第115話 誘拐の相手

 王がこんな場所で何をやっているんだ?


 頭はかなり混乱している中で一番強烈に思ったことだ。


「ちょっと、お父様! 何をしているんですか!?」


「おや? 助けてもらったものに対して、その態度は無いのではないのかな? なぁ? ロスティ君」


 どちらかと言うとミーチャの意見に賛成だ。


 王宮をこれほど開けておいて、問題はないのだろうか?


「まぁ、君たちが心配するのも無理はないかも知れないが……まぁ、王宮の掃除をしている最中だからな。私が戻る頃にはかなり王宮が落ち着いているだろう」


 何を言っているか分からないが、拘わらないほうが良さそうだ。


 馬車はサンゼロの街を抜け、かなりの速度で走っている。

 

 そろそろ僕達は降りたほうが良さそうだな。


 これ以上、王の迷惑……いや、世話になるのはなんだか危険な香りしかしない。


「王様」


「義父」


「王様……」


「義父」


「……お義父様……」


「よろしい」


 何を話そうとしたんだっけ?


「それでロスティ君達はこれからどうするつもりなんだ?」


 そうだ、それを言おうと思ったんだ。


「そろそろ……」


「私が思うに……」


 話が遮られる。


 しかし、王の話を遮るだけの迫力が僕にはないことは自覚している。


「なんでしょう?」


「王宮に来る気はないか?」


「しかし、王宮には近寄らない方がいいと……」


 会った時にそう言っていた気がしたけど。


「ロスティ君も貴族の端くれなら、王宮の勢力図なんてすぐに塗り変わるくらい知っているだろう。今、行っているのはそれなんだよ。どうも王宮内に教会や商業ギルドの輩が蔓延っているみたいだからね。それをね……」


 王宮内で何が行われているんだ?


 いや、そうではない。


 今は王宮に行っている余裕はない。


 僕達にはやらなければならないことが……


「あのユグーノの民の事かな?」


「なぜ、それを? まさか……」


 王が知っているわけがない。


 知っているとすれば……


「おいおいおい。私を疑うとは……仲間思いなんだな。だが、違うな。もう少し冷静になるといい。私が……いや、王国がユグーノの民に喧嘩を売って利益があると思うのか?」


 確かにその通りだが、僕の知らないことは多い。


 そもそもユグーノの民のことなんて、ほとんど知らない。


「ふむ。まぁ、おいおい知っていくことになる。それよりも今後のことだ。ロスティ君達は王宮に来るべきだと思うな。そして、ユグーノの少女の救出は我々に任せてもらいたい」


 王国で探し者をするならば、王に任せるのは一番であることは分かっているが……仲間は僕達の手で助けたい。


「悪くないな。その目は是非とも部下に欲しいくらいだ。では、こうはどうだ。探索は我々がやろう。ロスティ君にはその救出部隊に加わってもらうというのは」


 ここまでは僕にとっては悪い話ではない。


 おそらくミーチャにとっても。


 だけど……


「なぜ、そんなに良くしてくれるんですか? こう言っては何ですが、王にとって利益はないと思うのですが……」


 王はじっとこちらを見つめてくる。


 背筋がゾクッとするような視線だ。


「目を逸らさないのだな。まぁいい。これはミーチャへの償いだと思ってくれればいい。今は。それにおそらく、一連の動きは我々にとって望む結果となるだろう」


 我々?


 つまり、今回のルーナ誘拐は王国にとっても、大きな相手となるってことか?


「お義父様は、相手に目星でもつけているのですか?」


「ロスティ君はどう思うんだ?」


 正直に言って分からない。


 こういうときはルーナを誘拐することで利益を得る者を考えるんだ。


 ルーナはユグーノの民。


 その線から考えると……全く分からない。


「そうではない。ユグーノの民であることは今回は関係ないはずだ。そもそも、あの娘がユグーノの民であることは誰も知るまい。だとすれば、他に理由があるはずだ」


 他に……?


 元教会に所属し、回復魔法師……。


「そうではない。あの娘は君の仲間ではないのか?」


 つまり……僕とミーチャに対するものということか?


 しかし、そんなことをする意味が……


「なるほどな。ロスティ君はイマイチS級冒険者という存在価値が分かっていないようだな。S級冒険者は王国で何組いるか知っているか?」


 たしか……6組。いや、『白狼』は剥奪されたから、5組か。


「正確には全く違うが、まあいい。ダンジョン攻略をした者に分からないかも知れないが、王国の兵を動員して、ダンジョンを攻略しようとした場合、出来ると思うか?」


 王国の兵の規模はかなりの大きさだ。


 ダンジョンは僕とミーチャ、そしてルーナの三人で攻略できるほどだ。


 王国兵を動員すれば、可能では?


「やったことはないが……おそらく不可能だろうな。S級冒険者と王国兵を単純に戦力を比較することは出来ないが、一軍が出来ないことをすることが出来るのだ。S級冒険者とは」


 S級冒険者となった僕達にそれほどの価値が付けられていることに驚いてしまう。


「S級冒険者の所属は各組織にとっては重要な話となる。それゆえ、ダンジョン攻略者の情報はすぐに王宮に伝わり、勧誘が出来るように制度化しているほどだ。各勢力というは分かるな?」


 おそらく冒険者ギルド、商業ギルド、教会のことを指すのだろう。


 もちろんS級冒険者というのは冒険者ギルドが与える階級だ。


 その組織を離れれば、S級ではなくなるが、それでも元S級という称号だけでも凄い価値があるようだ。


 ギルマスも言っていたが、教会や商業ギルドに所属しながら、冒険者ギルドに所属していることを装っているものもいるらしく、かなり複雑になっている。


 それは教会や商業ギルドには階級というものがあるが、冒険者ギルドのようにすぐにあがるものでもなく、名を挙げるためには冒険者ギルドがもっとも効率がいい。


 そこで鞍替えをすることで、他の組織で高い地位を得るという暗黙の出世コースとなっている。


「その娘はユグーノの民という他に、S級冒険者という度しがたい箔がついていると思っていろ。そうなると見えてくるだろ?」


 なるほど……そうなると絞られてくるのは商業ギルドか教会……またはS級冒険者を取り込みたい組織となる。


 ただ、最後は考えにくい。


 S級冒険者にこのような危害を加えれば、最悪、組織を破壊されかねない。


 そのような危険を冒すものがいるとは思えない。


 そうなると自然と商業ギルドと教会ということになるが……


「そうだ。だからこそ、王宮の大掃除が必要だった。その娘が攫われたのは、王国にとっては良かったことかも知れぬ」


 良かった、だと?


「これは失言だったな。だが、分かってほしい。王国にとって商業ギルドと教会はそれだけの存在なのだ。そして、今、ダメージを与えることが出来る最大の好機がやってきているのだ。ユグーノの娘を犠牲にしても、それは成し遂げなければならない。公家だった者であれば、それは理解できるであろう?」


 話は分かるが……納得がいかない。


「だからこそ、ロスティ君には救助部隊に参加してもらうのだ。そんなに悪い話ではあるまい?」


「分かりました。僕はルーナを救出するのに全力を尽くします。王国の事情など、僕には関係ない。一番大切なのは仲間ですから。それでも構いませんよね?」


 王はニヤッと笑った。


「それでこそ、ミーチャを預けられるというものだ。ミーチャ。こんな男はなかなかいない。離すなよ」


「あ、当たり前じゃない!! ロスティは私の全てなんだから」


 王は笑いながら、僕の肩に手を置いた。


 それはそれは、物凄い力だった。

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