第117話 ゲストハウス

 馬車に乗ること、数日。


 ついに王都に到着した。


 途中から馬車を取り囲むように護衛の軍がピッタリと張り付いてきた。


「どうやら、君たちとの楽しい旅はこれで終わりのようだ。これよりは王として振る舞わねばならない。ロスティ君、ミーチャ。これから身の危険を感じることがあるだろう。しかし、私が出来ることは思っているよりも少ない。私を頼るのは最後の手段にしてくれ」


 どういう意味だろうか?


 僕達が誰かに襲われる?


 王はそれを危惧してのことなんだろうか?


「分かりました。今までも自分の身は……いえ、僕達の身は僕達で守ってきました。それは、これからも変わりません」


「そうか。ならば安心だ。不甲斐ない父で申し訳ない。君たちには王宮の外れにあるゲストハウスを使わせるつもりだ。あそこは、良くも悪くも誰も立ち入らない場所だ。王都への出入りも簡単だ。好きに使うがいい。それと……。どうやら着いたようだな」


 何かを言いかけたが、王は到着すると分かるや表情をガラリと変えた。


 今までの表情が嘘のようだ。


 厳粛な……優しさよりも冷たさを感じるような表情だ。


 王は僕とミーチャを見て、一つだけ頷くと次の瞬間、馬車の扉が開けられた。


「王様。おかえりなさいませ」


「うむ。この二人は私の客人だ。丁重にもてなせ」


「承知いたしました」


 それだけの会話が全てだった。


 王はそのまま足早に王宮に歩みを進めていた。


 僕とミーチャは未だに馬車の中だ。


「お二方、どうぞこちらに」


「はい」


 案内を務めてくれる人も実に冷たい雰囲気を感じる人だった。


 言葉が少なく、この人の顔を見たのは最初が最後だったような気がする。


 途中から人が代わり、王が言っていたように王宮の外れにある屋敷に案内された。


 少し王宮を眺めたいと思ったのだが、その時間は許してもらえなかった。


 ここからだと、王宮が小さくしか見えない。というより、他の建物のせいで屋根の先端しか見えない。


「入りましょうか。これからのことを相談しましょうよ」


 ミーチャは本当に冷静だな。


 王宮にはあまりいい思い出がないって言っていたのに。


「分かった。でも、無理していない?」


「大丈夫。なんでだろう。公国から逃げ出してから、すごく強くなったのかも知れないわね」


 ミーチャは元々強いだろうに。


 むしろ弱いミーチャが想像できない。


「ううん。私は本当に弱かったと思うの。でもロスティの前なら強くなれたの。前はそれが虚構だったけどね」


 そういうものかな?


 でも、ミーチャが笑顔でいられるんだから、本当のことなのかも知れないな。


「入ろうか」


「うん」


 王宮のゲストハウスというだけあって、かなりの大きさだ。


 王宮の規模も公国とは比較にならないほど大きい。


 ゲストハウスと言うよりも、上流貴族の屋敷くらいの大きさがあるぞ。


 今までの生活は、宿屋の一部屋で二人で過ごしていた。


 途中からは三人だったけど。


 外から見るだけでもかなりの数の部屋がありそうだな。


「早く来てよ!」


 屋敷を見ているとミーチャに怒られてしまった。


 足早に玄関に向かうとドアが勝手に開いた。


 自動ドア? さすがは王国だ……と思ったが、一人の女性が立っていた。


「ロスティ様。ミーチャ様。お二方の滞在中のお世話を申し付けられましたティーサと申します。よろしくお願いいたします」


 公国ではお目にかからない衣装を身にまとったメイドだった。


 ここでの僕達の扱いは王の客人。


 最上級の扱いと言ってもいいだろう。


 しかし、メイドが一人。


 本当は一人も要らないのだが、この屋敷内で生活する上では僕達だけでは難しいだろう。


 本当に必要最小限の人数。


 王の気遣いなのだろうか。


 有り難い。


「よろしく。ミーチャ、どうしたの?」


 メイドを前にミーチャが立ち止まる。


 それに様子が少しおかしい。


「ティーサなの? 本当に?」


「え? ええ。私はティーサですが……すみません。ミーチャ様とどこかでお会いしたことがあるでしょうか?」


 ミーチャは苦しそうな表情を浮かべながら、首を横に振った。


「ごめんなさい。私の知り合いに同じ名前がいたもので……」


「それは奇遇です! 私もミーチャ様と同じ名前の恩人がいらっしゃいます。そのお方は隣国に行ってしまい、もう二度とお目にかかることはありませんが……」


 ティーサは目に一杯の涙を溜めて、なんとか堪えている感じだ。


 多分、目の前にいるミーチャがその人なんだろうな。


 なんとも複雑な感じだ。


「そう。不思議なことがあるものね。きっと、その方は隣国に行っても、あなたのことは忘れていないでしょうね」


「そうだと嬉しいです。本当にありがとうございます!」


 ティーサはすぐに中に案内してくれた。


 通されたのは広い応接室だ。


 ゆったりと落ち着けるソファーがあるだけの簡単な作り。


 それだけでも有り難い。


 どうも調度品が懲りすぎて、どこも居心地が悪い。


「すぐにお茶を持ってまいります。どうぞ、ご寛ぎください」


「ありがとう。すまないが、王都の地図みたいなのがあると助かるんだけど」


「地図、ですか? 申し訳ありませんが、屋敷にはございません。でも王宮に戻れば……すぐに取ってまいります!」


 急ぎではないから、と止めようとしたが、すでに姿が消えていた。


 結構、せっかちなメイドだな……。


 ミーチャはティーサのいなくなった扉をじっと見つめていた。


「ミーチャ?」


「あの子は私を恩人って言ってくれたでしょ?」


 そうだね……。


「でもね、違うの。恩人と思っているのは私の方なの。確かにあの子を気まぐれで助けたわ」


 ティーサは孤児だった。


 ティーサは稀に見る秀才だった。そのため、異例中の異例で学園の入学が認められた。


 学園は誰でも入れる場所ではない。


 選ばれた者、つまりは貴族のための学校。


 そのため、孤児院出のティーサの居場所はなかった。


 それでも成績は常に学園で一番を誇っていたが、それがますますティーサの居場所を奪っていった。


 ついには学園を半ば追い出されるように出ることになった。


 そのとき、偶々ティーサの噂を聞いていたミーチャがティーサを拾い、メイドとして雇ったのだ。


 本当に気まぐれだったらしい。


 もしかしたら、ティーサの境遇が自分にかぶったのかも知れないが、ミーチャはそれを言わなかった。


「やっぱり、ミーチャは恩人なんじゃないかな?」


「違うの。私はそんなに優しくなかった。今なら分かるけど、寂しさと憤りをティーサにぶつけていたの。でも、ティーサはいつも笑っていてくれた。それが少しずつだけど、見ていたくなったの。そう思ったら、ティーサに優しくなることが出来たの。今の私があるのは、ティーサのおかげだと思っているわ」


 そうだったのか。


 ティーサという子がミーチャの王宮での唯一の理解者……いや、友達とも言える存在だったのかも知れない。


「でもね、公国に行くと決まったのがすごく嬉しかったの。ロスティに会えると思ったから。そのとき、私の中にはティーサはいなかった。あとで気付いたの。私がいなくなれば、ティーサの居場所がまたなくなるって。そうなったら、王宮にもいられなくなるって。だからずっと心配していたの。それがこうやって再会できて……」


 ミーチャが涙を流している姿は本当に愛おしくて、僕は抱きしめた。


「ミーチャは本当に優しいね」


「そんなことないわ」


 そういうと思ったから、僕はミーチャの頭をそっと撫でた。


「ロスティ……」


「ミーチャ……」


 見つめ合う……急に開けられる扉。


 扉?


「やっぱり……ミーチャ様だったんですね!?」


 戸惑いミーチャ。


「私はミーチャですけど?」


「いえ、そうではなくて。ミーチャ様ですよね?」


「ええ。ですから……」


 この問答がしばらく続いた。


 だが正体がバレたことに驚くよりも、ティーサの喜びが大きかった。


「会いたかったです!」


「私もよ。ティーサ!!」


 正体がどうのと言っているのが馬鹿らしくなるような状況だった。

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