第139話 管理人

 訳も分からずに王からリマールの街という知らない土地の管理を押し付けられてしまった。


 それをラグスター公爵と話をつけるというのだ。


 ハッキリ言えば、迷惑な話だが……珍しい食材がどうしても断りきれない理由になってしまった。


「ロスティも領地持ちね。爵位とかもらえるのかしら?」


 なんで、こんなにうれしそうなんだ?


 冒険者という気楽さが良かったのに。


「ミーチャは今の生活に不満があるの?」


「ん? そんな訳ないじゃない。ロスティと一緒にいられるだけで幸せよ。だけど、将来を考えた時、やっぱりロスティは領主になるべきだと思うの。私やルーナみたいな子はどの世界でも肩身が狭いだけ。ロスティが作ってくれる国があったら、すごく素敵なことだと思うの」


 ミーチャは忌み子として、ルーナは獣人として、世界から嫌われている。


 もちろん、理解をしてくれる人はいる。


 だけど、この世界での生きづらさは僕が想像出来るものではない。


 ミーチャがそれを望むということは、本当に大変なことなんだと思う。


 僕だって、スキルが無かったら……


 だけど、それが僕に出来るかと言われると……分からない。


「今はそれでいいと思うわ。リマールの街は王国でも、それなりに発展している街だから。きっと、面白い発見とかあると思うわよ」


 そうかな?


 ミーチャは領主を簡単に見ているような気がするけど……。


 それにしても本当にこれで良いのか?


 そんな考えがずっと頭の中をぐるぐると回っている。


「ロスティ君も緊張することがあるんだな。さっきから暗いぞ」


 誰のせいだと思っているんだ?


「最後の確認なんですけど、本気なんですよね?」


「ん? 私はいつも本気だ。まぁ、あとは政治の問題だ。ロスティ君は……リマールの街の統治でも考えていると良い」


 統治か……。


 ふと、公国で学んだことを思い出す……。


 統治は工業を興し、農業を広め、軍事を強化するためのもの。


 民の国への信頼を高め、税金を多く納めさせる。


 そして、刑罰を決め、厳しく取り締まる。


 ……当時は何も思わなかった。


 なるほど、とも思った。


 この統治ならば国は強くなる。


 公家は栄えるだろう。


 でも、今ならば可怪しいと気付くことが出来る。


 統治の中に民達の幸せがない。


 ただの国を富み栄えさせるために道具に過ぎない。


 これが統治?


 なんとなく違う気がする。


「ロスティ。来たわよ。あれがラグスター公爵よ」


 王の横に僕は座っている。


 護衛という立場であれば、背後に立つのが多いと思うが……


 王に押さえつけられてしまったのだ。


 ちなみにミーチャとティーサは僕の後ろだ。


 なんとも気持ちの悪い配置だ。


 そして、ラグスター公爵。


 一応は王の親類だというが……何一つ面影が似ていない。


 傲慢に服を着させたような感じだ。


 小柄で、体格は太っている。


 服が体にぴったり……いや、やや小さいためボタンがはじけ飛びそうだ。


 股擦れを気にしているのか、やや大股な歩き方がなんとも愛嬌がある。


 そんな者も王の前では慇懃な態度を示す。


「ラグスター公。久しいな」


「これは陛下。本日はお招き感謝申し上げます。なにやら、緊急の用件だと伺い、馳せ参じて頂きました。それゆえ、手土産など用意を出来ず、申し訳ありません」


 ラグスター公爵は王の隣に座っている僕が気になるのか、チラチラと見てくる。


 ここでは一介の冒険者としているだけなので、目の前の公爵に対して、どのような態度をすれば良いのか……。


 とりあえず、立ち上がって礼を取っておいたほうが……なんで王は膝を押さえつけてくるんだ?


 これでは立てないではないか。


「ふむ。私がそのような物を要求するような者に見えるか?」


「いえいえいえ。これは恐縮しますな。陛下は公明正大、高潔なお方ですから、そのような物は不要でしたな。これは失礼を」


 ん?


 事あるごとに料理を催促してきているが?


 ここにいる王はいつも会っている王ではないようだな。


「まぁ、そんなに畏まらなくてよい。今回はラグスター公にはあまりいい話ではないだろうからな」


「それは怖いですな。ところで、お隣りに座っている御仁はご紹介いただけるのでしょうか? お初にお目にかかると思うのですが」


 言葉は丁寧だが、目は威嚇してくる。


 得体のしれない者がいれば、誰でもそうなるだろうな。


「これは済まなかったな。どうせ、話に出てくると思って紹介が遅れた。彼は……ロスティという。氏素性についてはおいおい説明するとして……単刀直入に言うが、彼にリマールの街の統治を行わせようと思っている」


 本当に単刀直入だな。


 ラグスター公爵が固まって動かなくなっちゃったよ。


「ん? そうか、ラグスター公も賛成してくれるか。まさか、こんなに話が簡単にまとまると思わなかった。じゃあ、帰って良いぞ」


 王が話を終わらせてしまったぞ。


 どう見ても、賛成しているような雰囲気では……


「ご……ご冗談は大概にしていただきたい。それとも私の聞き間違いでしょうか? そこの若者にリマールの街の管理をさせると?」


「なんだ、理解しているではないか。その通りだ」


 王はラグスター公を小馬鹿にしているのかな?


 まだ、二人の関係性がよく分からない。


 ラグスター公は頭に血が上っているのか、顔が紅潮しだしている。


「そうではありませんぞ。陛下。こんな氏素性もわからないガキに統治をさせるとは……私を愚弄しておられるのですか?」


「氏素性については後で説明すると言ったではないか。それにガキではない。ロスティ君だ。そこを間違えられると困るぞ」


 なんだろう、全然話が噛み合っていない。


「陛下がそれほどまでにラグスター家を愚弄されているとは初めて知りましたぞ。リマールの街はなるほど、我が領土から離れております。しかし、我が領には都市がなく、そんな公爵などおりますまい。だからこそ、リマールの街の管理は我が公爵家にさせてもらえると疑わなかった」


 理屈は……分からないな。


 自領に都市がないから、管理ができる?


「都市がないなら、作ればよいではないか。ラグスター領は大きな公道があり、都市づくりには最適ではないか」


 正論だけど……ラグスター公爵は怯む様子はない。


「その話は王家にだけはされたくはありませんぞ。そもそも……」


 話が長い。


 どうやらラグスター公爵領には都市と呼べる街があったようだが、王家の直轄領にされてしまったらしい。


 それ以降、ラグスター家は自ら街を作ることを止めてしまったらしい。


「何度も言うが、あの街はラグスター家に貸していただけに過ぎない。それを返してもらっただけだ。だからこそ、新たな街作りのための資金を王家から拠出しようという話になっているのではないか」


 街作りには資金が必要だ。


 それを王家から出すというのだから、悪い話ではないと思うが……


「王家から資金を調達すれば、我がラグスター家の肩身は狭くなってしまう。それだけは出来ませぬ!」


 それゆえ、簡単に手に入りそうなリマールの街に目をつけたということか。


 そして、その街を急に出てきた若者が管理するというのだ、ラグスター家としては面白い話ではないな。


「私からはこれ以上、この話を続ける気はない。よいか? これはラグスター領の為を思っての措置なのだ。それを理解してもらわねば困る。それに遠隔の領地経営は困難だ。ラグスター家に頼む事はできぬ」


「ならば……私に断りを入れる必要もないでしょう。それとも、私が嫌がらせをするとでも?」


 ここが正念場だ。


 怒り心頭のラグスター公爵をどうするつもりなんだ?


「そうは言わない。だが、悩みのタネにするつもりもない。そこでラグスター公には、ロスティ君の後見を頼もうと思う。彼には部下もいないからね。とても統治なんて無理だ。だから、ラグスター家から人を貸してもらいたいのだよ。知っての通り、王家も人手不足でね」


 ん?


 どういうことだ?


 さっきまで顔を真っ赤にしていたラグスター公爵の顔色が穏やかなものになっていく。


 そして、若干ニヤつき始めた。


「陛下もお人が悪い。そう言う話だったら、我がラグスター家にとっては良い話ではないですか。なるほど……後見ですか。当然、王法に則っていただけるのでしょうな?」


「無論だ。それで何人出せる?」


 それから実務的な話がいくつか続いた。


 まるでスキップでもしそうな勢いで公爵は部屋を後にした。


「全く、愚かな男だな。ラグスターは」


 王は誰もいない扉に向かって、呟いた。

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