第118話 ティーサ

 ミーチャとメイドのティーサとの感動的な再会を見ながら、ふと思った。


「ティーサはここにメイドとしてやってきたのは、王からの命令か?」


 ティーサがミーチャに許可を求めるような視線を送っていた。


 言ったら不味いことなのか?


「ロスティは私の夫よ。何も気にしなくていいわ」


「ミーチャ様の!? じゃあ、次の王ということですか?」


 なんでそうなるんだ?


 まぁ、ミーチャが王女であるから間違いではないが……やっぱり間違っているな。


「ふふっ。それはどうなるか分からないわね」


 その言葉を聞いて、ティーサが何を思ったのか、急に僕に丁重な姿勢になった。


「やめてくれ。僕は王にはならないから。ミーチャもからかうんじゃない!」


「いいじゃない。私はロスティが王になればいいと本気で思っているのよ」


 本当に何を言っているんだ?


 僕は公国を飛び出してからは貴族でも何でもない、ただの平民のつもりだ。


 まぁ、こんなところにいる平民などいないだろうけど。


 それよりもティーサだ。


 ミーチャの言葉が全てかのように、なかなか態度を変えてくれない。


「落ち着いて聞いてくれ。僕達は今ではただの平民だ。それはミーチャも同じだ。ここにいるのは王の気まぐれ。偶々なんだ。あまり詳しくは言えないけど、ここには長く滞在する気はないんだ」


 この言葉にティーサがすごく取り乱した。


「本当なんですか!? ミーチャ様」


「ごめんなさいね。ティーサ。ロスティの言うとおりなの。お父様に言われた通りにここに来たけど、やっぱり私の居場所ではないの。でも、偶然でもティーサと再会できたことは本当に嬉しいわ」


 ティーサは下を俯いて、部屋を出ていってしまった。


 泣いていたようだ。


「ミーチャ」


「大丈夫よ。ティーサはああ見えて、強い子だし。次に顔を見せるときは、きっと笑顔よ」


 そうだといいけど。


 そういえば、質問したのに流されてしまったな……


「きっとロスティの思ったとおりよ。お父様は私とティーサの関係をよく知っているから。多分、ここに残れたのも、お父様が気を回してくれたからだと思うの」


「そうか。本当にいい父親なんだな」


「うん」


 しばらくゆっくりとしていたが、ティーサが戻ってくる様子はない。


「……来ないわね。ちょっと心配になってきたわ」


 そう思っていたら、ノックする音が聞こえ、ティーサが姿を現した。


 その後ろには王がいた。


「やあ。寛いでくれているか? ティーサ君と無事に再会できたようで何よりだ。実はね、魔道具工房と連絡が取れてね。すぐに行ってもいいみたいなんだ。どうだい? 行くか?」


 ティーサはすぐに部屋を退出した。


 それにしても王が随分と気さくになっているな。


 これが素なのか?


「お父様……逃げてきたんですか?」


「おいおいおい。王に対して、それは無礼というものではないか? 私はしっかりと仕事をこなしてから、ここにやってきたのだぞ」


 ミーチャと王の視線が交差する。


 するとミーチャが窓の外を指差した。


「随分と探し回っているようですよ。呼びましょうか?」


「なかなか手厳しいな。まぁ私は戻るとしよう……魔道具工房はティーサ君に聞くが良い。それと彼女には、ここを辞めるように勧めてくれないだろうか? ミーチャならば、言うことを聞くだろう」


 やはりティーサを辞めさせようとする突き上げがきついのかも知れないな。


 今まで耐えてきたが……王でも抑えきれないということか?


 ミーチャも王の言葉に愕然としている。


「なんで、ティーサがこんな目に遭わなければならないですか? 彼女はすごく真面目でいい子で……ただ平民の出だからって……」


 ミーチャはかなり怒っている。


 王に対して、これだけ感情をぶつけられるのもミーチャだけだろう。


 それに対して、王は平然とした顔をしていた。


 流石だ。


「まあまあ。落ち着いてくれ。別に追い出そうとしているのではない。逆だ。彼女はここで働いているには惜しいのだ。彼女の頭脳は必ずや王国の為になると思っている。そのために貴族の養女に入ってもらうつもりなのだ。しかし、彼女はなかなか首を縦に振ってくれないのだ」


 ん? 思っていた話とは違うな。


 つまり、ティーサを貴族として迎え入れ、改めて学校に入れるということか?


「家柄はなんですか?」


「公爵家ユグラノル家だ」


 ユグラノル家……たしか、王国の基礎を作ったとされる部族の一つが作った家名だったな。


 公爵家という名門であるが、すでに廃れており、影響力はかなり少ないと言われている。


 そんな家に平民を養女に差し出す……。しかも王が関与しているとなると……。


 場合によっては、家名断絶を狙っていると勘ぐられてしまうだろうな。


 そんな場所に送るのは不安だろうな。


「それなら安心ね。さすがはお父様だわ」


 どういうことだ?


「こんなことを頼めるのは、かの家くらいだ。快く承諾してくれた。あとの問題は……」


「任せてちょうだい。私が説得するわ。私も彼女がここで埋もれてしまうのは嫌だから」


 王はそれだけを言って、去って……いや、家の裏から逃げるように走っていった。


 それにしても、平民に対して、それほどの温情を与える王がいる国……僕もここで生まれていれば、と思ってしまう。


 王と入れ替わるように、ティーサはお茶を持って入ってきた。


「あれ? 王様はどちらに?」


「帰ったわよ。それよりティーサ。話は聞いたわ。ユグラノル家に行きなさい。いいわね?」


「……分かりました!」


 あらら……随分とあっさりと解決してしまったようだ。


「でも条件があります。せめて、ミーチャ様がいる間だけは、こうやってメイドをさせてもらえないでしょうか? それで私は心置きなく……」


「バカね。私は公国にいるわけじゃないのよ? 会おうと思えば、いつでも会えるんだから。でも、そうね。お父様にお願いして、滞在中はティーサにお世話を頼もうかしら?」


「はい!」


 それから、ティーサに頼んでいた地図をテーブルいっぱいに広げて、地理を教えてもらうことにした。


 王都は王宮を中心に、広大な城壁に囲まれた閉鎖的な都市だ。


 公都とは違って、道路が碁盤の目のようになっており、商業区と住宅区が別れている。


 地図だけ見ても、キレイな町並みであることが簡単に想像できる。


 とはいえ、王都見学はまた今度だ。


 今やるべきことは、魔道具工房で変身の魔道具を手に入れること。


 そして、ルーナに関する情報を待つことだ。

 

 無事でいてくれるといいが……。


「ロスティ。じゃあ、行きましょうか?」


「そうだね」


 魔道具工房はこことは反対側になるエリアになるらしい。


「ティーサ。夕飯を楽しみにしているわね?」


「はい! 腕によりをかけて、お作りして待っていますね」


 ん? メイドが作るの?


 てっきり、王宮のシェフの味を堪能できると思っていたのに……ちょっと残念だ。




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