第142話 錬金術師のお仕事

 魔道具工房で不眠不休で作業をしている。


 目の前に銀の塊が次々と置かれていく。


 どうしてこうなった?


 王の言葉が思い出される。


「ちょっと悪いんだけど……五万人分の指輪を作りたいんだ。『捕縛』って魔法を知っているかな? 盗賊系のスキルなんかにあるやつだ。それの魔道具を作って欲しいんだ」


 五万人分というのは、王国軍の大体半分程度らしい。


 王は簡単に言ってくれるが……途方もない量だ。


 目の前では、他の錬金術師……職人頭も不眠不休で働いている。


 責任者の女性は……もはや人の形相ではない。


 鬼だ……。


 またもや、銀の塊が運ばれてくる。


 この塊一つで百人分の魔道具を作成することが出来る。


 つまり五百個作れば、開放されることになるのだが……


「ロスティ様よぉ……俺はそろそろ倒れそうだ。俺の分も……頼めねぇか?」


「職人頭……そうだね……」


 にこやかな表情を浮かべると、職人頭は倒れ込むように後ろに倒れた。


 倒すわけにはいかない……とっさに職人頭の背中を支える。


「職人頭……」


 『無限収納』からポーションを取り出し、有無を言わさずに口に流し込んだ。


「ぐべ……ぐぼぼ……」


 変な声と音がしたが、気にしてやるほどの余裕はない。


 再び、錬金の態勢だけを維持していると、職人頭が意識を取り戻した。


「ロスティ様よぉ……いい加減、寝かせてくれねぇか? ポーションって高いんだろ? こんなに飲ませてもらったら悪いじゃねぇか」


「何を言っているんですか? 職人頭ともあろう方が。ポーションが簡単に作れるくらい知っているじゃないですか。それに……絶対に寝かせませんよ」


 この『捕縛』という魔法を錬金できるのは僕と職人頭だけだ。


 他の職人は、銀の塊を整形したり、魔法が結びつきやすいように加工したりしているだけだ。


 五百個を作るというのはなかなかイメージが湧かない。


 通常、『捕縛』の魔法を錬金した場合……一週間は欲しいと言われるような仕事だ。


 『捕縛』自体は然程難易度の高い魔法ではないが、あまり一般的ではないため、設計図を作るのに手間取るからだ。


 設計図が完成すれば、仕事は早い。


 設計図作りに数日……作成に数日。


 それが普通だ。


 だが、王からの命令は全ての作業を一週間で終わらせろというのだ。


 全軍の招集に合わせてのことなのだろう。


 職人頭は最初こそ、冷静さを保っていたが、三日目で爆発した。


「ふざけんじゃねぇ! こんな仕事があってたまるか!! 大体、こんな数を一週間だぁ? 俺は行くぜ。周りでは暴動が起きているんだろ? ちょっくら参加してくるぜ。そして、王に物申してやるぜ!」


 喚き散らしていると、責任者に思いっきりぶん殴られていた。


 職人頭も可哀相な気もしなくはないが……


 確かにこれは辛い。


「職人頭。気絶している暇はありませんよ。とにかく、作りまくらないと。ほら、塊が溜まってきていますよ」


 職人頭に課せられた仕事は一時間に一個。


 時間的には決して短いわけではないが……


 不眠不休で連続となると……発狂したくなる。


「ロスティ様も頑張っているんだ。俺も頑張るぜ……これが終わったら、何か食わせてくれよ」


 僕の負担が大きくないか?


 ちなみに三十分に一個が僕に課せられた仕事だ。


 無理と思っていたが、意外と大丈夫そうだ。


 休みがあれば……。


 少しの時間があれば、ポーション作成をして飲みながらの仕事となる。


 それにしても銀の塊を供給してくれる職人たちには頭が下がるな。


 ふと、職人たちがいる方向を見るとティーサが差し入れをしている。


 なんだか、楽しそうだな。


 そういえば、ミーチャの姿を見ていないな。


 きっと、家でゆっくりしているのだろうか?


「私はここにいるわよ」


 急にミーチャの姿が目の前に現れた。


「えっ? 何しているの?」


「手が止まっているわよ」


 あ……はい。


「私達に危機が迫っているはずよ。だから、少しでもレベルアップをしておいたほうがいいと思うの」


 ふむ……たしかに。


 間違ってはいないが……


「だから、姿を消す練習をして、持続時間を長くしようと思ったの。これが使えれば……」


 なるほど。


 どのような状況になっても、逃げ出すことが容易になるということか。


「敵の大将を急襲することが出来るわ」


 ……うん。そうだね。


 とても素晴らしい魔法だと思う。


 だけど……なんだろう。


 何かが違うような気がしてしまう。


「そうだ。その魔法も魔道具にしてみようか」


 いい考えだと思った。


 いい金属で作れば、それなりの効果が期待できる。


 もしかしたら、もの凄い魔道具になるんじゃないのか?


「イヤよ」


 ん? なんでだ?


「私の存在意義が薄くなるじゃない!!」


 ……変なことにこだわるんだな。


 まぁ、今は他の魔道具を作っている暇はない。


 今度、丁寧にお願いをしてみよう。


 きっと、いい結果が得られるはずだ。


「よし! 出来たぞ」


「ロスティ様よぉ。とうとうボケちまったか? まだ半分だぞ?」


 ちょっとイラッとしたが、気にしないでおこう。


 完成したのは一つの指輪。


 なんで、今まで気づかなかったのだろうか?


「この指輪を見てくれ!! これは『捕縛』の魔法を付与することが出来る錬金術を付与した魔道具だ!!」


「あん? もう一度言ってくれ」


 面倒だ。


 この魔道具があれば、『捕縛』魔法が付与できる。


 つまり、一度に二個作れるのだ。


 これがあれば、効率は二倍!!


「おお! その手があったとはな。早速やってみてくれ。成功したら、寝てもいいか?」


 ダメに決まっている。


 だが、成功すれば寝る時間は確保できるかもしれない。


 指輪がキラリと光る。


 魔法が発動している。


 その瞬間、指輪は砕け散った。


「成功したか!?」


「ダメだな。指輪の出力が少なすぎだ。十分な魔力が流れていないから、これじゃあ『捕縛』の指輪は作れないな」


 なんてことだ……。


 いや、待て。


 銀の金属で作ったからダメなのではないか?


「おいおいおい……まさか、それを使うのか?」


 そうだ。


 職人頭が夢にまで見た金属……


 今こそ、こいつを使う時だ!!


「ん? あれ? 錬金術が使えないぞ」


「ロスティ様でも無理だったか。そいつは……」


 これが駄目なら、ミスリルだ。


「無視か……まぁいい。どうだ? 出来そうか?」


 とりあえず、完成した。


 あとは……。


 やはり発動すると一回で壊れてしまう。


「おお! 成功だぞ。これなら『捕縛』の指輪は出来るぞ!」


 ついに出来たぞ。


 効率二倍にやり方を発明してしまった。


 三十分で二個。


 ……今夜はゆっくりと休めそうだな。


「ねぇ、ロスティ」


「ん? 今夜は一緒に寝れそうだよ」


「そうはすごく嬉しいんだけど……無理なんじゃないかしら?」


 どういう事だ?


 このペースなら半分の時間で終わるんだから……


「だって、『捕縛』魔法を付与することが出来る錬金術を付与した指輪を作るのに五時間掛かっているじゃない。むしろ、遅くなっているんじゃないかしら?」


 ……ミスリルの金属から作れる指輪は五個分。


 つまり、一個一時間。


 一回で指輪が壊れる。


 ……なんてことだ。


 そんな簡単な計算が出来なかったとは。


「ロスティ様よぉ。この遅れはどうしてくれるんだい!!」


 やろう……終わるまで不眠不休を。


 壮絶な仕事を繰り返し、一つ分かったことがある。


 仕事を頼まれた時は、断る勇気も必要だということ。

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