裏切りの民衆(´;ω;`)

「ほら、とっとと歩け」


 私は手枷、口枷を付けられた状態で牢屋から出された。下衆なゴブリンが私を厭らしい目で見ているのが非常に不愉快だ。私は首輪に付けられた縄を引っ張られて地下牢から上へどんどん上がっていく。


「けひひ。聖女様に選ばれるだけあって結構な上玉じゃねえの。ああ、もったいねえ。魔王様に無傷のまま連れてこいなんて言われてなけりゃあ、一発ヤッてたのによお」


 やはり、ゴブリン。考えることが外道すぎる。なんで善良な私がこんな奴らにいいようにされないといけないの。


「ここからは目隠しをつけろ」


 ゴブリンが私の目に黒い布を巻く。私の視界が黒く覆われてしまい、なんだかわからない。怖い。暗闇が怖い。私は縄で引っ張られるまま進むしかなかった。


「おら、座れ」


 私はゴブリンの言うままに座った。こいつらの言うことは癪だけれど、命令を聞かないとどんな目に遭わされるかわからない。魔法さえ使えればこんな雑魚モンスター一撃なのに。


「走らせろ」


 そう言うとガタガタと揺れ出した。この揺れは馬車? 私は一体どこに連れてかれると言うの?


「んーんー」


「け、うるせえな。うわ、きったね。口から涎垂れてるじゃねえか」


 仕方ないじゃない。口枷のせいで口を閉じることができないんだから。


「まあいいや。貴様はこれから、口だけじゃなくて目からもお許しを乞う涙を流すことになるんだからな。ヒャハハ。これからどこに行くかわかるか? 王都リグザルだ。人間の世界で最も繁栄している王国。そこに貴様に恨みを持った人間を集めた。せいぜいやつらに手心を加えて貰えるように祈るんだな」


 ああ。やっぱり私は処刑されるんだ。私に恨みを抱いている人間は大体予想がつく。それにしても、私に恨みを抱くなんていくらなんでも酷すぎない? 私は人類のために危険を冒して魔族と戦っていたんだよ。少しくらい我儘を言ったり、好き勝手する権利をくれてもいいじゃない。聖女だって1人の人間。戦いばかりじゃストレスが溜まるし、なにもしない人間なんて私のストレス解消用のおもちゃで上等なんだよ。



「おら、ついたぞ。アバズレ女。とっとと降りろ」


 私の体がゴブリンに持ち上げられて、そのまま馬車の外へ投げ出された。手枷を付けられた状態ではロクに受け身をとることができずに、私は痛い思いをしてしまった。


「んぐ」


 口枷から私の声が漏れる。痛いとも言うことができない。怪我した箇所を手で覆うことすらできない。私はただ、痛みと苦しみに耐えなければならない。


「ほら、きびきび歩け」


 痛む体を無理矢理歩かされる。そして、カチャリと音がする。な、なにこの感じ。動けない。まるで何かに固定されているかのように。私、なにされてるの?


「ほら、目隠しと手枷を撮ってやる」


 私の視界には、かつて私が助けた民衆がいた。私は彼らに対して、法外な報酬を請求したり、ストレス解消のために虐めたこともあった。


「でたわね。アバズレ女! あんたのせいで、私の婚約が台無しになったじゃない! 私の彼を返して!」


「てめえが兄さんに女装させたせいで、兄さんがオカマになったじゃねえか! あんなに男らしくて俺の憧れだった兄さんによくも! ぶっ殺してやる!」


「あんたが俺を踏んづけて辱めたせいで、俺は女王様に踏んでもらわなきゃ満足できない体になってしまったじゃないか! ふざけるな! 責任取れ!」


 なんなんだこいつらは。逆恨みもいい所だ。私がこいつらを助けなかったら、こいつらの家族、友人等は魔族によって食われていたのだ。憎むべきは私ではなく魔族だろうが。


 少年が私に石を投げてきた。その石が私の顔面に当たる。痛い。皮膚が擦り切れるくらい痛い。どうして、私が石をぶつけられなければならないのだ。


「よくも、よくも僕にアンタの汚い涎がついたパンを食わせてくれたな!」


 昨日のことか。それは、あんたが勝手にやったことでしょ。私は食べることを強要していない。ただ、あんたが勝手に腹を空かせて、勝手に私の咀嚼物を食べただけじゃないの。それに、わざわざ食べやすく細かく砕いてあげたんだから感謝して欲しいくらいだ。私がパンを与えなかったら、あんたは飢えに苦しんでいたくせに。


 感謝されることはあっても恨まれることはない。勝手に私に助けを求めておいて、勝手に私に幻滅して……本当に民衆は勝手だ。私に戦いの全てを押し付けているくせに!


「さあ、人間のみなさん。魔族と人間の友好の印として、この共通の敵を共に駆逐してあげようじゃありませんか」


 ゴブリンが民衆に問いかけると、彼らは「ワーッ」と沸き立った。ああ。ダメだ、私はここで死ぬ運命なんだ。


 ガタイのいい男がなにやら鉄の棒を持っている。その鉄の棒の先端が赤くなっている。この距離からでも熱気が伝わってくる。ま、まさか。


「ひ、ひひ。焼き鏝やきごてだ。家畜の所有者を示すためのもんで人間に使うもんではないがな。だが、この女は最早人間ではない。悪魔だ。焼き鏝を押されるのに相応しい畜生なんだ」


 や、やだ。やめてよ! そんなもの熱いに決まってるじゃない。


「んーんー!」


 口枷されている私は必死に抵抗の意を示した。しかし、民衆は収まる気がしなかった。


「さあ。悲鳴を聞かせてやりな」


 ゴブリンがそう言うと私の口枷をカチっと外した。


「いや! いやああ! や、やめて! 謝るから! 今までのことは全部謝るから! 許して!」


 私は必死に泣き叫んだ。しかし、彼は躊躇することなく、焼き鏝を私のひたいに押し付けた。


 私の耳をつんざく私の悲鳴。民衆のケラケラとした声が聞こえてきた気がした。

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