第140話 新領主様

 ラグスター公爵と王の話し合いは終わった。


 内容としてはリマールの街の管理の話だ。


 リマールの街は王国でも有数の都市に数えられる。


 そんな街を一介の冒険者が管理できるものではない。


 それゆえ、公爵であるラグスター家に手助けをしてもらう……そういう話だ。


 ラグスター公爵は、最初こそ管理を任せられないことに憤慨していたが、後見人になることに喜色を浮かべていた。


 ラグスター家にとっては、後見人かどうかはともかく、管理権は与えられていないことには変わりはないはずだが……。


「ラグスター公爵は必ず、ロスティ君の足を引っ張るだろう。管理権を奪い取るためにね」


 王法では、領地の管理は王権によって命じられる。


 それは大きな権限で、その者に領地を与えるに等しい行為だ。


 そのため、一度与えられた管理権は王権であっても簡単に奪うことが難しくなる。


 それをすると王家の信頼が大きく損なわれるからだ。


 リマールの街の管理を僕に与えたということは……


 つまり、領主になってしまったということだ。


 無位無官の冒険者が?


 名目はただの領地経営の勉強のはずだったが?


 それはともかく……


 王法では管理者には王の指名で後見人をつけることが出来る。


 後ろ盾のような意味で使われる。


 管理人の不足を補うためで、領地を荒廃させないための保険の役割を果たしている。


 そして、管理者の力が不足した場合、後見人が管理者に取って代わることが出来る。


 後見人に管理者の地位が移動するということだ。


 ……なるほど。


 邪魔するということはそういうことか。


「ラグスター公爵はリマールの街を欲しがっていて、後見人なんかにしたら……邪魔をしてくるのは目に見えているのに、どうして……」


 任命したのだろうか?


 どう考えても、ラグスター家の力があるから、思い通りに事を運ばれてしまうと思うのだが。


「私はね。ラグスター家ごときが妨害してもロスティ君が力不足であることを証明するのは不可能だと思っているんだよ」


 ん?


「指名する意味が分からないんですけど」


 ラグスター家は本気で僕を潰しにかかるはずだ。


 それほど都市を渇望していると思う。


 王は一体何がしたいんだ?


 ……まさか。


「ラグスター家の失態を作るためですか?」


「ふむ。まぁ、そうなればいいが……そもそも王法では後見人に妨害をする自由なんて与えていないんだよ」


 それはそうだろうな。


 そんなことが罷り通るなら、後見人なんて付けたがる者などいないだろうから。


「それでもラグスター家は妨害してくるだろう。いいかい? 王になれば、妨害してくるものも多い。その時の対処をロスティ君には身につけてほしいんだ。そう言う意味では、ラグスター家はちょうどいいだろ?」


 王は公爵家を噛ませ犬かなんかだと思っているのか?


 本当に僕を王にしようとしているのか?


「まぁ、君が乗り越えられるかどうかも見てみたいところだしね。私の方でもそれなりに援助をしてあげられるしね。乗り越えられれば、ラグスター家に責任を問えるし……乗り越えられなかったとしても……まぁ、なんとかなるだろう。大切なのは、ロスティ君が成長することだ」


 ダメだ。


 この王の頭の中では何が描かれている?


 ラグスター家をどうするつもりなんだ?


 潰す? それとも王家に逆らえないようにする?


 この王が何を考えているのか、さっぱり分からない。


「ロスティ。あまり深く考えないほうがいいわよ。多分だけど、お父様も成り行きを見ているだけだと思うから」


 つまりは何も考えていない?


「ええ。それで今まで、結構上手くいっていたから。私だって、ロスティの兄弟の誰と婚約しても可怪しくなかったじゃない? でも、今はロスティと一緒にいるの。だから、お父様の采配って不思議と上手く行くのよ」


 王の姿を見る。


 なにやら、深く考え事をしているように見える。


 この人があまり考えていない?


 そうは思えないが……


「お父様。夕飯はロスティが何でも作ってくれるみたいよ」


「何!? それは本当か? ロスティ君。実は今日の夕飯を考えていたのだが……そうか。なんでもか……これは悩み甲斐がありそうだな」


 夕飯のことを考えていた?


 本当に分からない人だな。


 そういえば……


「護衛の必要、ありました?」


 王の豪快な笑いだけが聞こえた。


 ここに呼ぶための口実だったのか。


 あの真剣な表情も全て演技だったのか。


 ミーチャが物見遊山気分なのも納得だ。


 全部知っていたということか。


「まぁね。衛兵を見て、そう思ったのよ」


 どういうことだ?


 衛兵は当然、貴族か特権階級の者にしかつかない。


 その衛兵が使いをするために派遣されることはまずない。


 護衛として就くためだ。


 僕は護衛対象ではない。


 一介の冒険者に過ぎないから。


 でも、護衛対象であることを王が認めた。


 つまりは、貴族として遇する。


 王の護衛をするという話は、僕をおびき出すための口実だった……


「もちろん、どんな内容かは分からなかったけど……でも少なくともロスティにとっては悪い話ではないと思ったから、付いていくことにしたのよ」


 そうだったのか。


 あれ?


 僕は貴族になったのか?


「そうそう。忘れていたな。ロスティ君には爵位を与えなければならないな。リマールの街を管理するのに、爵位がないのではな……子爵あたりはどうだろうか? 街一つなら妥当なところだろうな」


 子爵……公国では独立した軍隊を持つことが許される階級だ。


 王国では……ダメらしい。


 子爵は公爵か侯爵の下に付くようだ。


「子爵ではダメね。低すぎるわ」


 ミーチャがダメ出しを始めた。


 いきなり子爵はかなり思い切った人事だと思うけど。


「うむ。私もそう思っていた」


 本当かな?


 結構、本気な顔をしていた気がするけど。


「しかし、その上となると伯爵か……さすがに功績もない者にそれだけの爵位を与えるのものな。S級冒険者である事を踏まえても……子爵が限界だ。それ以上だと、他の貴族から不満が出るだろう」


「私は伯爵なんて望んでないわよ。だけど、子爵もダメよ」


 どういうことだ?


 つまり、もっと上ということか?


 さすがにそれは無理だと思うな。


「違うわよ。子爵も伯爵も永世のものでしょ。そんなものは不要よ。ロスティは王国に留まるつもりはないんですもの。だから、一代限りの爵位で十分よ」


「ほお。それはいい考えだ。それならば、周りからは文句は出ないだろうな。王家の懐がちと痛むがな。ロスティ君には名誉伯爵を与えよう」


 名誉伯爵。


 公国にはない爵位だ。


 爵位は本来は世襲するものだが、名誉伯爵は一代限りのものだ。


 領地を持っている場合は税収の一部を受け取ることが出来、さらに王家から報酬をももらえる。


 軍も独立した物を持つことが出来る。


「良かったわね。ロスティ。これで貴族の仲間入りよ。折角だから、部下になりそうな人を探しましょうよ」


「う、うん」


「ロスティ君。王国の一貴族になったのだ。これからは公私はしっかり分けてもらわねば困るぞ。人前で義父様などと呼ぶでないぞ。王、もしくは陛下と呼ぶのだぞ」


 あまり義父様と言った覚えはないんだけど……


 王の中では、呼んでいるように聞こえているのだろうか?


「分かりました。陛下」


「今は義父様で良いわ!!」


 なんだか、面倒くさいぞ。


 本当に急な展開で、名誉伯爵となってしまった。


 そして、リマールの街が領地となってしまった。


 これからどうなるんだ?


 すると、表が騒がしくなった。


 部屋がノックされ、入ってきたのは……


「将軍か。どうした?」


 将軍と呼ばれた男……立派な髭を蓄え、毅然とした風貌をした中年。


 体が大きく、鎧姿がよく似合う。


 その将軍がなにやら王に耳打ちをする。


「なに? 謀反だと!?」


 どうやら、きな臭い雰囲気になってきた。

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