儂(王)が見回りをしていると、城の地下牢に悪役令嬢(息子の婚約者)が裸で放置されていたんだが。

秋 田之介

儂(王)が見回りをしていると、城の地下牢に悪役令嬢が裸で放置されていたんだが。

 儂はこの国の王。一番偉い存在。


 そんな儂の仕事は意外なほどない。


 強いて言うなら、城の中の見回りくらいだ。


 なんで、こんなに暇かって?


 平和だから。本当に平和。隣国とも仲がいいし、王国民たちは皆穏やかだ。


 臣下も皆優秀で、本当にやることがない。


 そんな儂……楽しみの一つが地下牢に行くこと。


 特に夏場なんて最高!!


 涼しくて、誰の目も気にしなくていいから、日頃のうっぷんを晴らすのに最適な場所。


 地下牢なのに、誰も居ない?


 地下牢は基本的に貴族が罪を犯すと収容される。今は平和な世。


 入ってくる者など、ここ何年も見ていない。


 いやぁ。平和だ。息子に跡を継がせたら、『治世の大王』くらいの名前を貰いたいものだな。


 ここまでは儂の紹介。


 ここからが本題と言うか、平和な王城では大事件になった出来事。


 いつものように鼻歌を歌いながら、地下牢を散歩していると、いつもと違う雰囲気を感じる。


 人の気配?


 衛兵は……入り口にいるな。


 となると、誰かいる? ヤバイ、怖いな。


 まさか、地下牢に潜む幽霊とかではないだろうな?


 音、いや気配がする方向にゆっくりと歩いていくと、ちょうど角の牢屋に……。


 ひいい!! 誰か、いるぞ!!


「だ、誰だ!! そこにいるのは。物の怪の類なら、ここには何もない。すぐに立ち去れ!!」


 しかし、そこにいる存在には何も届いていないようだ。


 冷静に見て見ると……人だ。女の人だ。


 しかも裸ではないか!!


 憔悴している様子で、こちらにも見向きもしない。


 儂の大切な癒やしの場に邪魔が……いや、そうではない!!


 これはどう言う事だ!?


「えいふぇーい!!」


 大声で叫ぶと、衛兵が走ってやってきた。


「王。どうなさいました?」


 どうなさいました、だと。なんと悠長な。


 こんな大事を前に冷静に居られるとは、小奴の昇進も近いな……いや、そうではない。


「これはどういうことだ!! 地下牢に誰かを入れる時、儂に声掛けするのが常識というものではないのか?」


「スミマセン!! ここ何年も地下牢は使われていなかったもので、忘れておりました」


「ん、もう」


 次からは頼むぞ!!……いや、そうではない!!


「この娘はどうしたというのだ?」


「ああ。こやつはなんでもアラン様にストーカーをした挙句、アラン様の恋人に危害を加えたとか。その罪で、牢に。近々、処刑が執り行われる予定で」


 アランは第二王子で、儂の可愛い息子だ。


 衛兵の話を聞いた限りでは、処刑やむなしと言えるが……


「して、娘はどうして裸なのだ? 勝手に脱いでしまう性癖でもあるのか?」


「いいえ。アラン様の優しさで、我々で娘を弄ぶ許可を頂けたので。今晩にでも仲間たちをよろしくやろうかと……」


 ……儂は夢でも見ているのか? 


 こやつらが、これほど鬼畜とは……平和な城にこんな者たちが蔓延っていたなんて……


 しかも、アランが先導しているとは……解せぬ!!


「裁判だぁ」


「王。何をおっしゃいますか。すでに沙汰は下っています。この娘は死刑。そして今夜、我らの慰み者になるのです」


「やかましいわ!! 沙汰に不審なところがある。今すぐに裁判をする。アランをすぐに招集しろ」


「いや、しかし、アラン様はご学友とのお食事を楽しみにしておいででしたが」


 なに? 呼び出しはちと心が折れるな。


 やかましいわ!!


「招集しろと言ったら、招集しろ。王命をなんと心得ているのだ!!」


「申し訳ございませんでした。すぐに招集いたします。この娘は如何に?」


 娘は憔悴しきっている。とても裁判に耐えられないかも知れぬが……


 死刑執行されてからでは遅い!!


「娘よ。聞いておるか? これより儂、自ら裁判を行う。出来そうなら、頷け」


 娘はぴくっと動き、ゆっくりと首を縦に振った。


 どうやら、意識はあったようだな。


「衛兵。取り急ぎ、娘の身支度を整えさせよ。お前ではないぞ。女官にやらせろ。よいな!!」


「ははーっ!」


 これから一世一代の大仕事だ。


 


 ……時間が来た。


 儂は王座に座り、横には大臣が侍っている。


 赤いカーペットの上に座るように、アランと娘が離れて横に座っている。


「二人共、よくぞ参った。アラン、すまなかったな」


「本当ですよ。父上。このような場に呼び出さなくとも、執務室に呼んでいただければ、全てを説明しましたのに」


 確かに、裁判とは、ちと仰々しかったか?


 いや、娘が裸で牢に入れられていること。さらには衛兵たちに弄ぶことが許可されているという事態は由々しきこと。


 アランの平然とした顔に、父ながら恐ろしさを感じてしまう。


「父上ではない!! ここでは王と呼べ。たわけが」


「申し訳ありませんでした。ちちう……王」


「うむ。それでは裁判を始める……まずは、娘。そなたは……何者だ?」


 娘はゆっくりと顔をあげた。


 牢の時は、汚れきっておったが、身を清め、真新しい服を着れば、若いキレイな娘ではないか。


 顔は髪に被さっているせいで、よう見えんが、問題はなかろう。


「私は……」


 良い声だ。


「私は……マーガレットです。ティンバー公爵家の末娘です」


 ティンバー公爵家の……マーガレット? はて、聞いたことがある名だな。


「っ!! そなたはアランの婚約者ではないか!! どうして、そんな姿をしておるんだ!!」


「ちちう……王よ。それについては私が説明を」


 アランか。話を聞こう。


「マーガレットは確かに私の婚約者です。しかしながら、幼少より私をストーカーのように付け回し、プライベートの一切に干渉しようとしてきたのです。当然、私の方からは止めるように注意したのですが、話を聞くこともなく、ますます過激になる一方だったのです」


 ふむ……まぁ、過激は良くないの。男子たるもの、特に思春期の頃は、一人になる時間が必要なのだ。


 アラン、一歩リードじゃな。


「ち、違います!!」


 おお。裁判っぽくなってきたではないか。


「うむ。話を聞こう」


「私はアラン様の婚約者となれて嬉しかったのです。アラン様をお慕いしていたのです。しかし、アラン様の周りにはいつも他の女性の影が。心配だったのです。アラン様の心が私から離れてしまうことが。たしかに、行き過ぎたことはあったかも知れませんが……」


 ほう。いじらしいことを言うではないか。


 儂が言うのも何だが、アランの外見は整っていると言えるだろうな。


 王宮剣術でもそれなりの成果を納め、体もガッチリとしていて、さらに甘いマスク。最後に第二王子とくれば、世の娘が放っておくわけがない。


 マーガレットが心配になる気持ちはよく分かるぞ。


 そうなると、実際の仲だが……


「侍従長、おるか?」


「ここに」


「そなたの報告では、アランとティンバー公爵の娘は実に仲がよく、問題は見られないと報告していたと思うが? 少し、状況は異なるのではないか?」


「いや、それは……はははっ……どうしたことでしょうか」


 ダメだ。こいつは使えん!!


 やはり、真実を知る二人に聞くのが一番だろう。


「アランよ。マーガレットを婚約者としたのは、王家に良かれと思ったからこそ。どうも、アランの態度に問題があったように聞こえるが。どうだ?」


「それは誤解というもの。さっきも言いましたが、私を付き纏う女を好きになれるでしょうか? 私はまっぴらゴメンです」


「それは考え違いをしているのではないか? アランよ。お前は王族なのだぞ。平民ならば、何を言っても許されるだろうが……聞けば、マーガレットはお前を慕ってのこと。それに気づかなかったのか?」


「タイプではないのです……」


「なんと、言ったのだ?」


「その女は私のタイプではないのです。醜悪な面で、見るだけで怖気が走る。化粧が厚いのは、それを隠すためのものでしょう。私はそれを見抜き、どうにか近づけないようにしたのです。確かに婚約者です。結婚をすることを拒むことは出来ません。ですが、今は好きな女性と共に過ごしたいと思うのはいけないのでしょうか?」


 そう言われてしまうと……ぐうの音も出ない。王家としては、結婚をし、子を産んでくれれば文句はない。結婚に前向きな姿勢を崩さないのであれば、それ以上の文句は言えない。


 しかし、それはマーガレットが醜悪な面であればの話だ。


「マーガレットよ。すまぬが、そなたの顔を見せてもらえぬか。女官よ。マーガレットの前髪を上げてくれ」


 女官はゆっくりとした仕草で、マーガレットに気をつけながら、前髪をゆっくりとあげた。


「!!!!」


 なんと、美しい女性なのだろうか。なるほど、身を清めたときに化粧をすべて落としてあるが、素でこれほど美しい女性など見たことがないぞ。


「美しいのぉ」


 端ないことをしてしまったな。皆の前で……。


「なっ!! ちちう……王。そのような冗談は止めてください!! 美しいなど……それとも王は醜女が趣味とでも言うのですか?」


 随分な言いようではないか。さっきから、娘を見ようとしないのは醜いと思っているからなのか?


「大臣。そなたはどう思う?」


「私が言うのも何ですが……類稀なる美しさかと。出来れば、私の息子にほしいところ……。あ、いや、忘れてください」


「ふむ。記録官!! アランに、美醜の感覚に疑いあり、と記載しておけ!!」


「ははっ!!」


「ちちう……王。いい加減にしてください。マーガレットが美しい。ふざけるにも……誰だ、おまえは!!」


 何をたわけたことを。それとも、娘はマーガレットではない!!?


「ふざけないで!! 貴方は一度も私を見ようともしてくれなかった。一度も。だから、化粧をして綺麗になれば、見てくれると思っていたんです。それでも、貴方は見てくれなかった」 


 どうやら、マーガレットに軍配が上がったようだな。


「アランよ。どうやら、お前は王族の義務を放棄するがために言い訳をしているように聞こえてきたぞ。はてさて、そうなるとマーガレットを牢に入れたこと、どう説明する?」


「くっ……マーガレットは美しい顔をしている……それは認めましょう。しかし、こいつの性格は破綻しているのです。狂っているといってもいいほどです。私の……私の恋人を貶めようとしたのですよ」


 マーガレットが狂人? 見ている様子では、そうは思えんが……。


「マーガレットよ。思い当たる節はあるか?」


「分かりません。なぜ、そのように思われたのか。アラン王子はたしかに庶民の娘と恋仲となりました。しかし、それは認めざる恋。王家のものと庶民など永遠に交われない間柄。それを庶民の娘に伝えただけなのです。それがきっかけなのか分かりませんが、私への態度が無関心から攻撃的に変わったのです」


 ふむ。マーガレットの言い分は実に筋が通っている。往々にして、王家と庶民との間に子が生まれることは珍しいことではない。しかし、それは非公式での話だ。


 アランには婚約者がいる以上、衆人の前ではそう振る舞わなければならない。それが王家の義務だ。


 アランが庶民の娘を恋人と言い、マーガレットが忠告をしたことと言ったことを判断すると……。


「アランよ。その庶民の娘がマーガレットに貶められたと言ったのか? どうなのだ?」


「もちろんです。そうでなければ、私が知るすべもありません」


 つまり、庶民の娘が被害者であることを知っているのは、庶民の娘とアランだけとなるな。


「アラン。もう一つ聞く。その話を聞いて、どう思ったのだ?」

 

「どう思ったもありません。マーガレットならやりかねないと思いました。私の恋人への不敬は、王子である私への不敬も同義。前に、母上を侮辱した大臣に対し、父上は『妻をバカにするということは、王である私をバカにするということだ』と。ですから、私もそれに倣ったのです」


 そんなこともあったなぁ……いや、そうではない!!


 我が妻を、庶民の娘と同列に扱うとは何事だ?


 とはいえ、儂の不用意な発言が、アランを混乱させたのは事実のようだ。


「なるほどな。アランの言い分は理解できた」


「王!! 私は決して、庶民の娘を貶めるようなことはしていません。むしろ、彼女がアランを相手にして悲しむようなことがないように、別れた方がいいと言っただけですわ。そうしたら、あの女……私のこと、『アランに相手にされない可哀想な女』って言ってきたんです。それにカッとして、叩いたのは事実です」


 殴るのは良くないが……庶民の娘も娘だな。貴族の娘に暴言を吐いて、タダで済むと思っているのか? 


 ちと、庶民に教育が必要なのかもしれんな。


「どうだ? アラン。マーガレットは自分の非を認めている。どうも、儂にはマーガレットが嘘をついているように思えぬが? どう思う?」


「私が信じるのは、恋人だけです」


 ふむ。平行線になってしまったな。


 だが、アランは大切なことを見落としている。


 重要なのは、恋人とやらが庶民だということだ。


 これが貴族ならば、事実を究明する必要があるが、今回は話は別だ。


「アラン。庶民と貴族が喧嘩をしたとしよう。どちらが裁かられる?」


「庶民です」


「なにゆえだ?」


「貴族の方が地位が高いからです」 


 その通りだ。いつだって割りを食うのは、地位の低いものだ。


 だからこそ、王家や貴族は後ろ指さされるようなことをしてはならぬのだ。


「では問う。婚約者と恋人では、どちらが地位が上なのだ?」


「……婚約者です」


 その通りだ。婚約者は、王家と公爵家で決められた契約。一方、恋人は当人同士の同意でしかない。


 どちらに拘束力があるかと言えば、当然、婚約者だ。


「庶民の娘は貶められたと申したのだな?」


「……はい」


「つまりは、庶民の娘とマーガレットの喧嘩にほかならないのではないか? そして、どちらに非があるかは明らか……どちらだ? アラン」


「!! しかし!!」


「結論は明白。そなたも王族であれば、規律は守らねばならん。これが出来なければ、そなたに王族たる資格はないが? それでも庶民の娘を庇い立てするというのか?」


「……」


「無言はマーガレットに非がないと認めたと考えてよいか?」


「……」


「ふむ。ならば、庶民の娘には追って、沙汰を下すことにしよう」


 もはやアランに抗う力は残っていないようだ。


 しかし、本題とも言うべき問題が残っている。


「アラン。そなたが早合点をしてマーガレットに罪を着せた。それ自体も大きな問題だが、衛兵に何を命令したのか言うがいい」


「……」


「答えぬか。衛兵!! ここに来い」


「はっ!! 王様」


「答えよ。アランに何を言われた?」


「申し上げます。『この女は王家に反逆した罪で投獄された。死刑は決定事項だ。醜女だが、好きにしても良い』、と。『ただ、牢にいる時は辱めを与えるために裸でいさせろ』、と」


 周りから、小さなどよめきが聞こえてきた。


 女官などは露骨に「最低ね」などと言う始末。


 アランは恥ずかしいのか、悔しいのか、分からぬが打ち震えて、俯いたまま動かなくなってしまった。


「皆。口を慎め。第二王子たるアランに不敬は許さぬ。さて、アランよ。儂は息子たちに対しては寛大な父であった。しかし、今回は儂とて、庇い立てをすることは出来ぬ」


 アランはビクッとするが反応はなし。


「マーガレット。我が息子が本当につまらないことをしてしまった。許してくれ」


 女性にあるまじき事をした息子に代わり、頭を下げざるを得なかった。


「王。私は……理解をしてくれた王に感謝しかありません。しかし、私は牢に入り、裸を衆人に晒しました。もはや、私の貰い手などいないでしょう。……どうか、慈悲です。私をこのまま処刑してくれないでしょうか」


 なんという娘だ。我が潔白が晴れても、淑女としての嗜みをこれほどまでに貫くとは……今の時世、これほどの女性がいるだろうか……。


「ならば問う。我が后となってくれぬだろうか? そなたのような女性を儂は求めていたのだ」


 マーガレットはぼーっとしていたが、次の瞬間に笑顔となった。


「お受けします。王よ」


「うむ。嬉しく思うぞ。さて、アラン。そなたにも罰を与えねばな」


「マーガレット。何か案はないか? そなたの希望を聞こう。ただ、死刑だけはなしだ。王族として恥ずかしい行いだとは思うが、死罪を言い渡すほどではないのだ」


「分かっております……ならば……私と同じことをお願いします。牢に裸で閉じ込め、衛兵に弄ばれることを。それで私は満足いたします」


「ふ、ふざけ」


「黙れ。アラン。お前も自分の犯した罪を清算せねばならない。この程度で済むことをマーガレットに感謝せねばならぬぞ」


「……ちくしょう」


 ふむ。


「衛兵!! アランを引っ立てろ!! 衣類を剥ぎ取り、牢に放り込んでおけ。そして、三日三晩、男共に蹂躙させろ。相手は……さすがに秘密を守れるものが良いな……やっぱり衛兵たちでやれ!! お前たちもそれをもって、罪の清算とする。手を抜けば、一日増やす。更に手を抜けば、また増やす。よいな」


「か、かしこまりました」


 アランは力なく、衛兵たちに引っ立てられていった。


 衛兵の中には嬉しそうにしていたやつがいたが、気のせいか?


 さて、これが全てが終わった。


「これにて、一見落着!!」



 後日……儂とマーガレットの間に二人の子供が生まれた。第三王子と第四王子として育ち、マーガレットの王宮内での地位は盤石なものとなった。


 マーガレットは手始めに、アランの粛清を始めた。反逆罪で牢に閉じ込め、終生、男どもの慰み者とした。第一王子には、遠方に出向させ、難病で帰らぬ人となった。噂では、暗殺されたと言われるが、誰もその真実は知らない。


 そして、第三王子を王にし、第四王子をティンバー公爵家の婿に入れ、王国での発言力を否応なく高め、魔女として君臨することとなった。


 そんなマーガレットを後世の人は『牢獄の魔女』と呼んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

儂(王)が見回りをしていると、城の地下牢に悪役令嬢(息子の婚約者)が裸で放置されていたんだが。 秋 田之介 @muroyan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ