第127話 思わぬ来客

 数日の研究により、変身の魔法具を完成させることが出来た。


 といっても金属の塊に過ぎない。


 これを金細工師に頼むことで、指輪や腕輪、宝飾品といった形に変わる。


 もちろん、金属の塊だけでも効果はあるが……普段持ち歩くとなると、装飾品の形にしたほうがいい。


「ロスティ。それだけの塊だったら、指輪だったら何個も作れそうね」


 確かに。


 握りこぶしくらいの金属だからな。


 ダンジョンで手に入れた金属の塊はほどんどがこの大きさだ。


 まぁ、問題はないだろうな。


「ねぇ。折角だから、二人の指輪を作りましょうよ」


 ん? そのつもりなんだけど……?


 変身の指輪は一対の物。


「そうじゃなくて……消耗品みたいな魔道具じゃなくて……証になる指輪が欲しいの」


 ……なるほど。


 そういえば、王国では婚約者に指輪を贈るという風習があると聞いたことがある。


 ふむ……いいかもしれないな。


 金細工師についでにもう一つ、指輪を作ってもらうといいな。


「ミーチャ。気づかなくてごめん。作ってもらうように頼んでもらうよ。きっと、王宮抱えの職人だから良い物を作ってくれるはずだよ」


「うん。ありがとうね」


 そうなると同じ金属で作るのも面白くないな。


 折角なら……。


 おや?


「ミーチャ様。ロスティ様。お客様です」


 僕達に?


 ミーチャと顔を合わせた。


 ここに来る客なんて……


「テッドか?」


「いいえ。オーディカという方で……」


 全然、知らない。


 ミーチャも知らないようだ。


 僕達がここにいる経緯を考えると、あまり人に会わないほうがいいかもしれない。


「お断りを……」


「済まないが、入らせてもらったぞ」


 ぬっと大きな顔が覗き込んできた。


 ……サンゼロのギルマスだった。


 オーディカという名前だったのか……


「久しぶりだな。急にサンゼロからいなくなったから、探したんだぞ」


「よく、ここが分かりましたね」


 ティーサは、ギルマスの行動にかなり不快感はあったものの、僕と知り合いであったことを知って、不承不承だが、引き下がった。


 ギルマスは頭を下げたが、完全に無視していた。


「なかなか教育の行き届いたメイドだな。空気に徹しているとは……」


 ただ単に相手にされていなかっただけだと思うけど……


「ふむ。それで……なんだったかな?」


「いや、ここがよく分かりましたね」


「おお、そうだそうだ。いや、当てずっぽに王都に来たら、当たっていたと言うだけだ。前に言っただろ? スキル玉の鑑定が出来るものがいると。もしかして、王都に来ているのではと思ってな」


 スキル玉……そういえば、あったな。


 いや、忘れていたわけではないんだけど、優先順位はかなり下がってしまったから、考えていなかった。


「でも、僕はそこには行っていませんよ?」


「ああ。それは知っている。なに、知り合いの知り合い……まぁ、伝手を頼っていくと、お前さん達の姿とよく似た者が王宮を出入りしていると聞いてな。こう見えても王宮の出入りはギルマスの特権で出来るからな。調べるのはそんなに難しくなかったぞ」


 ギルマスを敵に回すと、意外と厄介なのかもしれない。


 こんなに短時間で発見されるとは。


 しかも、王宮……普通は見つからない場所なんだが……。


「そうでしたか……しかし、折角見つけてもらったのに言うのは恐縮なんですが……何しに来たんですか?」


「ちょっと傷つくぞ。お前たちがいなくなったせいで、渡しそびれた物を届けに来たのではないか。ほれ」


 ギルマスの手から渡されたのは金色のカード。


 そこには『一角馬』とパーティ名が刻まれていた。


 そういえば、色々あって受け取る前にサンゼロを離れてしまっていたんだな。


 そうなると今あるギルドカードは返しておいたほうがいいだろう。


「これ、お返ししておきますね」


「おお。助かる。そういえば、お前たちは知らないだろうが……お前たちの不在の間に偽物が出てきたんだぞ。結局、冒険者に追い出されるような形で街を去ったらしいが……そう。このカードをギルドに提示してな……『僕はロスティ』なんて言ったらしいぞ」


 ん? モノマネのつもりか?


 僕はそんなに口を尖らせることはないと思うんだけど。


 あれ? ミーチャとティーサが爆笑しているぞ。なんでだ?


「……しかし、カードを出せば疑われないと思ったんだろうな。まったく……ん? ちょっと待て。なんで、ロスティがこのカードを持っているんだ? このカードは確か、偽物が盗難したと……どういうことだ。ロスティ、説明してくれ」


 変身している事実だけを隠して、なんとか説明した。


「ふぅむ。まさか、あれはお前たち本人だったとは……しかし、だとしたら逃げる必要はあるまい。いくらでも身の潔白を証明するなんて簡単なことではないか」


 確かにその通りだ。


 いや、だったというべきか。


 あの時は、ルーナが誘拐された事実で動転していたし、まさか変身の魔道具が壊れているなんて思いもしなかった。


 振り返ってみれば、いくらでも方法はあったが……思いつかなかった。


「まぁ、仲間は誘拐されたと聞かされてはやむを得ないか……儂がギルドにいれば、また結論は変わっていたかもしれないが……それにしても、ミーチャが変身の魔法が使えるとはな……それが発動していることに気づかずに、ギルドに赴いたとはな……状況が状況なら、いい酒の話のタネになるところなんだがな」


 なんとか誤魔化しは出来たようだな。


 事実は完全に真逆なんだが……。


「それで? ルーナの行方については、何か掴めているのか?」


 実は、ここに滞在して一週間程度にはなるが、王からの連絡は一切ない。


 いや、正確にはかなりの頻度で王宮を抜け出し、ここに訪れて話はしていくのだが足取りは全く掴めていないらしい。


 何度も催促はしているのだが、相手が相手なだけに王と言えども、慎重にならざるを得ないようだ。


 十分な証拠を集めようと思うと、時間はもう少し掛かるようだ。


 王が言うには、ルーナの身の安全はかなりの確率で問題はないというのだ。


 ルーナの価値は、簡単に言えば僕達の協力、もしくは味方に取り込もうとするためにあるものだ。


 ルーナに傷付けたりすれば、その価値は著しく失われてしまうため、丁重に扱うことはあれ、粗雑にされることはないというのだ。


「なるほどのぉ。王の言うことは尤もだな。だが、だからといって心配をしなくてもいいと言われても難しいな。どれ、儂も動いてみるか。相手が相手だからな、王宮よりは探索もしやすいだろう」


 ギルマスが動いてくれるのは正直嬉しいが、王の行動の邪魔にならないだろうか?


「なに、儂の行動はあくまでもギルマスとして。王宮の動きとは関係のないことだ。それに……ルーナは大切な冒険者だ。誰に誘拐されたか知らないが、相手が誰であっても冒険者ギルドとして看過は出来ない。もちろん、王宮が動いている以上は、あまり大事には出来ないからな。慎重にする必要はあるが……」


 ……一冒険者にこれほどの事をしてくれるのか!?


「ギルマス……ありがとうございます」


「おお? おお。なに……ギルマスとして当然のことだ。まぁ、なんだ。無事に解決したら、一杯奢ってくれれば、それでいい。それとルーナの分のギルドカードは預かっておくぞ。儂自ら、渡したいからな」


 ……本当にありがとうございます。


 王国は本当にいい国だと思う。


 ルーナは獣人だ。


 虐げられる存在。


 しかし、実際はどうだろうか。


 王にしても、ギルマスにしても、考え方の違いはあれど、獣人だからという考えがない。


 公国ならば……と考えてしまう。


「それではな。儂は帰らせてもらおう。お前たちに会えて良かった。また、何か伝えるようなことがあれば……王都のギルドを訪ねてくれ。そこで連絡がつくようにしておくからな」


「分かりました。そういえば、ポーションを作ったので、持っていって下さい」


 僕が作ったというから、かなり怪訝な表情をされたが、何かを納得したかのように、遠慮もなく全てを持って行かれた。


「ロスティ。あれだけのポーションで一財産よ。良かったの?」


「ん? ああ。別にいいよ。ルーナのためにあれだけ親身になってくれる人だ。むしろ、こんな形でしかお礼が出来ないのが恥ずかしいくらいだよ」


「そう……そうね」


 思ってもいなかった来客で工房に行きそびれてしまった。


 王宮から食事を取り寄せて、昼食を食べたら、工房に向かってみよう。


 ティーサはすごく不満そうだが……ティーサの料理はいらないかな……。

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