第119話 魔道具工房

 王宮の外れに工房があった。


 あったというか、それらしいものと言った感じだ。


「ミーチャ。ここでいいんだよね?」


「多分……でも、こんな場所が王宮の敷地にあるなんて知らなかったわ」


 それもそのはずだ。


 こんなオンボロ……いや、歴史を感じるような建物があるなんて。


 今にも壊れてしまいそうだ。


 それでも煙突からはしきりに煙が出ているところを見ると、中では何かが行われているのは間違いないようだ。


「行こうか」


「ええ。でも、正直に言って期待はしないほうがいいかも知れないわね」


 これには何も言えなかった。


 実のところ、こんなところで仕事をしている職人というものがどういうものか……。


 叩けば壊れてしまうのではないかと思うドアを慎重にノックする。


 返事がない……と思ったら、ドアがゆっくりと開いた。


「何用でしょうか?」


 出てきたのは、疲れたような表情をした女性だった。


 隈が凄いな。


「ここは宮廷錬金術師がいる工房でいいんでしょうか?」


 なんだろう?


 物凄いため息をされたぞ。


「ええ……そうですが……まさかと思いますが……仕事じゃないですよね?」


 どうしよう……。


「その通りよ。し・ご・と、の依頼よ」


 再び、大きなため息をして女性は奥に案内してくれた。


「もうロスティは本当に女の人に甘いんだから。こういうときはハッキリと言わないと駄目よ」


「……はい」


 中に入ると、外見とは違ってかなりキレイな内装をしていた。


 なんというか……すごいな。


 レンガの様に見えるが、艶があり、光が当たると輝いている。


 そもそも照明がどこにもないのに、光はどこに?


 キョロキョロとしていると、女性が大きなため息をした。


「あの……早くしてくれませんか? ただでさえ、仕事が多いのに……私の時間を奪わないでくれますか?」


 ものすごく怒られてしまった。


「すみません……」


 なぜか、ミーチャがものすごく笑っているような感じがした。


 僕が怒られているのがそんなに面白いのか?


 ようやく着いた場所は、工房を一望できる場所だった。


 いくつもの炉が設置されており、その前で職人のような者たちが働いている。


 かなりの距離があるが、それでも熱気が伝わってくるほどだ。


「それで? 仕事というのは?」


「あ、ああ」


 どうもこの女性とは会話がしにくい。


 さっきから、ずっとイライラしている感じだ。


「変身の魔道具が欲しいのよ」


 そういって、ミーチャが女性に嵌めている指輪を見せた。


 その指輪をじっと見つめる女性。


「この指輪は……かなり年代を感じますが……素晴らしい作品とお見受けいたします」


 おや、そうなのか?


 王の話では劣化版と言っていたが……そうなると最初に嵌めていた指輪はどれほど貴重なものだったんだ?


 考えるのはやめておこう。


「さあ、私にはこれがどの程度なものかわからないけど、これより優れたものが欲しいのよ。作れるわよね?」


 王はここで作れるかどうかわからないと言っていたが、ミーチャは強気な交渉をしている。


 女性は指輪から目を離さずに、唸っているだけだ。


「どうなのよ? そろそろ手を下ろしてもいいかしら?」


「ああ、すみません。どうぞ……正直に言います。無理だと思います」


 さすがにそれはないだろう。


「ちょっと待ってください。ここは王宮の工房ですよね? そこで作れないっていうんですか?」


 ため息……


 この人は僕の言葉にため息をしないといけないのか?


「ご存じないかも知れませんが、この魔道具はハッキリ言って最高難度に匹敵するものです。ここの職人は腕は一流ですが、これを作るほどの技量はありません。申し訳ありませんが、お引き取り下さい」


 こうまで言われたら、諦めるしかないな。


 今付けている魔道具の効果がルーナ救出まで持てば、ヘスリオの街で新たな魔道具を手に入れることが出来るはずだ。

 

「あなた! もしかして、忙しくて断っているだけなんじゃないでしょうね?」


 帰ろうとすると、ミーチャが物凄い剣幕で女性に抗議していた。


「そんな訳ないじゃないですか! 私はこれでもここの責任者なんです。そんないい加減なことをするわけないじゃないですか!」


「本当かしら? まぁいいわ。これだけは言いたくなかったけど……これは王からの命令だと思ってくれてもいいわ。それでも断るっていうの?」


 その一言で女性の顔色が変わる。


「王ですって? 本気で言っているんですか?」


 ミーチャは頷く。


「疑うなら確認してもいいわよ。ここで作るのを拒めば、困るのはきっと貴女だと思うんだけど」


「ぐぬぬ……分かりました。ただし、責任者として申します。この指輪は間違いなく、ここでは作れません。ただ、断ることも出来ない以上、貴方方が直接職人にお願いして下さい。どなたに依頼しても構いません。受けてくれれば……の話ですけど。それで構いませんか?」


 ん? どういうことだ?


 つまり、工房としては作れない物の注文は受け付けられない……だけど、王命である以上は断れない。


 だから、職人個人の判断に任せるということか?


「それでいいわ。大丈夫よ。職人が失敗しても、貴女に責任を押し付けるようなことはしないわ。それでちょっと聞きたいんだけど……」


 ミーチャが聞いたのは、ここの職人についてだ。


 ここには錬金術師と金細工師が在籍している。


 錬金術は物質と魔法を結びつけるものだ。


 錬金術で身近なものと言えば、ポーションだ。


 あれは回復魔法と液体を錬金術で融合したものだ。

 

 錬金術師の熟練度が上がると、回復魔法以外の属性魔法と物質の融合が可能となる。


 さらに融合したものを分解することが出来る。


 たとえば、ダンジョンなんかで毒のトラップなんかがある。


 錬金術師がいると、それを解除することが出来る。


 毒魔法と地面、みたいに。


 毒魔法は存在することが出来ずに消滅してしまう。


 錬金術師は魔道具製造だけではなく、ダンジョン攻略でも大いに役に立つ。


 とはいえ、魔道具製造の工程は多く、その一つ一つの作業に専属で職人がいる。


 『錬金術』スキルを持っている人はそれを全て一人で出来るという。


「へぇ。じゃあ、ここに『錬金術』スキルを持っている人はいるの?」


「もちろんですよ。ここの職人頭です。あと一人いますが……。とりあえず、職人頭に話を通してみてはどうですか?」


 職人頭か……きっと頑固そうな親父なんだろうな。


 実は魔道具製造というのは結構興味があった。


 公国では滅多にお目にかかれないし、その利用価値はかなり高い。


 一度は見てみたいと思っていたんだ。


「じゃあ、ご案内しますね」


 熱気のこもる工房内を歩いていくと、急に大きな音が聞こえた。


 どうやら職人の一人が豪快にコケて、金属を撒き散らした音のようだ。


 その者に怒号が鳴り響く。


「てめぇ! 何度、コケれば気が済むんだ? ったく、てめぇがなんで、ここにいやがるんだ? さっさと故郷に帰ればいいのによ」


 コケた男は優しそうな……とても職人とは思えないような者だった。


 そして、怒号をあげた男はいかにも職人という感じの者だった。


「職人頭。この人達が話があるそうですよ」


「あん? なんだ、てめぇらは?」


 ……事情を説明した。


「無理だな。帰んな」


 あっさりと断られてしまった。


 もちろんミーチャが怒ったことは言うまでもない。


 すると職人頭が笑いながら、コケた男を指差した。


「あいつに頼んだら、どうだ?」


「へっ? 私ですか?」


 一体、どうなるんだ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る