第129話 料理への葛藤
ミスリルとは違う金属を見せた途端、職人頭が倒れてしまった…・…
やむを得ず、一度、戻ることにした。
「なんだったんだろうね?」
「さあ? でも、職人頭って相当な金属マニアね。ミスリルを見せてから顔色が一気に変わったもの」
職人頭の新たな一面を見れた。
まぁ、素材を愛する心がなければ、職人などやっていけないだろう。
未だに引きずる『料理』スキル。
料理の素材を新たに発見したときの喜びは本当に大きかった。
あのスキルがあれば、王都の市場で何日でも楽しめただろうな。
その分、ミーチャに料理が出せる。
喜ぶ顔も見れたことだろうな。
「どうしたの?」
「いや。『料理』スキルを手放したのはちょっと勿体無かったなと思って」
そういうと、手を強く握ってきた。
「私はそれを考えないようにしていたのに……もう二度と言わないで。じゃないと……思い出しちゃうの。あの、甘美なお肉料理……とろりとしたスープ……七色に輝くドレッシングサラダ……そして……ああ、ダメ‼ 我慢できなくなっちゃう」
そっとハンカチでミーチャの口元を拭う。
ミーチャをそこまで虜にしていたのか。
「ミーチャ。どうだろう。王都にもスキル屋があるんだろ? そこに行けば……」
「そう……ね。期待薄だし、失望するかもしれないけど……行ってみる価値はあるかもしれないわね。よし、行きましょう!」
いや、それは……
これから魔道具工房からの連絡が来る予定になっている。
職人頭の意識が戻ったら、すぐに仕事の依頼をして欲しいというのだ。
「大丈夫よ。ここからスキル屋はそんなに離れていないもの」
そうなのか。
まぁ、スキル屋を覗く程度だったら、すぐに帰れるはずだ。
最悪、ティーサが対応してくれるだろうから……
「呼んだか?」
突如として背後から声が聞こえてきた。
「呼んでませんよ。さあ、ロスティ、行きましょう」
「少し手厳しくはないか? ミーチャ」
「いいえ。自分に甘すぎるのです。お父様」
どこからともなくジャンプして現れたのは……王だった。
「やあ。ロスティ君。久しぶりだな。18時間ぶりくらいか?」
それを久しぶりと言うのだろうか?
気さくに話しかけられているとは言え、相手は王だ。
とりあえず、会釈をしておく。
「ほお。私の殺気に気付いたか。さすがはS級冒険者といったところか」
言っている意味がわからない……。
殺気って……。
「王様」
「お義父様」
「……義父様……ルーナの事はどうなりましたか? そろそろ、調べもついている頃だと思うんですが」
「うむ。まぁ、それについては今晩辺りに話そう。ここでは誰が聞いているか分からないからな。ところで……聞いたところによれば、魔道具工房でまた揉めたらしいな」
話を逸らされたような気がしないでもないが、王の言うことは尤もだ。
もう少し自重するべきだった。
それにしても、揉めたとは人聞きの悪い。
「まさか、ロスティ君に錬金術の心得があるとは思ってもいなかった。料理だけだと思っていたからな。それにしても、あの時に食べた料理が忘れられないのだ。どうだろうか? もう一度、あれを作ってくれないか?」
今の僕にはこの問は本当に心が痛む。
まだ、料理人の心がくすぶっている段階だ。
料理を出してやりたいが、あの料理は今の僕には到底……
「すみません。僕は二度と人前で包丁は握らないと思います」
その一言で、王の表情が一変する。
今までに見たことがない怒気だ。
「ロスティ君。言っていいことと悪いことがある。今のは後者だ。あれほどの腕がありながら、封印するというのか? しかも、王である……いや、義父である願いが聞けないと? そんな男にミーチャはやれん! どこへなりとも消えるがいい!」
そんなにあの料理を気に入ってくれたのか……。
本当に申し訳ない気持ちが溢れてくる……。
「む? どうしたことだ? その表情は……何か、訳がありそうだな。話を聞いてもいいのか?」
スキル交換で『錬金術』と引き換えにした話をした。
「なるほど……確かに『錬金術』は簡単に手に入らない……いや、全く手に入らないスキルの一つだ。交換したくなる気持ちもよく分かるが……しかし、あの料理を手放すのか……実に惜しい! しかし、考えようによっては、あの料理は死んではいないのだな?」
おそらく、テッドに料理を出してもらおうと思っているのだろうな。
「無駄ですよ。お父様。私はテッドの料理を食べたけど、ロスティの味とは程遠かった。精々、王宮料理長程度よ」
それって、かなり凄いと思うんだけど。
料理人最高峰の腕って言えるんじゃないのか?
「むむ。料理長級か……それではダメだな。やはり、ロスティ君には『料理』スキルが必要だな……どうしたものか」
すごく真剣に悩んでくれるのは嬉しいんだけど……
なんか違う気がする。
今は新たに手に入れた『錬金術』スキルで盛り上がるところではないのか?
「分かっていないようだな。ロスティ君。君の料理は言ってしまえば、失われた秘宝なのだよ。錬金術によって作られたものは、何百年と残ることは珍しくない。その点、料理は数時間、いや、数分でその価値は失われてしまう。だからこそ、場所と作り手が重要なのだ。錬金術とは比較にならん!」
これは王個人の意見だよね?
あ、ミーチャも同意しているのね。
「とりあえず、王都のスキル屋に行ってみて、『料理』スキルを探してみるつもりです」
「ほお。それは面白そうだな。ならば、私も行こう。ちょうど、市内視察をしなければならなかったのだ」
絶対ウソだ。
だが、そんなことは言えない。
ミーチャも止めないところをみると、同行を許しているってことかな?
「本当に来るんですか?」
「もちろんだ」
……大丈夫なのかな?
「王が出歩いて、騒ぎになったりしませんか?」
「なに、安心しろ。私にはこれがある」
すぐに分かった。
変身の魔道具だ。
しかも、かなりの品質だ。
さすがは王だな。
これほどの物を……って、僕の魔法で作ったものじゃないのか?
「ああ。実は王の権限で作らせた。ロスティ君より先に作らせたのは悪いと思うが……私は王だから。この意味、分かるね?」
……何も言うまい。
それにしてもいい出来だ。
しかも、指輪の魔道具は常に対のはずだが……。
「私は知らないな。これは一つだけだ。ああ、それと。責任者が『せっかくのミスリルがぁ』と嘆いていたから、少し慰めてくれると助かるな」
また、隈が増えていないといいけど……。
それじゃあ、行こうか……
王は変身の魔道具のおかげで、全くの別人に変わった。
特徴が全く無いせいで、すぐに見失いそうだ。
「ところでロスティ君。かなり熟練度の高い『錬金術』スキルを手に入れたみたいだが、私はそのテッドとかいう、魔道具工房の者を知らないのだが?」
「彼は魔道具工房の新人でしたからね」
「ほお。しかし、新人でそれほどの腕を持っていれば、私の記憶に残っているはずなんだが……不思議なことがあるものだな。そうだろ? ロスティ君」
ふいに王が肩に手を置いてきた。
……不味いな。
熟練度が可怪しいことを王に気づかれてしまうかもしれない。
「僕も驚いているんですよ。彼がこんなに優れたスキルを持っていたなんて」
「どういう事だ?」
そんなことを聞かれても。
「さあ。もしかしたら、先祖のスキルを継いだのかもしれませんね」
「いや、そうではない。君はなぜ、私に嘘をつくのかということだ」
……?
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