第111話 side フェーン公主⑤
「どういうことだ!!」
王国からの手紙を見て、持つ手が怒りで震え上がる。
ふざけおって!!
使者が遅れるのは、我慢しよう……
しかし……トルリア王が来るとはどういう事なんだ!?
予定が狂ってしまう。
「男爵を呼べ!!」
「お呼びでしょうか? その前に、家族をお呼び頂いて……」
何を訳のわからないことを。
「そんな事はどうでもよい。それよりも忌み子の様子はどうだ?」
「仕草を完璧に覚えさせております。誰が見ても、ミーチャ姫と思っていただけるでしょう」
「それがトルリア王でもか?」
「は? なんと?」
「忌み子の父親でも誤魔化せるのか、と聞いたのだ!! たわけが!」
話がいちいち通じなくてイライラする。
「いや、あの……時間をいただければ、今以上に完璧に……」
話しにならぬな。
「一週間だ。あと一週間後にトルリア王がやってくる。それまでになんとかしておくのだ」
「はぁ……一週間後!? マズイですよ。魔道具の効果が切れる頃ですよ。さすがに肌の色が違うと誤魔化すのも難しいかと……」
分からないやつだ。
「なんとかしろ。誤魔化せることが出来れば、男爵には思いのままの褒美をくれてやる。だから、死ぬ気でやれ」
「か、かしこまりました。ただ、そのためには更なる魔道具を頂きたいのですが」
頷いた。
これが失敗すれば、公国などどうなるか分からない。
「好きにしろ」
……一週間という時間はあっという間に過ぎた。
「トルリア王よ……ようこそ、我が国に」
「ナザール公。これは非公式だ。もう少し、気さくになってくれ。公とは、娘の婚礼が決まれば、親戚となる。今まで以上に共に手を取り合おう」
偉そうにしおって……大国だからといって、いい気になっているのは今のうちだ。
「そう言ってもらえると助かる。私もトルリアとは手を携えたいと常々思っていたのだ。我が公国はすぐれた鉱物資源を持つ。トルリアにもっと買ってもらいたいものだな」
嘘だ。最近は鉱物資源は枯渇寸前だ。
しかし、ここで我が国の弱みを見せるわけにはいかない。
力関係では負けているかも知れぬが、対等な関係だけは維持しなければ。
「ほお。それはよいですな。我が国は国土は広いですが、鉱物だけはなかなか採れなくて、難儀しているところなのです。公国の鉱物は質が良いと聞いていますから、是非とも買わせていただきたい。後学のために聞きたいのですが、公国にはいかほどの鉱山があるのですか?」
やけに食いついてくるな。
それにしても、こやつには外交儀礼が分からぬのか?
鉱山の数など教えるわけがなかろうが。
いや、待てよ。これは使えるな。
「失礼であろう!! 鉱山の数は国家機密。知っていて聞くとは何事だ!! 公国に敵対的な感情があると思われても致し方ないですぞ!!」
この者にどちらが上かを教えてやらねばならないな。
「それほどご立腹されるとは心外ですね。ナザール公が鉱物資源をお売りしていただけるというので、その量を知ろうと思っただけなのですが……まぁ、この話は大臣にでも話をまとめさせましょう。さて、今回来た目的を果たしたいのですが……」
……ついに来たか。
「すぐに呼びましょう。ところで、以前に来た侍従長はどうなさったのですか? 姿が見えないようですが?」
「侍従長……ですか? それを聞いてどうするので? さきほど、貴方は失礼と言ったことだが……人事もまた国家機密と思いますが? それとも公国では人事は常に公表でもしているのですか?」
くそ。余計なことを言ってしまったようだな。
「ハッハッハッ。冗談ですよ。侍従長はちょっとした理由で更迭しました」
あの侍従長が更迭だと?
接する時間は短かったが、世渡りの上手な男だと感じたが……。
もしや、忌み子の秘密が漏れて?
いや、そんな訳がないか。
そうであれば、トルリア王がこんなに悠長に話している訳がない。
「左様ですか……」
「もしや、侍従長に何か用でも? かの者は報告で随分と公主を褒めていたものですよ」
「ほお。して、どのように? 少し気になりますな」
「たしか……我が娘を非常に大切にしていると。そして、話がよく分かると……その報告を聞いて、私も会いたくなってしまったものですよ」
なんだ?
思ったよりもトルリア王は大したことがないかも知れぬ。
部下の報告を鵜呑みにして、単身で外国にやってくるなど愚か者だ。
「それは嬉しい限りですな……おや、来たようですな」
ドアが開けられ、偽ミーチャ姫がゆっくりとした仕草で入ってきた。
ほお。なかなか様になっているな。
外見も完璧だ。
どこからどう見ても……忌み子だな。
「トルリア王よ。ミーチャ姫です。久しぶりの対面を……ただ、風邪をひいているせいか声がいまいち出ないようでな。話すことは難しいかも知れぬ。これは我が国の失態。許してくれると助かる」
トルリア王はじっと忌み子を見つめる。
この瞬間のために、多くの時間と資金を費やしてきた。
魔道具も一体いくつ使ったことか。
「久しいな。ミーチャ。息災だったか?」
忌み子は首を縦に振るだけだった。
よし。声を出さなことを徹底してあるな。
「声が出ないのか。しかし、どうしたことだ? ミーチャには大切な指輪を預けておいたはず。なにゆえ、外しているのだ?」
なに? 指輪だと?
そんな物を付けていたか?
全く記憶にない。
トルリア王はゆっくりと偽ミーチャ姫の右手を握った。
徐々にトルリア王の表情が曇りだしてきた。
「いかがしたのだ? トルリア王。指輪ならば、もしかしたら私室にあるやも知れぬ。すぐに探させよう」
「いや、無用です。それよりもナザール公……これは一体、どういうことですか?」
何を言っているんだ?
冷や汗が背中に流れる。
まさか、嘘がバレたわけではあるまい。
「指輪のことは……」
「そうではない。ナザール公……どういうことだと聞いている」
こいつ、何かに気づいたのか?
だが、シラは切れるはずだ。
偽ミーチャ姫は声を出していない。外見だって、本人と見比べても遜色はないはずだ。
「トルリア王よ。何を言っているか、分からないが久々で忘れてしまったのではないか? そんなことではミーチャ姫も悲しむのではないか?」
「ほお。ナザール公には私の目の前にいる女が我が娘……ミーチャ王女に見えるというのか? 私には……ただの村娘にしか見えぬが? 我が王族の血を感じることが出来ぬ。もう一度聞く。これはどういうことだ?」
「……」
何か答えねば。
しかし、思いつかぬ。
なぜ、こやつは気付けたのだ?
いや、本当に気付いているのか?
私を騙すための嘘ということも考えられるが……
「何も答えないか……一つ、教えておく。私には嘘を見破ることが出来る。さっき、聞いたな。侍従長のことを。あの者は私に嘘を報告していた。知っていたのだよ。公国にミーチャがいないことを」
まさか……しかし、分からぬ。
なにゆえ、こんなに回りくどい真似を?
「公国が正直に申せば、不問にするつもりだった。しかし、目の前に現れたのはミーチャだった。驚いたが、偽物だとすぐに分かった。もうよかろう。これをどうするつもりなのだ? ナザール公」
どうする?
恐れていたことが……。
トルリア王はここにはただ一人……しかも、我が屋敷の中だ。
剣は……少し遠いな。
「ナザール公。選択を誤らないで欲しいものだ。よいか? 選択は誤るな。ここで私を殺すのは容易いことだろう。ナザール家に代々伝わるスキルを知らぬわけではない。しかし、公国は滅び去ることになるのだぞ」
なんだ、こいつは。
自分の身が危険に晒されているのに、この余裕は……。
逃げられる自信でもあるのか?
そうか……スキルだな。逃走系のスキルを持っているのだろう。
だとすれば、分は悪いな。
剣を抜いていれば、公国は本当に大変なことになっていたやも知れぬ。
今は自重だ……絶対に見返してやる。
「賢明な判断だな。しかし、この問題は大きい。預けておいた姫の所在が分からぬなど……その責任は取ってもらわねばならぬ」
「どのような? まさか、公国を奪うつもりか?」
「まさか。ただ、先程から話に出ていた鉱山開発の権利を貰いたい。それで今回のことを不問にするつもりだ」
「譲ってから、文句を言わぬというのならば……」
「無論だ。開発は我が手で行う。結果については全て我が方が責任を負うことになる。ただ、物流のための領土内の移動も認めてもらいたい」
ふふっ。こやつは我が国を大して調べもしなかったのは助かる。
殆どの鉱山は、閉山している。
掘ったところで、出てくるのは石のみだ。
どうせすぐに撤退するだろうから、どんなに条件をつけても問題はなさそうだな。
「それならば問題はない。鉱山は国境沿いにある場所で構わないか?」
「もちろん。そちらの方が助かる。これでこの問題は解決だ。ナザール公、これからもよろしく頼むぞ」
「こちらこそ。トルリア王」
親戚になるというチャンスは無くなってしまったが、とりあえず当面の問題は解決だ。
本来であれば、戦争があってもおかしくない事態だったが、やはり忌み子がいなくなった程度では戦争をする気も起きなかったのだろう。
まぁ、鉱山開発権程度が落とし所だったな。
もっとも何も採れない鉱山だがな……
それにしても、嘘を見破るトルリア王の能力は厄介だな。
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