16話 変なお客

「伝言デース! 伝言デース!」


 一週間後、洗濯物を干していたマイアは小鳥のゴーレムの鳴き声に振り返った。


「おかえり。おいで」


 差し出した手に飛び乗ってきたゴーレムの胸を押す。ペッと吐き出されたメモをマイアは広げた。


「ふむふむ……」


 その中身を確認したマイアはすぐに家の中に戻った。


「ゴーレム、洗濯物が乾いたら取り込みお願い!」

「ここここ!」


 マイアは部屋に行き、鞄を手にして風のマントを羽織る。そしてアシュレイに一声かけた。


「アシュレイさん! また街に行ってきます」

「おお。気をつけろー」

「はい!」


 アシュレイの気の抜けた返事を聞き届けて、マイアはそのまま玄関から文字通り飛び出した。このまま街まで空をひとっ飛び。


「ふうーっ」


 最近、街に行くことが増えたので長距離の飛行に慣れてはきたがやはり疲れる。マイアの魔力量ではそもそもアシュレイのようになんでもできるとは行かないのだ。

 呼吸が整ったところでフローリオ商会を目指す。


「レイモンドさん!」

「ああ、マイアさん。知らせがついたんですね」

「ええ」

「では、行きましょうか。目覚ましの時計の購入者の所へ!」

「はい!」


 レイモンドはマイアを町の隅にある建物に案内した。


「ここは……?」

「街の警備の衛兵の宿舎です」


 そのままスタスタとレイモンドは中に入っていく。マイアは慌ててその後を追った。


「だ、大丈夫ですか?」

「はい、許可を貰ってますから」


 レイモンドは入り口に立っていた衛兵に笑顔で軽く挨拶をしながらマイアを振り返った。


「さて、ここです」


 レイモンドはドアを開けた。そこにはベッドが並んでいる。


「ここは警備の衛兵の待機所です」

「はい……?」


マイアはちょっと意味がわからなかった。本当にここで自分の魔道具が役に立っているのだろうか。


「やあ、お待たせしました」

「マイアさん、こちらが警備兵の隊長さんです」

「どうも」


 マイアは隊服を着たヒゲの男性にぺこりと挨拶した。


「夜間の警備は出勤日がまちまちでしてな。毎回たたき起こすのに苦労をしていたのです。何しろ他に眠っているものも居ますから。これなら割合静かだと昨夜担当した衛兵からも好評でした」

「なるほど……」


 ラッパや鐘で起こすと他の兵士が起きてしまう。だけどマイアの魔道具ならそんな事はない。そして大勢の人間が使う施設の設備なら、金貨十五枚も出せる値段という事だ。


「この方が時計を作成した職人さんです」

「おや、随分お若い」

「風が弱かったり強かったりしたら調整します」


 マイアが鞄のサイドを開けて工具を見せると隊長さんはちょっと考えて答えた。


「私はもうちょっと強くてもいい気はしますが……衛兵たちの意見によりますね」

「必要な時にうちの商会に行ってくれれば、マイアさんを呼びますので。ね」

「はい」


 マイアとレイモンドは宿舎を出た。


「レイモンドさん、よくあんな売り先を思いつきましたね」

「……商売していると耳に入ってくるので。たいした事はしてませんよ」

「なるほど」


 森にひっこんで暮らしているマイアとレイモンドとではそもそもの土壌が違うのだ。そして様々な顧客の要望を叶えるのは商会の飯の種である。


「という訳で僕の仕事はマイアさんにふさわしい顧客を紹介する事。そしてマイアさんはそれにふさわしい魔道具を作る事。……だと思いませんか?」

「そうですね……」

「でもマイアさんがどうしても嫌だったら言って下さいね」

「は、はい」


 マイアは頷いた。彼の手をいつまでも煩わせてはいけないという考えは見当違いだったようだ。


「では一旦商会に行きましょうか。今回の報酬の受け渡しもありますし」

「ええ」


 そして二人連れだってフローリオ商会に向かう。角を曲がって商会の前に差し掛かった時、商会の窓をせっせと拭いていた従業員がこちらを見て駆け寄ってきた。


「あ、若旦那! お客さんが来ております」

「おや。僕は先に用事があるんだけど」

「それが……」


 従業員がレイモンドに耳打ちした。それを聞いた彼は目を見開き、それから眉を寄せた。


「……マイアさん、ちょっと商談室で待っていて貰ってもいいですか?」

「はい、かまいませんけども」

「では、こちらへ」


 マイアは商談室に通された。やがてお茶とチョコレートが出てくる。女性従業員さんがそれらを机に並べながら頭を下げた。


「すみません。若旦那がお待たせしまして」

「いえいえ」


 マイアはお茶を飲んで、チョコレートを摘まんだ。甘みの中に苦みと僅かな酸味。香り高いそれは上等のものだとマイアにもわかった。


「おいし……」


 マイアがただただ茶菓子を味わっていると、商談室の扉が叩かれた。


「はい」


 マイアが答えると、レイモンドが入ってきた。少しその顔は曇っている。いや、戸惑っていると言った方がよいだろうか。


「……マイアさん、ちょっと相談が」

「なんでしょう」

「新しい仕事……なんですが……」

「はい、歓迎ですけど。何か問題が?」

「……嫌になったら言ってください。全力で断りますので!」


 レイモンドの言葉にマイアは首を傾げた。なにが彼にそこまで言わせるのだろう。そう思いながらマイアはレイモンドの後について、さらに奥にある商談室に向かうのだった。

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