27話 劇場見学
「これでよし!」
翌日、すっきりと目覚めたマイアは自室でノートにやるべき事を書きだしていた。
「ひとつ、まず改装中の劇場を見に行くこと。引き受けるかはそれから考える。魔石の事はカイルに相談してみる。無理ならレイモンドさんの買い付けが終わるのを待つ」
そしてもう一つ。こちらはマイアはちょっとだけ自信がない。
「ひとつ、アビゲイルさんの好きな人が彼女をどう思っているか突き止める。というかその人がどんな人なのか調べる。そしてなにか出来る事を考える。理由はお友達なので」
そこまで一気に読み上げた。一緒に遊んだり助け合ったり相談したり。それがマイアにとっての友達だった。
という訳でマイアは今日も街に向かうことにした。
「ここがヴィオラ座……」
それは大理石作りの建物だった。だが窓がドアから火事の煤がついているのを見た。中の焼けた建材などを運び出して劇場は改装工事をしている。マイアは傷ましい気持ちでずっとその様子を見ていた。
「立派な建物なのに……」
しかし、その周りは閑散としていた。剥がれかけた演目のポスターが風になびいている。
「本当はそここに駄菓子売りや花売りがいて、近隣の商店はもっと賑わっていたんですよ」
「あ、レイモンドさん」
「従業員が見かけて教えてくれたんですよ。視察なら言ってくれたらよかったのに」
「とりあえず見てみようと思ったんです」
気が付くとレイモンドが横に立ってかつての劇場の様子を教えてくれた。
「そうですか。ついでです。座長の話も聞いてみませんか?」
レイモンドにそう聞かれて、マイアは迷った。このままレイモンドに流されるのもよくない。
「あの私、まだ決心が……」
「決心するにも材料がいるでしょう。大丈夫、昨日の内に彼には無理かもしれないとは言ってありますから」
結局、マイアはヴィオラ座の座長に会うことになった。劇場の焼けていない建物部分の事務室に大抵彼は居るという。
レイモンドとマイアがそこを訪れると、恰幅いい燕尾服の男性が迎えてくれた。ちょっと薄暗い事務室には歴代の公演のポスターが貼られている。マイアはこちらをにっこりと見つめている大変に美人な金髪の女優のポスターに目を奪われた。
「やあ、やあどうもレイモンドさん」
「どうも、ベンジャミン座長。どうですか工事は」
「順調です。無事保険金も下りましたし……と、そちらのお嬢さんは」
つやつやに撫でつけた黒髪がなんだかちょっと胡散臭いヴィオラ座の座長ベンジャミンはマイアをみてちょろりとした顎髭をつまんだ。
「おや、新人女優の売り込みですかな?」
「じょ、女優……っ? 違います!」
マイアは突然そんな事を言われて驚いて否定した。その後ろでレイモンドは笑いながら首を振る。
「違いますよ。彼女は……ほら、以前に話した魔道具師の人です」
「ああ! 照明の!」
「どうも……」
マイアは少し居心地の悪い思いをしながら彼に挨拶した。
「火を使わない照明を作れるかもしれないんですよね!?」
「まあ、作れはすると思うんですが材料が足りないんです」
「ええ、聞きました。残念です」
ベンジャミン座長は肩を落とした。その様子を見ていると、マイアはやはりなにかしてあげたいという気持ちが湧いてきた。
「すみません。材料が無くて……魔術師の魔力が使える普通の魔道具なら作れるんですが」
「うーん……魔術師ですか……」
ベンジャミンは微妙な顔をした。
「定期的に照明の操作をしてくれる魔術師さんがいるか……報酬もそこまでお支払いできませんし、今うちが雇っている照明係も居るので」
「うーん、居なさそうですね」
魔術師は基本、単発で高額な依頼を好む。それぞれ他に自分の得意な魔術の研究などに時間を費やしているというのが大きな理由だ。そんな魔術師を長期で雇うにはそれなりの報酬とか理由が必要だ。しかめつらをしているマイアを見て、レイモンドはさっとベンジャミンに挨拶をした。
「では、そろそろ失礼します。ベンジャミン座長、照明の事は気長に待ってもらえると」
「ああ。いつか火事の心配のない劇場ができるといいと思うが……まずはこちらも再建が先だ」
そうしてマイアとレイモンドは劇場を出た。
「どうでしたか?」
「はい。この仕事は……いままでと違って色んな人が関わるんですね。誰か一人を幸せにするのではなくて」
「そうですね」
「その分責任を感じます」
マイアが今まで相手にしてきたのは個人だ。今回の相手は劇場。作る魔道具の数も多いし、その魔道具の影響を受ける人の数も多い。
「いやですか?」
「いいえ……」
実際に劇場の様子を見た事でマイアの中の事が大きすぎるという気持ちは薄れた。幸い支えてくれるレイモンドもいる。だけど……。
「まあ決心がついたらまた連絡してください」
「はい。ごめんなさい」
マイアが再度謝ると、レイモンドは首を振った。
「きっとマイアさんは優しいからなんでも引き受けてしまうだろうから、僕は無理強いしません。僕はマイアさんの意に沿わない仕事はして欲しくないんです」
「……分かりました。じゃあ、私ちょっと買い物もあるので」
そう言ってレイモンドと別れた。
「で、あとはレミントン男爵の息子のトレヴァーさんの事を知らないと……うーん、どこに行こうかしら」
もちろんレイモンドには聞けない。となるとこの街で知り合いなのは……オーヴィルか。それとも……。
「あ、あの人なら分かるかもしれない!」
マイアは脳裏に浮かんだ人物の元に向かう事にした。
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