マイアも趣味で手がけるからこそ、彼女の仕事の素晴らしさがよく分かった。レースの編み目はきっちりと狂いなく、刺繍も手の込んだものだ。


「これを独学で?」

「いいえ。母さんもお針子をやっていて小さい頃から教えてくれたのよ」


 エリーは誇らしげに言ってマイアの手からハンカチをとって大事そうにまたポーチにしまった。


「だから母さんにもっと仕送りできるように、私は仕事を頑張るの。工房は夏は暑いし、冬は寒いけどね」

「エリーは立派ね」

「いえいえ。ところでマイアはなんの仕事をしてるの? ここのケーキ高いでしょ、大丈夫?」

「私は魔道具師よ。一般の人でも使える魔道具を作るのを仕事にしてるの」

「そっちこそすごいじゃない!」


 エリーは目を丸くした。そしてハッと思い出したように手を打った。


「と、いうか聞いたことあるわ……最近、不思議な魔道具を作る人がいるって。あなただったのね……」

「はい……多分私です」


 マイアは小っ恥ずかしくなりながら答えた。


「そうかー。それでもうお婿さんが欲しいの?」

「違います! その、えっと……秘密です」

「あ、お仕事関係かしら。ごめんなさい」

「まあそんな所です……内緒でお願いします。トレヴァーさんの事がちょっとでも知りたくて」

「そっか、じゃあ……ここのチョコレートもとっても美味しいらしいの。それをお土産にしてくれたらもっと情報を持ってくるわ」


 エリーは悪気のない顔で微笑んでいる。したたかな彼女に負けて、マイアは財布を取り出した。

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