第114話 追われる者

 一体どうなっているんだ?


 僕とミーチャの姿を認識できていないみたいだ。


 まるで他人のように……


「ミーチャ。まさか……」


「それしかないみたいね」


 もう少し先だと思っていた魔道具の効力が無くなってしまったようだ。


 そうなるとここにいるのは、皆が知っている僕とミーチャではない。


 二人の名を騙る他人だ。


 しかも、S級を騙っている。状況はかなり悪いな。


 ここで、これ以上話を長引かせるのは不利になるだけだ。


 一旦、引き下がるしかない。


 そう思っていたが、周りは簡単に引き下がるつもりはないみたいだ。


「てめぇ、恩人であるロスティさんを騙るとはいい度胸だな! 生きてサンゼロから出ると思うなよ」


「俺達にうまい飯を作ってくれる人の物を盗むなんて……絶対に許さねぇ!」


「格好まで似せやがって。どこまでふざけてやがるんだ」


 周りから非難を浴びせられるが、僕を思ってのことと思うとなんとも複雑な気分だ。


 ただ、ガルーダだけはじっとこちらを見てくるだけで言葉を発さない。


 もしかして……


 考えようによっては姿が違う僕達のことに気づくかも知れない。


 一緒に冒険をして、苦楽を共にしたのだ。雰囲気と言うか、何かを察するところがあるかも知れない……


 するとガルーダが一歩近づいてきた。


「おめぇ……」


 やっぱり!


「不思議と惚れたぜ」


 は?


「俺が一目惚れするなんて、ありえねぇ。だが、どうも気になっちまう。おめぇ、一体なにもんだ?」


 これにどう答えればいいんだ?


 なぜか、ガルーダだけには正体を知ってほしくないと感じてしまう。


 とにかく逃げる!!


「ミーチャ!!」


「ええ!!」


 ミーチャの幻影魔法が発動し、僕の分身を無数に作り上げていく。


 ただ、人に触れた瞬間に影は消滅していってしまうため、囲まれている現状では効果が薄い。


 それでも惑わされる者は少なくない。


 その時に出来た人垣が割れるように一瞬の隙間が生まれた。


 ミーチャの手を取り、その隙間に全走力で駆け抜けた。


 目には人が止まったように動く。


 隙間を埋めようと人垣が迫ってくる。


 それでも二人が通り抜けるには十分な時間を与えてくれるようだ。


 ギルドの外まで飛び出すと一度振り向いた。


 追手はまだ来ない。


「ミーチャ。もう一度駆けるぞ」


「待って。どういうつもりよ! 腕が取れそうだったわよ!」


 何を言っているんだ?


 ちょっと引っ張ってくらいで、大袈裟な。


 痛そうな表情を浮かべたミーチャは腕を動かしてから、揉むような仕草をした。


「全く。本当に人間離れしてきたわね。ロスティは。でも、おかげで切り抜けられそうね。とにかく、全速力で町の外まで逃げましょう」


 人間離れという評価は不本意だが、今は聞かなかったことにしよう。


 ミーチャの提案に頷き、手を差し伸べたが、断られてしまった。


 ……ショックだ。


 町の外まで駆けていくのだが、さすがは街を知り尽くした冒険者だ。


 どこで回り込まれたのか、行く先々で冒険者と出会うことになった。


 相手はどこまでも僕達を追いかけてきて、捕まえようと攻撃を仕掛けてくる始末だ。


 こちらは仲間だった冒険者を傷つける気はない。


 逃げの一択だ。


 しかし、それでも徐々に追い詰められ、逃げ場を完全に塞がれてしまった。


 大通りから少し入った小道に僕達は佇んでいた。


「ロスティ、どうする?」


「こうなったら……」


 突破するために木聖剣を握りしめた。


「本気なの?」


「そうするしか……僕達のことをどうやって説明すれば。もしかしたらギルマスなら分かってくれるかも知れないけど、時間がかかりすぎる。その間にルーナが……だから……」


 こんな手段を取らなくて済むのなら、取りたくない。


 するとミーチャが手を握ってきた。


 木聖剣を握る力がふっと抜けた。


「そんなに思い込まないで。私もいるんだから。何があっても、私達は一緒よ。ロスティが力を使うなら、私も……」


 ミーチャも出来ることなら仲間を傷付けたくないと思っているはずだ。


 そんなに苦しい顔を見たくない。


「ありがとう。ミーチャ。出来るだけ最小限に、そして傷はなるべく負わせないように」


「そんな事出来るのかしらね。もし怪我を負わせたら、あとで謝りに来ないとね」


「ああ。その時はとびっきりの料理を持っていかないとな」


 冗談が言えるほどには緊張が解けてきた。


 やっぱりミーチャが側に居てくれると、何でも出来るような気がしてくる。


「行こう」


「ええ」


 ゆっくりと大通りに向かって、歩き始めた。


 大通りに出れば、冒険者に見つかるのもすぐだろう。


 そうなれば、戦闘はすぐに始まる。


 目的は町の外への脱出。相手にするのは最低限。そして、なるべく武器破壊に留める。


 ……できるかな?


 大通りに出ると、案の定、冒険者が発見のコールを鳴らす。


 笛のような音が周囲に木霊した。


 冒険者が集まってくるだろうが、そんな事を悠長に待っている必要はない。


 すぐに移動を開始したが、さっき逃げられなかったのに、今回は逃げられ……る訳がない。


 すぐさま包囲されてしまう。


「観念しろ!!」


「潔く捕まれ!!」


 周りから声が聞こえてくる。


 かつての仲間からの言葉は心が痛む。


「お前たちを攻撃したくないんだ!! 頼むから……そこを開けてくれないか」


 無駄だと思っていても、言葉を出さずにはいられなかった。


「うるせぇ!!」


「ロスティさんを騙った分際で、調子いいこと言ってんじゃねぇ」


「てめぇごときに俺達をどうにか出来ると思ってんのか?」


 やはり……


 木聖剣を握ると……何だ?


 周囲がにわかに騒ぎ出す。


「ミーチャ、何事だ?」


 ミーチャは首を傾げるだけだった。


 冒険者の視線は依然として僕達に向けられているが、大通りの奥の方から絶叫のような、大声が聞こえてきて、次第にこちらに近づいてくる。


 その正体が徐々に明らかになってくる。


「なんだ……あの馬車は」


「分からないけど……こっちに向かってきているみたいね」


 馬車は僕達の周りに出来た人垣をもろともせずに突っ込んできて、目の前で止まった。


 その異様な状況にさすがの冒険者も手出しせずに、傍観しているだけだった。


 僕もその一人だ。


 馬車がなぜ?


 扉がゆっくりと開くと……そこには仮面をかぶった人が立っていた。


「二人に問う。乗るや否や?」


 なんだ、こいつは……でも……


「逃してくれるのか?」


「無論」


 だったら……


「もちろん乗る! ミーチャ、乗るぞ」


「うん!」


 乗り込むと同時に、冒険者が事態を飲み込めたのか、すぐに馬車めがけて殺到し始めた。


 しかし、この馬車の馭者は優秀なようだ。


 そんな異常事態で興奮する馬を落ち着かせて、すぐに馬を走らせた。


 こうなると追いつける冒険者はいない。


 馬車の扉から顔を出し、遠ざかる冒険者とサンゼロの街をじっと見つめていた。


「さようなら。サンゼロの街……」


 干渉に浸っていると、後ろから咳払いが聞こえてきた。


 振り向くと仮面の者とミーチャが対面に座っていた。


 ミーチャが結構落ち着いていることに驚く。


 とにかく、僕も座ろう。


「助けてくれて、ありがとう。僕は……」


「知っている。ロスティ君だろ?」


「なんで……」


 ミーチャがフフッと笑って、仮面を勝手に剥ぎ取ってしまった。


 仮面の下には見知った顔があった。


 王だった。  

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