15話 目覚まし時計

 翌朝、マイアは家事を終えると机の上の時計を前に腕まくりをした。慎重に小さなねじ回しを使って盤面を開けることに成功した。


「アシュレイさんなら『分解』の魔法であっという間にできるんだろうけど……」


 そこをマイアはアシュレイに頼るのは嫌だった。


「ここに魔法陣その一を置いて、針の方にその二を置いて……」


 マイアが作ろうとしている時計は、定められた時間になると部屋に風が吹きまくる、というものだった。


「あとは魔石と繋げて動作確認!」


 マイアは目覚まし時計を作る事に成功した。魔法陣と魔法陣を組み合わせるのは筆記具の時に出来たし、魔法陣自体の小型化はキャロルのヘアアクセサリーの時に経験した。


「ようやっと手慣れてきたかなー」


 マイアは翌日も魔道具作りに取り組んで、何度も動かして風量の調整などをした。


「よし、できました!」


 とうとう完成した目覚ましの魔道具。それを持ってマイアは街に向かった。徒歩だと間に合いそうにないので魔法のマントを使って待ち合わせ場所へと急ぐ。


「はあ……はあ……お待たせしました……」


 息をなんとか整えながらマイアが店に入ると、窓際の席にディックが座っているのが見えた。


「出来ましたよ、絶対に目が覚める時計が!」

「あ、ああ……」


 マイアは自信満々で鞄から時計を取り出した……のだが、ディックの顔色はどうも冴えない。


「……どうしました?」

「あ、あのー。女房が帰ってきてしまって……」

「はあ……」

「その、なんていうかもう時計はいらないかなと……」

「そ、そうですか」


 マイアはがっかりしてしまった。代金がとれそうに無い事よりも、折角作ったのに喜んで貰えそうに無い事が悲しかった。


「ひ、必要ないのならしかたありませんね」


 マイアは目の前の時計をどうしようかと考えた。魔石を取り外すのは簡単だけれど、中の魔法陣をいじるのはここでは無理だ。


「一度持って帰って……」


 マイアがそう言いかけた時だった。マイアの向かい側から、ずんずんと近づいて来た女の人がディックの頭をひっぱたいた。


「あ、痛ぁ!」

「なーにやってんだいあんたは!」

「エミリー……」


 恰幅の良いその女性はマイアを見てにこっと笑った。


「すいませんね。うちの旦那が」

「あ、いえ……」


 マイアは勢いに押された。そのエミリーと呼ばれた女性はディックの奥さんらしかった。


「あんたね、こんな所で若いお嬢さんとなにしてるんだい?」

「それは……その……この人は職人さんで、目覚ましの時計を作って貰っていて……」

「ほおん?」

「で、でもお前が帰ってきたから断ったから! み、店の改装資金は無事だから!」

「ふーん……」


 エミリーの目がマイアを捉えた。マイアはなんとも居心地の悪い思いをした。


「その時計にいくらかかるんだい?」

「ゲルト金貨で七枚です」

「そうかい……」


 エミリーは金額を聞いて頷くと、また旦那のディックの頭をはたいた。


「あんた! あたしが出て行った理由がまだわかんないのかい! あたしは毎朝あんたを起こすのにうんざりしたんだよ」

「エ、エミリー……!」

「お嬢さん、この時計は貰っていくよ。もちろん代金も払います」

「大丈夫ですか? 無理しないでも」


 マイアが思わずそう言うと、エミリーは腰に手をあててカカカ、と笑った。


「この人を起こさないでいいなら金貨七枚も安い安い! 大丈夫、しっかり早起きさせてその分稼いでもらうから」

「エミリー! もう恥ずかしいからやめてくれ!」


 ディックが悲鳴をあげ、鞄から金貨の入った袋を出した。


「あ、では……いただきます。ここの針を起きたい時間に合わせると風が顔にぶつかってくる仕組みです。調整が必要な時は……フローリオ商会のレイモンドさんに連絡してください」

「はい……わかりました」


 ディックは半泣きで、エミリーは時計を見て微笑み、それを持って去っていった。


「ふう……」


 ――一応、魔道具は売れた。だけどマイアは釈然としない気持ちが残った。空の鞄をぶら下げて店を出る。その足は自然とフローリオ商会の方に向かっていた。


「あ、マイアさん!」

「こんにちは」


 窓越しに中を窺っていたマイアをレイモンドはさっそく見つけて駆け寄った。


「どうしました?」

「あー……ちょっと近くに寄ったので」

「お買い物ですか」

「ああ、はい」

「ではまたランチを一緒に!」


 マイアはレイモンドの屈託の無い笑顔を見て少しホッとした。


「うーん、どこに行こう……そうですね少し歩きますけど安くて美味しいレストランがあります。そこにしよう」

「レイモンドさんは色んなお店を知ってるんですね」

「あはは……食べ歩きは趣味でして……」


 レイモンドは手にしていた書類を机に置くと、マイアをつれて歩き出した。そして昼時で賑やかな料理店に入るとお昼の日替わりコースを頼んだ。


「ここの前菜のきのこのマリネサラダが美味しいんですよ」

「こないだも街に来たんですが、私……どのお店に入ればいいのかわからなくて結局適当に入ってしまいました」

「そっかぁ。ティオールの街のグルメガイドを作ったらマイアさんに売れますかね」

「他に欲しい人もいると思いますよ?」


 マイアはレイモンドと話していくうちに胸のもやもやが晴れていくのを感じた。レイモンドが絶賛するきのこのサラダは美味しかったし、日替わりの主菜のステーキもソースの味付けが絶品だった。お腹が満たされたマイアは食後のお茶を飲みながら、レイモンドに切り出した。


「実は……今日は買い物に来たんじゃないんです」

「あ、そうなんですか?」

「ええ、実は……」


 マイアはレイモンドに目覚まし時計を作る事になった経緯とそれが買い取られるまでを話した。


「マイアさん……僕に相談してくれればよかったのに……」

「すみません。レイモンドさん抜きでやれるか確かめたくて」

「いやいや、僕らはパートナーじゃないですか。マイアさんは作る人。僕は売る人」

「そうですね……」


 マイアは俯いた。そしてレイモンドがそう言ってくれる事にほっとしながら胸の内を吐露した。


「結局時計は売れたんですけど、なにかモヤモヤしてしまって」

「そうですねー。それは、顧客の本当の願いとは違かったからかもしれませんね」

「本当の願い?」

「はい。そのディックさんの本当の願いは『朝起きたい』ではなくて『奥さんに帰って来て欲しい』ってことだったんじゃないかなぁ」

「はあ……」


 エミリーはずいぶんとディックを尻に敷いているように見えたが、そう言えば女房に出ていかれたと話した時のディックさんはとても寂しそうだった。


「ま、小さなボタンの掛け違いですね」

「難しいですね……」

「そういう事が起こらないようにフローリオ商会は……というか僕はマイアさんを支援しますよ。それが商売の仲間ってもんです。頼ってください。こちらもマイアさんを頼りにしてますから」

「あ、ありがとうございます」


 マイアは照れて頬が熱くなるのを感じた。そんな彼女を見ながらレイモンドはにこっと微笑むとマイアにこう言った。


「で、早速頼りたいのですが……その目覚ましの時計、もう一つ作れませんか?」

「え、出来ますけど……」


 風の魔石はまだ在庫がある。マイアが頷くとレイモンドはそれを聞いてにっと笑った。

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