第128話 工房への依頼、再び
変身の魔法を付与した金属の塊を持って、魔道具工房に足を運んだ。
「きっと驚くわよねぇ。誰も出来ないって言ってたんだもの。しかも、作ったのがロスティ……なんだか、騒動になりそうで楽しくなりそうね」
そんなことを楽しまないでほしいんだけど。
たしかに言われてみれば、これの製作者は僕だ。
説明が面倒そうだな。
魔道具工房の責任者は、青い顔をしながら金属の塊を見つめていた。
未だに体調が優れないようだな。
「ポーションがあるので、これを飲んで下さい。体が少しは軽くなるはずですよ?」
「な……」
今にも吐きそうな顔だ。
これは……相当重症かもしれない。
「僕が言うのも何ですが、少し休まれたほうがいいですよ。かなり顔色が……」
「誰のせいですか!? ああ、頭が痛い……」
ぐいぐいポーションを薦めたが、終いには投げられそうな勢いで怒られた。
「いい加減にして下さい‼ 全く……なんてものも持ってきれくれたんですか‼ もう……職人頭になんて説明したものか……」
別に普通に説明すれば良いんじゃないか?
ミーチャを見ると、若干にやけているのが気になる。
この状況がミーチャにとって楽しいということは……絶対に騒動があるぞ。
ここはしっかりと事前に手を打っておいたほうがいいな。
「あの……僕には何が問題なのかが分からないんですけど」
「はぁ……これがロスティ様の制作であることが問題なのです。こんなのを見せたら……」
だったら、製作者を隠せば良いんじゃないか?
もしくは、テッド作とかにするとか……。
「テッドさんの制作にしたら、それこそ……いえ、今はいいです。ロスティ様は知らないんですか? 信じられませんが……」
どうやら魔道具の製作者というのは、見る人が見れば分かるらしい。
特徴と言うか、魔力と言うか、そういう物で個人個人で色付けがされるようだ。
当然、変身魔法が付与された金属の塊には僕の特徴が色づけられているらしい。
ちなみに、どんな物かと言うと……
「魔力色が濃いですね。ちょっと尋常ではない感じがします」
だそうだ。
よく分からないが、魔力色が濃いというのは魔道具としての等級が上がるらしい。
それはともかく。
「話は戻しますが、僕の制作であることが分かると、なにか不味いんですか?」
「なんて言えばいいんでしょうか……その前にこの金属はどうやって手に入れたんですか?」
何を言っているんだ?
冒険者であることを説明していなかったかな?
「ダンジョンで手に入れたものですよ。何かに使えないかと思って、取っておいたんですよ。まだまだあるので、使います?」
「それが可怪しいんですよ。これ……ミスリルですよね? ダンジョン産でもこれほどの大きさは見たことがないですよ」
ん? そんなことはないはずだ。
「ミーチャ。そうなの?」
「分からないわ。ミスリルって言葉自体、初めて聞くし。でも、ロスティの言う通り、ダンジョンではこの金属はそんなに珍しいものではなかったと思うわよ」
そうだよね。
「そう……なんですか? しかし、これほどの……いえ、そういうことであれば、私の知識不足だったようです。話を戻しますね。ミスリルは……」
ほう。
ミスリルは魔道具製造では、一級品を作れる素材のようだ。
魔法との親和性が非常に高く、魔力の消耗を抑えてくれる優れもの。
ミスリルを使っていると言うだけで、持続性は保証される。
ただし……
「ものすごく、調整が難しい金属なんですよ。……って、ロスティ様ならご自身でやられているんだから、分かっていますよね? なんだか、説明しているのが恥ずかしいんですけど!?」
……どうしよう。
全く知らなかった。
そもそも、他の金属で錬金術を使ったことがない。
ミスリルが難しい?
「その金属が初めてだったんで……」
なぜか、殴られそうになったんだけど……
「すみません。少し、取り乱してしまいました。じゃあ、ご理解してくれますか? ロスティ様がかなり非常識な事をやっていらっしゃる事を」
話を整理しよう。
扱いが難しいミスリルに、難易度の高い変身魔法を付与した……。
それが非常識だという……。
「しかし、出来てしまったものを非常識と言われても困るんですけど。とりあえず、これを加工してくれないと」
「分かりますが……考えても見て下さい。この工房は貴方方の依頼を断りました。しかし、依頼主が我々でも不可能なことをさらりとやってしまわれた。これがどういうことか」
つまり、職人のプライドみたいなのを傷つけるってことか?
馬鹿らしいと一蹴した気持ちにはなってしまうが、人の心の問題となるとなかなか話は難しい。
「じゃあ、加工の依頼は受けてくれないってことですか?」
「いえいえ。さすがに出来る仕事を断ってしまっては王に顔向けは出来ませんから。そこで、職人頭を通さずに仕事をお請けしようかと……」
ここの組織はよく分からないが、それで良ければ……
頷こうとした時……
「何をコソコソ話してやがるんだ!?」
「げっ!? 職人頭」
「げっ!? とはなんだ。責任者だからって、何を言ってもいいわけじゃねぇんだぞ……って、この前来た奴らじゃねぇか。なんだよ。諦めきれずにこいつに頼み込みって訳か? だが、無理だぞ。俺でもどうすることも出来……なんだ、これはぁ‼」
表情がコロコロと変わる職人頭だな。
ミーチャ、笑っていない?
職人頭はワナワナと震えながら、金属の塊を手に取り、睨みつけている。
「これは……まさしく、変身魔法が付与されている。しかも……ふざけやがって。ミスリルじゃねぇか‼ このデカさ……ふざけすぎている……」
職人頭は金属の塊に頬ずりをしそうな勢いで、静かに顔に近づけていく。
「職人頭!?」
その声で、ようやく正気に戻ったのか、金属の塊をテーブルに戻した。
「で? これはお前さんが作ったのかい?」
生唾をゆっくりと飲み込む。
ここで答えを間違えれば、職人頭のへそを曲げかねない。
加工の依頼が出来ても、これからのことを考えると職人頭とは仲違いはしないほうがいいだろう。
「はい……」
ダメだ。全然、答えが出てこないぞ。
いや、そうではない。
職人頭のうっとりとした瞳が気になってしまうのだ。
もちろん、瞳はこちらには向けられていない。
ミスリルにだ。
「そうか……そいつはスゲェな。ところで……このミスリルはどうやって手に入れたんだ? これだけのサイズだ。金を積んで手に入るものじゃねぇ」
そういうものなのか……。
こういう時は現物に限る。
『無限収納』からミスリルの塊をいくつか取り出す。
サイズは、どれも同じくらいのものだ。
「おいおいおい。冗談だろ? なんだって、こんなに……ちょ、ちょっと待て。いや、待ってくれ。少し、席を外すぞ。それを仕舞わないでくれよ。責任者! ちょっと、こっちに来い!」
責任者と職人頭は部屋の隅に立って、なにやら小声で話している。
するとミーチャが小声で話しかけてきた。
「結構、面白かったけど終わりに近いみたいね」
「そうだといいけど。とりあえず、加工だけ頼めればいいかな。それと別の方もね」
「そうね。戻ってきたみたい」
さっきと違って、職人頭はにこやかな表情で近づいてきた。
「ロスティ様……」
様……なにやら、気持ち悪いな。
「へへ。今までのご無礼をお許し下さい。ロスティ様がまさか、これほど優秀な錬金術師であるとは知らずに……さすがは王が認めた御仁だ。それにしても、それをお隠しになるとは……ロスティ様も人が悪い!」
なんで、こんな話になっているんだ?
「そんなつもりは……」
「いやいやいや。ご謙遜を。それで責任者に伺えば、加工をして欲しいと? 是非ともお受けさせてもらいます。ただ……申し上げにくいのですが、依頼料を頂きたいと。もちろん、多くはいいません。ですが……お支払の形はその……ミスリルということでどうでしょうか?」
ん?
ミスリルで支払う?
そんなのでいいの?
王宮抱えの職人への報酬がそれでいいなら……
「もちろんですよ。じゃあ、加工はよろしくお願いしますね」
「へへ。もちろん」
「実はもう一つ頼みたいことがあるんだ」
「ええ。なんなりと……」
ミーチャとの婚約の証である指輪を加工を依頼をするために、ミスリルとは違う金属を取り出した。
……沈黙が訪れ、小さな音だけが聞こえた。
職人頭が倒れる音だった。
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