14話 困った人
すると、その男性とふと目が合ってしまった。その男性はきまずそうに目を逸らすと行ってしまった。
「……お昼でも食べようかしら」
買い物の荷物も重いし、どこかで休憩したい。そう思ったマイアは自分一人でも入りやすそうな軽食の店を見つけて入った。
「サンドイッチとミルクティーを」
「はい、かしこまりました」
やがてマイアの前に注文した品が運ばれてくる。マイアがサンドイッチにかぶりつていると隣に一人の客が来た。そのどよんとした顔には見覚えがある。さっき店から追い出されていた男性だ。
「はぁー……」
深い深いため息だ。マイアはサンドイッチをゴクンと飲み下すと、お節介かと思いながら男性に話しかけた。
「あのー、どうかしましたか?」
「あっ、いえ……」
男性は急に話しかけてきたマイアに驚いて俯いてしまった。
「さっき、商店街で怒鳴られていましたよね。あんなに怒らなくてもいいのに……」
マイアがそう言うと、男性は慌てて首を振った。
「いえっ! あれは私が悪いんです。時間通りに商品を届けられなかったから」
「そうなんですか」
「朝一に届けるって約束だったのに寝坊して……」
そこまで言って男性はまた深いため息をついた。マイアはじっとその男性を見た。ただの寝坊にしては落ち込みすぎじゃないかな、と思ったのだ。
「あの、もしかしてすごーく困っていますか?」
「は?」
男性はきょとんとしてマイアを見た。それもそうだ。マイアの質問は唐突過ぎた。マイアは少し考えて言い直した。
「私、魔道具の職人なんです。困った事があったらお力になれるかもしれません」
「魔道具? っていうと魔法使いの使うものだろう? 私は魔力はないですよ」
「私の作る魔道具は魔力がなくても使えるものなんです」
「へえ……」
男性はしばし考えて、それから口を開いた。
「私はディック。小間物の卸売りをしてまして、小さな店なんですが……ここのところ起きられなくて」
「夜は眠れているんですか?」
「はい。元々寝起きがとても悪いんです。だけど……女房が出て行ってしまって……そのお恥ずかしい話ですが……それで朝起きられなくて……」
ディックはそこまで言うと、がりがりと頭を掻いた。
「まぁ……」
「それはしかたないんですが、このまま寝坊続きだと得意先に愛想をつかされてしまいます……」
「そうですか……」
マイアは考えながらミルクティーを一口飲んだ。その時、店の柱時計が二時を告げた。
「……そうだ。時計が起こしてくれるとかどうでしょう」
「時計が……?」
「ええ。起きたい時間になったら魔道具が発動するようにして……そうですね、火は危ないし水はベッドが濡れるし……風の魔法がいいかしら」
マイアはつらつらと自分の考えを口にしてはっとした。……しまった、まだこの人は依頼もしていないのに、と反省した。
「すみません……時計も安いものじゃないし、それに細工を加えて魔石を使ってとなると結構なお値段になってしまいます」
「それっていくらくらいでしょう……」
「金貨十五枚くらいですかね」
「……うう~ん……」
ディックはあきらかに迷っているようだった。
「うちの中古の時計を使ったらどうなりますかね」
「それなら金貨七枚でいいですよ」
「よし、買った!」
ディックはそこで膝を叩いた。
「店の改装資金があります。それをあてましょう。このままじゃ店自体が無くなってしまいそうですからね」
交渉成立だ。マイアははじめて自分でお客を見つける事ができた、と内心喜んだ。
「それじゃ、うちの時計を持ってきます」
「はい」
マイアはそのままその店で待つ事にした。ミルクティーのお代わりを頼んでそれをゆっくり飲んでいると、ディックが置き時計を持ってきた。
「これでいいですか」
「はい。それではお預かりします。……三日ほどいただけますか」
「わかりました。その間は朝の早い仕事はやめておきます」
マイアは早速買ったばかりの鞄にその時計をしまい込んだ。
「それでは、三日後の午後にこの店で」
「はい、待ってます」
そうしてマイアは街から森へと帰った。
「ただいま帰りました」
「おかえり」
マイアが家に帰ると、アシュレイは居間で石版になにかを書き付けてていた。マイアが近づくと、その姿はフイッと消えてしまった。
「おかえり」
そして自室から
「そんな事しなくても帰ってきますよ」
「前に迷子になったのは誰だ」
「そんなの三年も前の話じゃないですか」
確かにここに着たばかりの時、マイアは森を散策していて道に迷った事がある。だけどそんなの随分前の事だ。
「私はもう大人です」
「ふん……」
「今日も仕事を受注してきましたし!」
マイアはそう誇らしげにアシュレイに告げて、荷物を持って自室へと戻った。そして買って来たものを広げる。
「小説はちょっとお預けね」
そして鞄から預かった時計を出した。
「魔術回路の原理は簡単。針が振れたところで発動すればいいし、魔石はこの後ろに配置すればよし。……問題は分解ね」
職人技の産物であり人様の時計であるし、バラバラにした所で壊してはいけない。これは集中力が要りそうだ、とマイアは思った。
「ま、明日がんばりましょう。さてご飯ご飯」
マイアは時計を机の上に置くと、台所に向かった。
「それじゃあ、あの小僧を通さずに仕事を受けたのか」
「小僧じゃなくてレイモンドさんです」
マイアはアシュレイと食卓を囲みながら、今日の報告をしていた。
「ほら、いままでレイモンドさんがお膳立てしてくれてたじゃないですか。自分の力で出来るところを見せたくて……」
「ふーん」
アシュレイはスープを掬いながら興味なさそうに頷いた。その反応にマイアは不満を覚えたが、ふとある事を思い出した。
「あ、アシュレイさんちょっと待っててください」
「ん? なんだ」
マイアは自室に戻ると、箱を手にした。そしてそれを咳払いをしてアシュレイに差し出す。
「えー……、自分ではじめて稼いだお金で買いました。良かったら使って下さい」
「……開けても?」
「はい」
アシュレイは一瞬ポカンとした顔をしていたが、手渡された箱を開けた。そこには金の鎖。
「眼鏡の鎖です」
「……」
「ほ、ほら! 今までのお礼というか……つけてみて下さいよ」
「あ、ああ……」
アシュレイは片眼がねを外して鎖をつけた。元々丹精な横顔に彩りが加わる。アシュレイはマイアが街に買い物に行ってわざわざ自分への贈り物を買ってくるとはまったく予想していなかった。
「うん、似合ってます」
「そうか……あ……ありが……ありがたくいただく」
「はい!」
アシュレイは気恥ずかしい気持ちを押し殺しながら眼鏡をかけた。
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